第15話 剣使
――それは一瞬の出来事だった。一瞬で周りの魔物が肉塊と化し、あっけなく仇を取ってくれた――
私ことクルルは突撃命令の後、魔物の群れに向けて走りながらもキャシーやラケーテンのメンバーと合流しようとしていた。
このまま群れに突っ込んで孤軍奮闘できる腕はない。それができるのはわかっているだけでラケーテン旅団団長のザックさん、切り込み隊長のダンさん、そして私たち金精院のステイシーさんぐらいしかいない。
その他のメンバーの場合、一人では厳しいため2~3人のチームになって戦っているはず。そのため私はいち早くさっきまで近くに居たキャシーを探していた。
「クルルさん! キャシーさんたちを見つけました! 僕たちよりも前にいます!」
ナガヨシの声を頼りに前方を確認すると、確かにキャシーがラケーテンの人達とチームを組み既に複数体の魔物と戦っていた。
今キャシーたちが戦っているのはブラウンウルフやグリーンリザード等の低位魔物の集団だった。
普通同じ種類の魔物ならともかく、こんなべつ種族の魔物が連携して人に襲うなんて聞いたことない。
恐らくオーパーツが原因だと思う。
「低位の魔物の群れであれば、今のまま戦っていたら勝てる! でも絶対に油断しないで! 数だけは多いわ!」
「わかってる! お互いの背中をカバーだろ! 大丈夫だ!」
前方でキャシーはラケーテンの男の人と声を掛け合いながらなんとか迫りくる魔物をいなしていた。
一応今のままでもなんとかなりそうであるが、キャシーと男2人の合計3人だと死角のカバーが足りず、疲れて集中力が切れて倒されるかもしれない。
そのため、私とナガヨシは急いでキャシー達と合流するために走っているが――
「っもう! 邪魔!」
「さすがに切りがないですね! もう目前までオオカミが迫ってます!」
オオカミってもしかしたらウルフの事かもしれないけど、そんなツッコミを入れる暇もなく、私とナガヨシの元にもブラウンウルフが5匹迫っていた。
1匹だと問題ないが、複数引きで連携されるとすごく戦いにくい相手だ。そのため、私はナガヨシと連携して戦おうとするが――
「邪魔です!」
その一言を発し、ナガヨシに向かって飛び掛かっていたウルフを持っていた剣で横に薙いだ。
それだけでブラウンウルフは首が切れ、胴体と離れ離れになった。
更にウルフの動きを読んていたのか、もう1匹が後ろから飛び掛かってきていたが、返す剣で今度は胴体から真っ二つに切っていた。
「いや、ナガヨシ……強すぎじゃない?」
先ほどの薪の時もそうだが、ナガヨシが剣を振るうと真っ二つに切れる。
それは木でも毛皮が厚く骨が固い動物でも鎧を着た人間でも結果は同じなのかもしれないと思ってしまった。
「クルルさん。説明は後でしますから、まずはこの場を切り抜けてキャシーさん達と合流しましょう」
そんな少し呆然としていた私に向けてナガヨシは提案し、まだ残っているウルフを倒し回っていった。
私はほとんどなにもしていないが、ナガヨシのおかげでこの場は何とか切り抜けた。
がしかし、やはり数が多い。また別の魔物、しかも中位魔物であるブラックライガーやグレイベアーがこちらに迫ってきていた。
「っく! 本当に切りがない! ナガヨシ、キャシーの傍まで行ける!?」
「僕一人でなら多分行けます! でもクルルさんが1人になるから行けません!」
残念ながら私がナガヨシの足を引っ張っている。先輩なのに情けない。
「ごめんね。もう少し私が強ければ……」
「いいえ、正直僕も自分がここまで戦えるとは知らなかったんです。だから謝る必要はありません」
そう言っているナガヨシの表情は、それはもう必死の表情を浮かべていた。
まるで初めて乱戦を経験して余裕がない顔そのものであった。
その顔を見て、私は忘れていたことを思い出せたのであった。
