第29話 そして帝国へ

 僕はクルルさんに連れられて、今喫茶店に来ている。クルルさんは何度かこの町に来たことがあるため、案内役を買って出ていた。


「とりあえず注文するよ。私はこの期間限定ケークセットA、飲み物はティーで。ナガヨシは?」

「僕も期間限定のBにするよ。飲み物も同じもので」


 ここはスイーツ専門のお店の様で、ケーキ類以外の料理は置いていない。しかも今はもうすぐ夕暮れだというのに、若い女性やマダム達がお喋りしながら楽しんでいる。男は僕と従業員以外いないが少し悲しい。


「ここさ、キャシーと来る予定だった店なんだ」


 クルルさんは唐突に切り出してきた。

 確かにクルルさんとキャシーさんが最期の時に言っていた。今度ケークを食べに行こうって。この店がそうだったのか。


「ごめんね? 付き合わせちゃって。最期にさ、キャシー言ってたじゃない? お店の味を教えてほしいって。だから2個分キャシーに報告しよ?」


 そう言うと、思い出してしまったのかクルルさんは目に涙を浮かべながら僕を見つめた。

 約束は守るもの。だったらここの味をキャシーさんに伝えないといけない。それを本当に実現させようとしているクルルさんをみて、本当に優しい人なんだなと改めて実感した。

 ――周りの視線が痛い。内容を知らなければ、ある意味女性を泣かせている男が一人、みたいな場面に見えてしまってるから……僕は何もしていません。目の前の女性の気持ちを受け止めれないだけです。


 そうこうしているうちにケークが来たのでいただいた。僕の目の前に置かれたモノは、あっちの世界で言うところのベイクドチーズケーキのような見た目であり、実際食べてもまさにその味だった。

 クルルさんのケークはフルーツタルトのような見た目をしたケーキだった。ベリー系の果物なのか、赤を中心とした果物がふんだんに乗っており、酸味の匂いもする。

 一口いただいたが、普通に美味しいベリータルトの味がした。その際、クルルさんに「あーん」をされたが、僕は迷わず頂いた。だってクルルさん美人だし?美人からのあーんを貰わないなんて勿体ない!

 クルルさんはあきれた様子で呟いた。


「――あのさ……普通フッた相手からの露骨な点数稼ぎって避けるもんじゃないの?」

「え? だってクルルさん美人ですし、美人から出された食べ物は喜んで貰うものでしょ?」

「いや、ナガヨシ既婚者だからね? 普通節度ってあるんじゃないの?」


 そんな事言われても、僕も男だ。美人にすり寄られて悪い気はしない。それにみなもが傍にいたときはよくテレビを見て、「あの子可愛くない?」と言って、その後どんなことをされたいのかを言い合ったこともある。むしろみなもが積極的に美人にしてもらえるなら、あれをするべき、これをするべきと熱弁していた。あーんもその一つである。


「うちの嫁って普通と違ってこういうことまでは寛大なんだよね。相手をからかうためらなそれぐらい余裕で対処しなさいって言われたよ」

「いや、意味わかんないんだけど?」


 そりゃそうだ。この件については僕とみなもにしかわからない奇妙な信頼がある。

 僕がクルルさんみたいな美人に言い寄られてても靡かない、逆にみなもが僕以上のイケメン、例えばザックさんみたいな人に言い寄られても問題なく対処できる。そんな信頼関係を築いているのだ。

 だから全然クルルさんが入ってくる余地なんてないんだな、これが。


「引き返すなら今の内だけど?」

「引き返しません! 私はナガヨシに付いて行くって決めたんですぅ! 今に見てろよー。絶対に私に惚れさせてやる!」

「まぁ頑張って諦めてください」

「諦められるか!」


 そう言う楽しい雑談を繰り返し、気が付けばケーキを完食していた。

 クルルさんは目を閉じ、手を祈るような形にして、キャシーさんへの報告を呟いた。


「……キャシー。やっぱり評判通り美味しかったよ。ベリーの酸味と生地のサクサク感がマッチして、直ぐに食べちゃった。あともう一つのケークもイケるね。かなり濃厚なチェーズをふんだんに使っていて、一人で全部を食べるには少しきつかったけどね」

