第11話 命を頂くという意味

 命を奪う。言葉にすることは簡単だが、実際にその行為をすることは難しい。

 そもそも現代において命を奪う現場なんて普段想像すらしないしね。

 お肉を買うにしても魚を買うにしてもすでに加工されてそれ自体が『肉』だと主張しており、決して元の姿を想像して購入する人なんていないと思う。

 元は牛だったとか豚だったとか想像しない……それほど現代人の僕にとって命を奪うという行為は日常とは離れている行為だ。


「今からお前にこのラビンを捌いてもらう。んでもってこれがお前の昼食になる。これはヤンホーさんが用意してくれたお前用の飯らしいぞ」


 ヤンホーさんはいろいろ教えてくれると言っていたが、最初に教わるのがこの小動物を殺すこととは思わなかった。


「コツは最初に首を落とし逆さにして血をできるだけ多く流すことだ。血が残っていれば肉が臭くなって美味く食べれないからな。

 迷ってもいい。躊躇してもいい。ただ必ず捌け。それができて初めて冒険者として胸を張れる」


 つぶらな瞳が周りをキョロキョロしている。あ、目が合った。

 ラビンはずっと僕を凝視している。


「なぁナガヨシ。お前には目的があるか?」

「目的ですか?」


 急にロックさんが僕に質問してきた。目標?それはもちろん元の世界に帰ってみなもを抱きしめて出産に立ち会うことだけど?


「はい、あります」

「今お前はこのラビンを殺すことにどんな思いをしている? 直感でもいいから答えてみろ」


 今僕が思っている事・・・


「可哀そうだと。こんなに可愛いのに……でも僕のご飯になるのであれば、ありがたく頂かないと……とかですかね?」

「可哀そうと思うことは間違いない。こんなつぶらな瞳で見つめられたらそりゃ刃物なんて向けれない。

 でもな、今は俺たちがいて周りにもたくさんの人がいる環境だ。じゃあもしお前が一人きりで周りには何もなく、偶然ラビンみたいな動物を手に入れることができた。しかもお前は空腹だ。どうする? それでもこのラビンを食うのに躊躇うか?」


 僕は今言われたことを想像してみた。

 ほんとに何もなく、誰もいない、そして空腹……泣きたくなる状況ではあるが一筋の光明も見れる。

 それが目の前にいるラビン。この小さな命をいただけば僕は生き残れる。


「その時はこのラビンを食べます」」

「だろ? 目標を持っている人間が、可哀そうだとか一時の感情で揺れ動かされちゃいかんからな。

 じゃあその時お前はラビンを捌くとして、方法は? 捌く手順とかいきなりわかると思うか?」

「思いません」

「わからないならどうしたらいい?」

「本番の前に学ぶ必要があります」

「じゃあ今がその機会だ。こういうのは後で後でと思っていると結局機会を過ぎてできなくなるからな」


 そう言って僕にナイフを渡してきた。


「もうすぐ休憩場所に着く。その時に捌き方を教える。いいか、お前に目標があるだったら優先順位間違えるなよ?

 それさえ間違えなければいい。お前は大物にだってなれるさ」

「そうそう。ロックなんかこんなガタイで最初ラビンが可哀そすぎて、ごめんなごめんな言って泣きながら捌いてたもんな」

「お前今それ言うことじゃないだろ!」


 ダンさんがロックさんをからかっていると、後ろからミューさんに肩を掴まれた。


「ま、冒険者誰でも最初に通る道だよ。本当はさ、戦い方として剣の扱い方から教えようと思ったんだけど、ダンが命を奪うことから教えるとか言ってさ。

 たしかに剣の扱い方を教えても、殺せないんじゃ意味ないからね。いやはやチャラい恰好しながらちゃんと考えてるんだからすごいよね?」


 おっさんが言っていた。新人に教えることで自分も鍛える。それは技とか体だけじゃなくて心もそうなのかと思った。


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「おーい! いったん休憩するぞ! 斥候役が戻ってくるまで待機だ!」


 ザックさんの大きな声が聞こえてきた。

 みんなおのおの休憩に入りだしたのがわかった。


「おいナガヨシ、休憩といってもいつ魔物や野盗が襲ってくるかわからんから武器は手放すなよ。

 昔休憩とわかった直後荷物も武器も全て置いて寝ころんだバカが、直後の襲撃で武器を拾っている間に死んだ事があってな。

 だから休憩中でもある程度油断はするなよ? なに、いつかは気の貼り方とかは慣れていくさ」


 ダンさんがなかなか怖い話をしてきた。そんなマヌケな死に方は嫌だなぁ……絶対還るまで死なないけどね!