「っごめん! ナガヨシって今回が初陣だったね。あまりに強くて忘れてた」
「僕もです!」
今ナガヨシは両手を振り上げているベアの懐に入り、そのまま胴体から真っ二つにしていた。
私はというと、なんとかライガーと1対1の距離を保ちながら必死に攻撃を躱している。
「ごめん! 私の腕じゃライガーを倒せない! 手伝って!」
そうお願いすると、一瞬でナガヨシは私の傍に来て、そのままライガーを切り裂いた。
ライガーはちょうど大きな口を開けて私に噛みつこうとしていたため、ナガヨシの剣が丁度口にあたり、顎より上から真っ二つにされた。
「――気が付けばスプラッタ映像を大量生産している僕がいる……」
何か呟いているが、既にナガヨシはウルフ4体とベア3体、ライガー体を真っ二つにして倒している。
ウルフはともかく、ベアやライガーは中位に値する魔物のため、その皮は固く、さらに骨も物凄く固いはずなのに問題なく切り裂いている。
改めて出鱈目な強さだと再確認し、これなら本当にオーパーツも切れるんじゃないかと期待してしまう。
「よし! ナガヨシがえげつない倒し方をしてくれたからこっちに魔物が来ないみたい。急いでキャシー達と合流よ! そのあとはオーパーツがあるところまで急いで戻るわよ!」
「僕のことはともかく了解!急ごう!」
そして私達は走り出した。
この時私は、ナガヨシの力があればなんとかなると楽観視していた。
何故ならなんでも切ることができるのだ。ある意味最強染みた強さの傍にいたためにそのことを忘れていた。
もうすでにこの場所に中位の魔物が来ていることを――中位以上に上位の魔物がいる可能性があることを――
だから――
「っダメ! 逃げてクルル! ナガヨッ――!」
――それは私の目の前だ起きた光景だった。
本来ならこんな場所にいるはずがない上位の魔物、図鑑で見たことがあるが恐らくアーマーライノがキャシー達を吹き飛ばす光景だった。
文字通り鎧の様な皮膚を持つ上位の魔物。本来であれば魔王がいる果ての大陸にいると言われている魔物。
そんなありえない魔物が私の目の前に現れ、私の仲間を吹き飛ばしていた。
「キャシー!!!」
キャシーはライノに高く吹き飛ばされ、私たちの近くの地面に叩きつけられた。
ラケーテンの人達も高く吹き飛ばされたが、たまたま別のグループが戦っている魔物の上に落ち、ふらふらしているが立ち上がることができたみたいだ。
私はキャシーの傍に急いで駆け寄り、腰のポーチからヒーリングポーションを取り出しキャリーの口に当てた。
「キャシー! 飲んで! お願い! 早く!」
キャシーの来ていた軽鎧は粉々に砕け、お腹には大きな穴が空いている。恐らくライノの突進を真正面で受けてしまったのだろう……
私はもう一つのヒーリングポーションを取り出し、お腹に掛けた。火傷の音のような音を出し、傷が少しずつ塞がれていくが、完全に塞ぐにはポーションが足りないみたいだ。
「キャシー! 飲んで! お願いだから! 反応して!」
何度呼び掛けても反応がない。私は私が持っているすべてのポーションを使い切ったが、それでも傷は塞がらす、どんどん血が流れていく。
なんとかしようと思い、キャシーのポーチを確認しようとするが、ライノの突進の衝撃か、または高いところから叩きつけられた衝撃か、全てのポーション瓶は砕けていた。
「キャシーっ……キャシー……」
私がキャシーを治療している間、ナガヨシは私たちに迫り来ていた低位から中位の魔物相手に一人で孤軍奮闘していた。
私を狙って飛び掛かってきたウルフを胴薙ぎで一閃し、ナガヨシ自身に迫っていたリザードを2匹同時に首を落とす。
ベアーやライガー、大きな蛇のバイパーやブラックウルフにビッグボア等の中位の魔物もこちらに来ていたが、