 クルルさんはなおもキャシーさんへの報告を止めない。その間に僕は会計を済ませることにした。


 10分後、ようやく報告を終えたのか、クルルさんは済まなさそうに僕の様子を窺っている。

 別に気にしていないことを伝えると、ホッとした表情になり、改めて僕を見て言い出した。


「ナガヨシ。私の名前を言ってみて?」

「?クルルさんですよね?」

「さんはもういらないから、クルルって呼んで?」

「あーはい、わかりました」

「敬語もなし。ってたまに敬語じゃない口調も聞こえてたけど、もっとフランクに話してほしいな」

「う~ん――了解、これからはもう少し素で話すことにするよ」


 そう言って席を立つ。ある程度時間が潰れたから宿に戻る予定だ。

 しかし、何故か彼女は席を立たない。その顔は不満の表情をしている。


「早く行くよクルル。お店の回転率に貢献しないと邪魔だよ?」

 もうすでにお会計は済んでいるので、これ以上長居しても邪魔になるしね。


「っ! もう、名前呼んでって言ったのはこっちだけど、自然過ぎない!?」

「え~? ちゃんと呼びましたよ?」

「はぁ……私のトキメキ返せ……」


 そいつは無理な相談のため、適当にやり過ごした後、店を出た。クルルは僕が名前を言う度に嬉しそうに返事をするので、どうやらそこまで機嫌は悪くないみたいだ。


 その後、出発までまだ数日時間が空いているため、ラケーテン旅団のメンバーと交流したり、一緒に訓練をしていた。

 自惚れではないが、僕の成長は目覚ましく、とうとうダンさんとロックさんに模擬戦で勝ち越すことに成功した。神様本当にチート並みの能力をくれたありがとうと心の中で叫んでみた。

 しかし、まだザックさんには一度も勝てない。本当強すぎあの人。だいぶ様になってきたけど、まだ経験が足りないとの事なので、最終的にはずっとザックさんと模擬戦ばかりしていた。

 そのせいでクルルには拗ねられ、それを見た旅団のメンバーからからかわれ、本気で殺しそうな気を出しながら模擬戦を挑まれたり、途中で金精院のお姉様がたととりとめのない交流をしたりと、充実した日々を過ごしていた。

 ――金精院の方々、特にステイシーさんとエルさんから物凄くからかわれ、精神的に疲れたことは除く。


 そして――


「よし、準備整いました。いつでも行けます」


 とうとうこの国を出る日がやってきた。

 しかも僕達、正確にはクルルを見送るため、女性陣が多く集まっている。ともったら何人か特定の人と手を繋いだり抱き合ったりしていた。

 1週間以上も一緒に過ごしたのだ。男女の仲になってもおかしくないし、お別れを惜しむのも仕方がないね。

 しかもザックさのエルさん、ステイシーさんとダンさんがハグをしたり、キスをしたりしてる。何時の間にそういう関係になったんだろう?

 そんなことを考えているとクルルが傍にやってきた。


「ステイシーさんとエルさん、何時の間に!? 私見たことないんだけど?」

 クルルもかなり混乱している様子だ。本当にお忍びとかで付き合っていたのかな?


「聞く?」

「聞かない」

「いいの?」

「何時かね。今度会ったときに聞くわ。気になることがあった方がそれを目標に頑張れると思うからね」


 そう言ってクルルさんは笑顔を向けてきた。


「よし! 帝国までは約3日、帝都までは2週間ぐらいかかるから、気合を入れていくよー!」

「そうだね。気合を入れて頑張ろう!」

「おおー!」


 そう二人ではしゃいでいると、いよいよ出発の時間になった。最後に金精院のメンバー向けて頭を下げ、手を振りながら町を出た。

 ようやく帝国に入れる。僕は今、還るためのスタートラインにようやく立ったような気持ちで帝国を目指すのであった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


『勇者の一人がブライアンジュ王国から出て行った』

『そうか、なかなかの強さじゃのう。触れたものを切断する能力か?厄介ではあるな』


 ここは、人類が一切住んでいない未開の大地といわれている場所。その中心地で2体の魔物が話をしていた。


『で、どうするのじゃ? これ以上強くなる前に殺しに行くのか?』

『強くなるまで待て。強者との戦いが俺の全てだ。あれ以上強者になる可能性があるのなら、それを待つ』

『やれやれ、お前さんの性格はわかっているが、早く殺した方がワシとしては心労に助かるんじゃがのう?』

『お前は過保護過ぎる。魔王を簡単に排除できるものか――我々3種が束になっても不可能なことを、たかが人間ができるとでも?』


 そう言って、鬼のような魔物は目先になる黒い靄のような物を見据えた。

 何もない黒。ただそこにあるだけで吸い込まれそうになるぐらいの漆黒。その黒い靄からおびただしい力が溢れ出ており、その場所にいるだけで常人や弱い魔物では即死に至る程の力をまき散らしていた。

 しかし、2体の魔物は平然と立っており、そのまま話を続けていた。


『あいつはどうした?』

『さあのう? どうせあやつのことじゃから適当に人間の国を亡ぼす遊びでもしてるんじゃないかのう?」

『あいつは何時も過信し過ぎだ。が来たら俺が必ず殺してやる』


 そう言って殺意を高める鬼の魔物。それを金色の竜が止めに入った。


『やめよ。それは異界の勇者と女神を殺し、後じゃ。全て片付いたらわしがあやつを殺してやるよ。無論、貴様も含めてな』

『ふん。できるものならやってみろ』


 そう言って鬼は竜の前から消えていった。


『やれやれ、やはりわしが守らないといけないのう――この魔王を――そしてわしが最強にり、必ずあやつらを殺してやるかの――』


 その言葉と同時に竜の魔物も消えた。

 後に名は何も発しない魔王といわれた黒い靄のみが残っていた。

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