第30話 佳織の心情/凜々花の渇望

「一緒に頑張りましょう。大丈夫、もし佳織さんに何かあれば、私達が必ず守りますから」

 そう言って正さんは私の頭を撫で、訓練場に戻っていった。


 お城について魔法を学んで2週間。私こと佳織は、今現在走りながら魔法を放つ練習をしている。

 この魔法使い養成機関というのかな?正式名称は忘れちゃったけど、そこで魔法の知識を貯めこみ、今は実践に向けて訓練をしている。

 私も含めて全員動いていない的を的確に射貫くことはできた。これは案外簡単にできたけど、次のステップである種類分け魔法の訓練は大変苦労しました。


 種類分け魔法訓練っていうのは、いきなり出てくる的に対して的確な魔法を当てる訓練でした。

 例えば目の前に赤い的が出てきたら炎の魔法を、青だったら水といったぐあいに、決められた的に決められた魔法を当てる訓練です。

 最初はゆっくり的が出てくるので、問題なく当てることができましたが、だんだん的が出てくるスピードが速くなり、間違った魔法を当てることが多く、かなり手古摺りました。


 今では何とか10段階中6までは当てることができました。一応一般の魔法使いの人の場合はレベル3まで当たれば優秀と言っていたので、私はかなり優秀な部類に入ると思う。

 でも正さんは凄い。もうレベル10をクリアし、次のステップである走りながらの魔法当てもレベル8まで当ている。どうしてそんなにできるか聞いてみたけど、


「う~ん……なんとなくですね。すみません。こればかりは感覚なので、回答が難しいですね」


 そう言っていた。恐らく正さんは今回の勇者召喚で大当たりの人なんだと思う。

 だって私以上に魔法の知識を覚えて、多種多様な魔法を簡単に駆使し、魔力の量でもどうやら私以上にあるらしいし。

 今やってる訓練も、私は走りながらの的当てで、ようやくただ魔法を当てるだけの訓練がレベル10になったのに――凄すぎる。


 ちなみに、凜々花さんは精霊魔術師のため、初動が遅いせいか一応的当てには参加してるが、レベルも私達より抑えめに設定されている。


 そんな正さんと一緒に訓練していると、劣等感が多少湧いてきたけど、流石は大人、私の心情を察してか、直ぐに正さんはフォローしてくれた。


「佳織さん、焦らないでください。焦りは集中力を乱し、魔法の暴発を招きますからね。大丈夫です。佳織さんは既に一般の方よりも多くの魔法を使え、威力だけで言えば私の魔法よりも強い魔法を撃てます。人には向き不向きがありますからね。きっと佳織さんは大規模魔法とかの適性の方が高いのでしょう。だから焦らず頑張っていきましょう」


 そう慰めてくれた正さんは、どうやらこの魔法の訓練が終わり次第、この城を出て城下町で暮らすと言っていた。

 何でそんなことをするのかを尋ねたところ、


「私は町に出て、人々の生活を見てみたいと思いました。異世界を満喫したいという気持ちもありますしね。そのためにとりあえずこの城を出ます。

 それに、私達は勇者です。人々の希望を与える存在だと思っています。だから町で生活し、勇者が身近にいることをこの国の人達にも認識してほしいのです。

 後は今ナガヨシさんでしたっけ? 彼が帰還方法を探している状態です。でももしかしたら還れないかもしれない。だったら予め早めに生活基盤を作っててもいいんじゃないかと思いましてね」


 そう言っていた正さんは、まさしく私が想像していた大人な勇者像そのものだった。

 私が見た異世界転生モノや召喚モノだと、高校生ぐらいの男の子が最初から凄い力を手に入れて何でも解決するって物語が多かった。中にはハーレムを築き、何人もの女の人と関係を持つものもあった。

 だから私の身近で一生懸命努力し、それでいてちゃんとこの世界の住人の事も思いやれる正さんは、純粋に凄いと思った。これが大人の余裕なのかな?