全てナガヨシが目にも見えない速度で一閃していた。
「――ク……クル……ル?」
「っキャシー! 気がついっ――」
私はキャシーが目を覚ましたと思い、急いでポーションを飲ませようとするが、すでに手持ちはなく、探していた手は虚しく中を仰いでいた。
「……ご、めん、ね? ……ドジっちゃった……」
キャシーはいつも通り話そうとするが、全然呂律が回っていない。今も傷口から血が流れて続けている。
「っもう無理しないでしゃべらなくていいよ? 今から医療班の場所まで連れて行くから――」
私は泣きながらキャシーと会話を続けた。私自身わかっているのだ。もうキャシーは助からないと・・・
「この……仕事が終わったら……ケーク……食べに行こうって……ごめんね?」
「うんっ! 結構美味しいって評判の店だよっ! 一緒に行くでしょ! ――っぐ……だから!」
「お願い……そのお店の味……今度聞かせてほしいな……星の向こう側で……待ってるから……」
星の向こう側。この世界で人が死ぬと必ず行くと言われる魂の休息地。キャシーは今、その休息地に旅立とうとしている……
「わかった――っぐす……どれだけ美味しいか盛大に語ってあげるよ! 待っててね」
「うん……待ってる……じゃあお休みなさい……」
キャシーは私の腕の中で息を引き取った。ナガヨシは相変わらず来ている魔物を葬っているが、その顔には涙が見えた。
恐らく聞かれてたのだろう。私達のやり取りを。できるだけ邪魔されないように守ってくれていたんだろう。
そう思うと、また涙が出てきた。
「(キャシー。良かったね。こんな仕事をしてるのに、涙を流してくれる人がいたよ)」
この仕事はいつ死んでもおかしくない仕事だ。そのため何時の間にか知り合いが死んでいたなんてよくある話だ。
だからみんな口を揃えてこう言う。
『自分の死が涙を流すに値するような人間になりたい』と――
一生を低級冒険者で終わる人もいる。逆に高位冒険者になれる人もいる。
人に感謝をされる人もいれば、全然されない人もいる。
そんな仕事だから、涙を流してまで死を尊んでくれるような人になれるのは、羨ましく感じる。
「(この初陣でそれだけ影響を与えたんだねキャシーは……私も頑張るよ)」
最後にキャシーを強く抱きしめ、私は立ち上がった。
それと同時に、ナガヨシは先ほどキャシーを吹き飛ばしたアーマーライノを真っ二つにした。
「(キャシー。仇討ち、あっという間に取ってくれたよ。ナガヨシならこの騒動を止めれると思うから、見守っててね)」
私は周りを見回し、こちらがある程度踏ん張っていることを確認してナガヨシに声を掛けた。
「ナガヨシ! 仇討ちありがとう! 今だいぶ膠着状態みたいだから、今のうちにゴトーさんのところに行くよ!」
「わかった! すぐに行く!」
私達は急いでゴトーさんの元へ走り出した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
目の前のことが信じられなかった。
さっきまで話していたキャシーさんが目の前に落ちてきた。正確にはあのサイの様な魔物に吹き飛ばされてきた。
恐らくトラックに真正面からぶつかった衝撃だろうを食らったのだろう。着ていた鎧が粉々になっていて、痛々しい傷が見えた。
「キャシー! 飲んで! お願い! 早く!」
クルルさんはキャシーさんを必死に治療している。
しかし、そんな治療を邪魔するように次から次へと魔物がこちらに押し寄せてきた。
「ここは僕が守る!」
そう気合を入れ、最初に飛び込んできたウルフを胴体から真っ二つにした。
その後、僕に狙いを定めていた2匹のトカゲの頭を刎ね、襲い掛かってきたトラのような魔物を縦に真っ二つにした。
どうやらこの戦闘でようやく神様から貰った力を理解した。
