第31話 聖女

「本日もお勤めご苦労様です。沙良様」


「ええ、そちらもお疲れ様でした。お体には気を付けてくださいね?長司祭様ももう御歳なんですから」


「私なんてまだまだ現役ですよ。しかしその言葉、確と受け止めておきます」




 そう言ってお互い頭を下げ、私達は教会を出た。


 私がこの教会にお世話になって2週間。様々な聖遺物を見させてもらい、その全てを扱うことができた。


 どうやら【聖女】という職業は、女神様の力を扱うことができる能力であるようね。


 ただその力の使い方がわかったために、私はこの教会にほぼ毎日のように通わらなければならなくなったけど。




「たしかに悪い気はしないのよね。あんなに沢山の人に敬われるのは。でもねぇ――」




 教会での生活は楽だ。私は少し力を開放するだけで、教会に来ていた人全員が私に祈りを捧げてくれる。


 その祈りを捧げる人が多ければ多いほど、私の力が増していく事がわかる。そのことから、私って魔力とかではなく、周りの人達に信仰心が力の源であることがわかったわ。


 しかし――




「私と直接話せる人っておじさんばかりなのよね――さすがに若くて偉い人ってそうそういないか……」




 私は今は司祭の地位を頂いたが、神の力を扱うことができる聖女である。そのせいで話しかけてくれる人も少ない。


 試しに私から声を掛けようとしたけど、慌てて逃げて行っちゃうし。




「今私が直接話せる歳が近い人って、一緒に召喚された人達しかいないのよね……」




 正直私は困っていた。こうも他の人と接触ができない環境に。


 教会側の有力候補は粗方確認できた。私の感触だと3人ぐらいかしら? お城側もある程度確認はできたけど、皇太子と騎士団長は論外として、他の王子が数名と何人か役職を持っている若めの人が数人いたわね。




「後は栄治君ぐらいかな? こっちは将来有望株としてキープするとして、まずはお城側から行こうかしら?」




 そう考えながら城に戻ってくると、ちょうど私がチェックしていた男がこちらに側に歩いてきているのがわかった。


 私は少し考えて、彼の目の前でよろけるように膝をついた。




「――ッキャ!」


「っ! 大丈夫ですか!? ――って沙良様!? お怪我はございませんか?」




 私の手を取り立たせてくれたのは、この国の人事関係の部署で働いているイケメンであった。




「――えぇ、大丈夫です。……お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません……」


「いえいえ、お怪我がなくて良かったです。急によろけたものですから焦りましたよ」


「そう言ってもらえると助かります。ちょっと疲れが溜まっているみたいですね。早めに休むことにいたしますわ」


「そうしてください。貴方にもしもの事があった場合、嘆き悲しむ者も多いでしょうから」


「あら? そうかしら? ……私なんて大した力もない女です。他の人達はいる限り問題ないと思いますけど……」


「いいえ、私は悲しみます! 貴方にもしもの事があれば絶対に悲しみます!」




 そう力説する彼は顔を真っ赤にしていた。それもそのはず。今私は彼にまるで弱い女、保護を求めたくなるような女を演じている。


 実際彼は今までずっと手を放そうとしていない。それどころか私の手を胸元まで持っていき、まるで告白するように呟いた。




「私の力なんて全然弱いですけど、貴方のためならどんな事でもしてみせます。そんな人間は多くいるはずです。貴方のためなら頑張れる人が。だからそう悲観しないでください」


「……うふふ。ありがとうございます。少し元気が出てきました。じゃあこれからもし辛くなったら、貴方を頼っていいですか?」


「もちろん! 私で良ければ何時でもご相談に乗らせていただきます!」


「じゃあ早速なんですけど、一緒にお茶しませんか? こっちに来てら全然知り合いができなくて……貴方が初めてなんです。お仕事以外でこんなに話したの」




 そう言うと、彼は顔をさらに赤らめながら大きく頷いた。よし、これで1人目。彼は完全に私に落ちたようね。しかも人事関係の人。彼からどんな人達がいるのかを聞きだし、必要な情報を収集しないとね。


 そして私は、次は誰にしようかなと考えながら、城に設けられてある休憩室まで移動した。その際に彼に寄り添い、触れるか触れないかの距離を保ちながら歩いた。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――