「よし、じゃあ早速ラビンの血抜きをするぞ。ついてこい」


 ダンさんにつられて人が5,6人ぐらい集まっている場所に来た。

 全員ラビンを足から持って首を下向きにしている。

 その光景から、今日はここでラビンを捌くのだと実感した。


「おう、間に合ったか。みんなすまん。今日急遽入った新人のナガヨシだ。今ちょうど命の奪い方を教えているところでな。邪魔するぜ」

「お邪魔します」


 そこにいた集団は男性3人、女性3人であった。

 真ん中に大きな壺のようなものを置き、壺を囲んでいる。


「げ! ダンかよ! 今来るんじゃねーよ。せっかく3対3で料理をしながら親睦を深めてるのに、お前が来たら全部持ってかれるじゃねーか」

「「そーだ! そーだ!」」


 どうやらプチ合コン的な事をやっていたみたい。

 お料理合コンかな? かなり物騒であり、今後血生臭くなる合コンなので、絶対に混ざりたくないけどね。


「そう言うなって。あくまで新人にラビンの捌き方を教えるだけだ。お前らの邪魔はしねーよ」

 そう言って僕を壺の前に連れ出した。


「ここに首を落とし血を入れる。周りに撒くと血の匂いで魔物とか来るからな。お前も一人で旅をするなら血入れの壺は買っておけよ?

 じゃあ言われたとおりにやってもらうがどうする? 俺の号令で捌いた方がいいか? それとも自分のペースで捌いてみるか?」


 ダンさんの号令? どういう意味だろう?


「号令というのはな、俺があれをやれと言ったらお前がやる。これをやれと言ったらこれをやる。いわば掛け声だな。

 意外といいぞ? 俺もその方法で最初は捌いたからな。自分の意志で捌こうとすると躊躇するが、別人からの号令の場合、ある意味命令されたと脳が勘違いして気持ちがいくらか楽になるぜ。

 どうする? 号令するか?」


 僕はしばらく考えて号令を受けることにした。たしかに依然バンジージャンプをした際、自分から飛び堕ちるより、カウントダウン的なものがあった方が踏ん切りがついたしね。


「じゃあいくぞ。まずは首を落とせ、ハイ!」


 ハイの号令とともに、僕はナイフを振った。

 よく研がれているナイフなのか、ラビンの首は簡単に落ちた。

 あまりにも簡単に綺麗落ちたので、罪悪感よりも驚きが増した。


「上手いなナガヨシ。だいたい最初に首を切るときは腰が引けてなかなか切れずラビンが苦しみながら死んでいくんだけどな」

「怖いこと言わないでください。想像して気持ち悪くなったらどするんですか」

「悪い悪い。あまりにも綺麗に捌くんでな」


 そんな軽口をはさみながら、ラビンの解体を進めていく。

 ダンさんの指示は的確であり、どこをどのように切ればいいのかを丁寧に教えてくれた。

 しかし・・・


「次は骨から肉を削ぐ作業だ。気をつけろ、生き物の骨ってやつは案外固い。すでにある程度油が付着したナイフだと上手く切れなかったり骨に当たって刃が欠ける場合もあるからな」


 そう説明されて慎重に骨から肉を削いでいたが、手が滑ってしまった。

 しかし、あまりいい状態のナイフではないにも関わらず、骨ごと綺麗に切れてしまった。何故に?