今僕は異常に五感が優れている。相手の足音はもちろん、呼吸や視線、筋肉が軋む音まで何故か感じ取れる。
また、軽く力をいれているが、剣を振るう手に疲れは出てこず、いつまでも剣を振るえるんじゃないかと思うぐらい調子がいい。
一瞬で相手の懐や傍まで行く脚力や、それに合わせた動体視力も強化されており、今は自分の体の動きについていけないという現象は起きていない。
「神様からいただいた力はまさに身体強化だね。僕が思うとおりに体が動く」
そんな軽口を言いながら、後ろ側から来ていた大きな蛇の頭を上へ薙ぐように刎ね、また反対側から来ていたライオンの様な魔物の傍まで移動し、右肩から左胴へかけて一閃した。
「……ご、めん、ね? ……ドジっちゃった……」
キャシーさんの弱弱しい声が聞こえる。先ほどからクルルさんが薬を飲ませたり掛けたりしていたが、効果はあったのだろうか――
そう思っていると、黒いオオカミが3頭襲ってきた。
僕は最初の一等の首を刎ね、返す剣で左側のオオカミの前足と鼻先を切り裂いた。
最後の1匹はラビン解体用に予め持っていたナイフを左手で腰から取り出し、逆手で持ってオオカミの目から上を切るように一閃した。
無事に3匹のオオカミを退治したあと、大きな漆黒のクマが2匹同時に襲ってきた。
このクマは先ほど倒した灰色のクマよりも素早く、腕を振り上げる動作や下ろす動作も先ほどのクマよりも断然早い。
そのため、なかなか懐に入るタイミングがわからなかったが、先に両手を剣とナイフで両断し、攻撃方法を亡くしたうえで改めて2匹のクマの首を刎ねた。
他にもいろいろな動物のような魔物が来たが、その全てを僕の一閃で真っ二つにしてやった。
「うんっ! 結構美味しいって評判の店だよっ! 一緒に行くでしょ! ――っぐ……だから!」
クルルさんの悲壮な声が聞こえてきた。
恐らくキャシーさんは助からないのだろう。五感が鋭くなっているせいで心臓の鼓動がどんどん弱まっていくことがわかってしまう。
キャシーさんと過ごした時間はほんの数時間しかない。それでも何も知らない僕を守るため、リーダーとして色々と教えてくれた。
そのことだけで僕は嬉しかった。こんなみなものいない世界、誰も知り合いがいない世界で僕に優しくしてくれた人。
お礼の言葉も言えていない。何にも借りを返すこともできていない。それなのに彼女はいなくなろうとしている。
それだけで涙が出てきた。
「グルルルルル」
声の方向に顔を向けると、1匹のサイがいた。先端の角に血がついているため、恐らくキャシーさんを吹き飛ばした魔物で間違いないと思った。
「グモーー!!」
雄叫びと同時に僕に突っ込んでくる。かなりの速さだと思う。これにぶつかった場合、よほどの運がない限りその突進だけで命を落としてしまうことは、容易に想像できた。
でも今はそんなこと関係ない。当たらなければというやつだ。
僕は剣を横に構えながら、サイに向かって飛び出していった。狙うは首、ただ一つ。
タイミングを合わせサイの正面に向かって行った体を、ギリギリのタイミングで無理やり左前方に進歩変更し、その流れからサイの首を刎ねるように切り上げた。
サイの首が大きく宙を舞い、自分の体の頭3つ分先に落ちてきた。
そして首が落ちたと同時にクルルさんが立ち上がった。
「ナガヨシ! 仇討ちありがとう! 今だいぶ膠着状態みたいだから、今のうちにゴトーさんのところに行くよ!」
そんな僕を呼ぶ声が聞こえた。キャシーさんは手をお腹で合わせ、まるで眠っているような表情をしていた。
「わかった! すぐに行く!」
僕は一度キャシーさんに手を合わし黙祷後、クルルさんと一緒に急いでゴトーさんのいる場所へ移動した。
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