 彼とは今回はお茶だけにした。とりとめのない話をして相手の気をこちらに釘付けし、もう私から離れられないようにする。


 回数を重ねて彼に問題がなければ、体を許してもいいかもしれないわね。顔が好みだし。


 しかも彼が帰った後、第3皇子がお目に見えたので、また同じような方法で彼を誘った。


 私は順調に男どもの信頼を勝ち取れたので、今日は満足していた。




「あれ、沙良さん? 奇遇ですね。こんなところで会えるなんて」




 そう声を掛けたのは栄治君であった。


 確かに私は最近教会にずっといて、帰ってきてもすぐに部屋に戻り佳織ちゃんや凜々花ちゃん、小音子ちゃんと少し話して寝るだけの生活をしていた。


 今回はたまたまお昼ごろに教会の仕事が終わり、時間が空いてたので何人かの男とお茶ができる余裕が生まれただけであった。




「そう言う栄治君も久しぶりね。調子はどう?」


「なんとかやってますよ。ようやく1対1ではこの城にいる騎士さん達全員に勝ち越すことに成功したぐらいですね」




 いつの間にかそんなに強くなってたんだ。やっぱり私が睨んだ通り、【勇者】だけあって強いわね。




「すごいね。もうそんなに強くなったんだ。最初は普通の人達と同じぐらいの強さだったのにね」


「なんだか模擬戦を重ねていくうちに体の動かし方がわかってきまして。だから最近は調子がいいんです。でもまだまだ光には勝てないんですよね……」




 そう言って栄治君は落ち込んだ。確かに光君の強さは凄い。今栄治君の強さは一対一の強さ。光君は既に一対多の強さで圧倒している。


 騎士さん30人を一度に相手にして1分で勝っちゃうぐらい強い。今の栄治君ではまだそこまでの領域には達していないのだろう。


 でも、光君って私のタイプじゃないんだよね。見るからに傲慢だし、痩せてないし。これで栄治君と一緒に訓練して痩せてくれていれば、少しは考慮したけど、全然痩せる気配がないから、やっぱり論外よね。


 そんな内心を悟られないように、私は栄治君に語り掛けた。




「大丈夫よ。栄治君頑張ってるじゃない。それに結果も出ているし、焦ってはダメだよ?


 栄治君ってさ、私達の為に頑張ってくれてるんでしょ? 何となくわかるわ。早く魔王を倒して平和な世界を作る。そういう目標を持っているんじゃない?」




 そう言うと、栄治君は驚いた顔をした。




「あれ? 俺そんな事言ってましたっけ?」


「栄治君の努力を見ていたら気が付くわ。本当に頑張ってるって。私だけの為じゃないってわかってるんだけど、私自分の事のように嬉しくて。だから応援してるの。私の為に強くなってね? てね」




 栄治君は物凄く照れている。私の為にだなんて、まるで私が栄治君を特別視しているみたいに聞こえるしね。


 私は栄治君の手を握り、私の胸の前に持ってきた。栄治君の手が私の胸に当たる。




「だけど無理しないでね。栄治君に倒られたりしたら、私すごく悲しい……」




 私は悲しみの声に乗せて心配している事を伝えた。栄治君の手から緊張が伝わる。




「大丈夫です、沙良さん。俺は無茶しませんよ。必ず強くなって皆を、そして沙良さんを絶対に守るよ」




 そう言って栄治君は微笑んだ。顔は未だに赤らめながら。




「じゃあ、俺そろそろ。着替えて今度は魔法の勉強がありますので」


「こっちこそ、引き留めてごめんなさい。またお話しできる?」


「はい。訓練後であれば何時でも大丈夫です」


「わかったわ。私も……その……もし相談があれば、栄治君を頼ってもいいかな?」




 そう遠慮気味に言うと、栄治君は何度も頷いき、部屋へと戻っていった。


 よし、これで栄治君とのフラグは立った。しかも感触は悪くない。コレはもう落ちたも同然ね。そう思いながら栄治君が見えなくなるまで私は彼をずっと見ていた。




 私は別に物語でよくある逆ハーレムを作りたいとは思っていない。ただ元の世界と同じように男にちやほやされたいだけ。


 ブランド物の高級品を何個も貢いでくれる彼氏がいた。旅行に行く際も全額出してくれる彼氏もいた。星が付くレストランに何度も連れて行ってくれる彼氏もいた。


 でもこの世界ではそんな男はいない。ならばまた作るしかない。幸い私は【聖女】。周りの反応からして、いつもより美しさが倍増しているように見えるみたい。


 ならばこの能力を使って、前の世界以上に優雅な暮らしができるように努力するわ。魔王とかは勝手に光君や栄治君が倒してくれるだろうしね。


 そしてもし、元の世界に還れるのであれば還りたい。その方法は長慶君が探してくれている。


 やはり私は前の世界とそれほど変わらない生活ができそうね。そう思いながら私は部屋に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る