「……おいナガヨシ、力とかいれたか?」

「いえ、特に力とかはいれてませんよ? なんだか滑るように骨が切断できた感触でした」


 疑問に思ったが、まぁ切れてしまったのであれば仕方がないということで、そのまま作業を再開した。

 さすがに内蔵あたりが見られるようにあったころから気持ち悪さが出てきたが、そのことを察してか傍にいた女性陣が声をかけてくれた。


「頑張るねー新人さん。私の時なんて泣きながら捌いたのに泣いてないなんて」

「あ、そういえばあんた腸が見えたとき泣いてたね。もう無理ー! って」

「あの頃の純粋さが懐かしいわ……あたしたちもう汚されてしまったのね……」

「もうあの頃には戻れないってやつね! わかる!」


 なんだか僕をダシに昔話に花を咲かせている。

 あ、男性陣が混ざりだして合コンの定番、昔の自慢と失敗談の暴露大会が後ろで始まっていた。


「よし、後はしばらく寝かせるから、この箱に入れておけ。肉用の保管箱だ。これに入れているとある程度塾生が進んで肉が美味くなるらしい。原理は知らんけどな」


 こうして僕の最初の授業である命についての授業が終わっ「最後のこの肉をお前が食って授業は終了だ」――終わってなかった。


「捌くまではできても、いざ食う時に捌く前の姿を思い出して食えない人間がいる。だから最後はこいつの命を食って、生命に感謝して今回の授業は終了だ。いいな」

「わかりました。このラビンは僕が調理するんですか?」

「いや、今回はこいつら料理係が調理する。だいたい新人の場合、初めて生き物を捌いた後は調理をできる余裕がないからな。

 それに、やっぱり食べるんであれば美味く食った方がいいだろ?」


 たしかに今の僕の精神状態だとうまく調理ができないかもしれない。そう考えると渡りに船だ。


「よっしゃ! あとは任せたぜ! 美味いやつを食わせてやってくれ。こいつの童貞卒業祝いだ」

「「「了解ですぜ」」」

「「「任せておいてください」」」


 料理合コンチームが他のラビンを捌いている隙に、僕はダンさんと再びロックさんとミューさんの場所まで戻ってきた。


「じゃあ今から武器の使い方を説明するぞ。準備はいいか?」

「はい。気分は優れないですけど、何か体を動かしていた方がいいと思いますので、思いっきり教えてください」

「その心意気はよし! 気合を入れて教えてやるか!」

 ロックさんはニコニコしながら僕の肩を叩いた。マッチョが肩を叩くと地味に痛い。


「じゃあまずはナガヨシにあった剣の握り方と構え方の確認から「おーい! 大変だ! 盗賊団だ! もうすぐこっちに来るぞ!」――何!?」


 武器の扱い方を教わるタイミングで盗賊団が来るとは……これは運がない。


「このタイミングでか! よし、全員まずはリーダーのところに集合だ! 行くぞ!」

「応!」「了解!」

 そう言って3人はザックさんが待つ場所まで走り出した。僕も遅れて到着する。


「おう、お前たちか。3人は前線で族の相手を頼む。ナガヨシはちょっと待て」

「了解だリーダー」「わかった。行ってくる」「ナガヨシくん。また後でね!」

 ダンさん、ロックさん、ミューさんが集団の前に走って行った。


「あいつらはこの集団でも上から数えた方が早いぐらいの凄腕だ。安心しろ。やられはしない。

 それよりお前だナガヨシ。お前は今回は後続に回ってもらう。前線のあいつらが打ち漏らした奴ら相手をしてもらう。もう剣の手ほどきは受けたか?」


 僕はまだ受けてないことを伝えた。


「そうか……しかしどうやら質はともかく数だけは向こうが上だ。いくら凄腕が集まっても漏れる可能性がある。

 一応後続もお前以外にもいるが、覚悟はしておけよ。俺は今からアマゾーさんたちのところに行く。最後の砦ってやつだ。後続はステイシーが率いているからやつの言うことをよく聞いておけよ」

「はい、わかりました!」

 そう返事をしたあと、後続の集団の中心にいたステイシーさんの傍まで走った。


「ステイシーさん。ザックさんい言われてこっちに来ました」

「わかったわ。これで後続は私含めて5人ね。一応言っておくけど、今回のこの後続メンバーは私以外ほぼ全員新人よ。だから絶対に無茶だけはしない事。いいわね?」


 それぞれがわかった旨を返事し、持ち場に向かっていった。

 その途中・・・


「おい坊主! いよいよ初陣だな!」

「おっさん!? なんでここに? ザックさんと一緒じゃないの?」

 何故かおっさんことヤンホーがいた。


「なーに。お前すでに殺しの童貞を卒業したんだろ? だからアドバイスだ」

「アドバイス?」

「いいか、襲ってくる奴は魔物でも族でも生きている。だから切ったら血が出るし叫び声や命乞いなどもする場合もある。

 しかしな、お前は迷うな。迷えばお前は死ぬ。死んだら目的は果たせないぞ?お前は何も語らないが、大きな目標があるんだろ?

 だったら迷うな! お前の目標を第1に考えろ! いいな、死ぬなよ!」


 そう言っておっさんは奥へと消えていった。

 そうだね。僕には還れなきゃいけない理由がある。こんなところで死ぬわけにはいかないしね。

 でもすごく迷うんだろうな……だって今回は初めての殺人になる可能性もあるし……

 とりあえず、まだどうなるかはわからないが、その時が来たら思い出そう。僕が1番に考えなくちゃいけないことを。


 そうこうしているうちに盗賊団が正面からやってきた。規模はだいたい100人から150人ぐらいかな?

 ぱっと見じゃ具体的な数はわからないけど、かなりの数だ。こちらの人数の4倍から5倍の集団だ。

 恐らく力押しでこちらを蹂躙する予定なんだろう。策とか考えずに突っ込んでくるみたいだ。


「(僕は還る! そしてみなもとずっと一緒に居続ける! それを邪魔するんであれば倒す! 倒す! 倒す!)」


 僕は体の芯から来る恐怖をみなもとの今後の生活を思い浮かべることで無理やり上書きし、奮い立たせるのであった。


 ――――――こうして僕の丸1日かかった初陣が今始まった。

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