 栄治さんは今も一般の兵士さんや騎士さん達と一緒に訓練していて、まだまだ強くないみたい。

 光さんは逆に訓練を完全に止めていて、今では何人かの女性たちと一緒にいる場面を何度も見つける。


 栄治さんはともかく光さんは完全に私が見た異世界モノの典型的な主人公か、踏み台にされる人みたい。本人は聞かれているとも知らずに自分が主人公になりたいってずっと言ってるけど、恐らく無理だと思う。

 だって、今回のお話の主人公って、完全に正さんだと私は思っているから。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アレは完全に恋する乙女の顔だよね。

 私こと凜々花は、佳織ちゃんの正さんを見る表情を見て確信した。

 本人は隠していると思うけど、あれは年上の男の人に憧れる女の子特有の目だと思う。

 そういうあたしも、昔そういう男に騙されて、とんでもない苦労をする羽目になったけど。


 あたしは昔から男運がない。中学の時に身長が高かったせいか高校生ぐらいと間違われ、大学生だった当時の彼氏にナンパされホイホイ付いて行った。

 最初は優しかったけど、どんどん本性を現し、あたしが中学生だったことをいいことに、あたしの体を使って金儲けを始めた。


 当時のあたしは男の人に声を掛けられたことに舞い上がり、簡単に騙された。

 その後は男が捕まり、あたしは一応騙された被害者として受理された。


 そしてそのまま高校生になり、あたしにも普通の彼氏ができた。その人は先輩で、あたしが通う高校で一番カッコいいと言われている人だった。

 だからあたしは簡単に先輩からの告白を受け、そしてまた苦労をした。


 周りの女子からの誹謗中傷に、無視といったいじめ。モノが無くなるなんて何度もあった。

 しかも何人かの女子があたしの過去を知っており、全校生徒に知れ渡るように言いふらされた。

 そのせいで彼氏からは暴力を振られ、その恐怖から逃げ出すことができなかった。そしてあたしは友達もできず、一人で頑張って耐えて高校生活を過ごした。

 その彼氏は卒業後、他県に進学したため、自然消滅となり暴力を振られる事はなくなった。

 でもあたしの噂は消えず、素行の悪い同級生や下級生から必要に迫られたり、先生からもそういう目でみられ、つらい1年を過ごした。


 なんとかあたしも卒業できたが、こんな環境では勉強なんて碌にできず、結局大学進学は諦めた。

 でも昔から薬剤師になりたいという目標があったので、なんとか引き籠りなどをせず、男の人の目が怖いから予備校とかも通わないで必死に勉強し、大学に合格できた。


 入学した大学には昔のあたしを知っている人がいない他県の大学を選んだ。入学してからは昔のような生活は縁がなく、慎ましく生活できていた。

 しかしあたしは、何故か男を渇望していた。あんなに理不尽な目に合っていたのに、暴力を振られていたのに。

 逆に一人の時が寂しく、思わず手を出そうとしたことも何度もある。きっと刷り込みなのだろう。男の人の近くに居ないといけない。そんな刷り込み。

 あたしは絶望した。あんなに男の人と一緒に居たくないと願ったのに、無意識に男の人を求めていた自分に。


 そんなあたしに転機がきた。異世界召喚だ。この世界ではあたしを知る人もいないし、一緒に召喚された人のうち、2人はあたしから見ても合格ラインの男の人だった。

 だからあたしは思った。これは今まで不幸だったあたしに対する救済の物語だと。ナガヨシさんが元の世界に還れる方法があると言っていたが、還る気がないので調査に協力できない。

 一応還りたいポーズを取ったがあれは嘘だ。還りたくない。あたしはこの世界で生きていたい。もう誰からも暴力とか振られず、あたしが好きになって優しい人と一緒になりたい。そう思った。


 一緒に召喚された男の人のうち、正さんはどうやら佳織ちゃんが無意識に狙っているので、後程もめたくないので止めておこう。

 ということは、残りは栄治さんになる。彼はイケメンだ。しかも召喚時にまとめ役まで買っている。不幸なあたしにはぴったりな相手だと思う。

 でも今は戦闘力だけはこの中で小音子ちゃんの次に弱いともう。でも職業が【勇者】だ。きっともっと強くなってくれるはず。

 だからあたしが支えてアゲル。栄治君が強くなってあたしを守ってくれるようになるその日まで――そんな妄想をあたしはしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る