第9話 国を出るまでの長い道
「ガハハハハ! お前なんで金貨しか持ってないんだよ! よくそれで馬車に乗れたな!」
「運が良いのか悪いのか、馬車賃だけはちょうどあったんですぅ! たまたまですぅ!」
僕は少し不貞腐れながら酒を飲んだ。
この国のお酒はワインのような味をしていてちょっと酸味が強い辛口だ。
僕は普段は日本酒をちびちび飲んでいるが、ワインも行ける口なので問題なく飲める。
「いやー笑わせてもらった。ほれ、両替をしてやる。安心しろ、これでも商人、信用第一だ。ちょろまかそうとかはしねーよ」
そう言って宿代を引いた銀貨と銅貨を手渡してきた。
この世界ではお金の規格は全国共通で、庶民は1カ月金貨2枚程度で4人暮らしの家庭が普通に生活できる感じだ。
「で、お前さんはこの国からでるのか? 国境なんて国越えを考えてる人間以外は商人ぐらいしか行かねーからな」
「はい。ガグンラース帝国に行こうと思ってます」
僕はこの国ではなくお隣の帝国に行く予定だ。
恐らくこの国で調べれることは少ないと思っているからであるが、他にも勇者一行がいるので、
情報収集はそちらに任せようと思っている。
「帝国かー。いいんじゃねーの? 戦争とかしていないし、きな臭い噂も聞かねーから問題ないだろ」
「帝国といえば西は鉱山、東は牧草地とこの国と同じぐらい豊かな場所だ。
ただ帝都にある世界樹だったけか? あれはすごいらしいな。なんかこー……うわーってなる!」
「ぶひゃひゃひゃひゃ! ……あなたの感想はガキ以下ですか! それじゃ伝わりませんよ!」
おっさんのお連れの人達と飲んでいる際、おっさんの同業者らしき人物も同じテーブルに集まってきた。
「おう、坊主!お前運がいいな! ここいら周辺の国に顔が利く商人が3人も集まったぜ! ま、1番顔が利くのは俺だがな!」
「うるせーヤンホー! 誰が一番だ誰が! お前じゃなくてこのアマゾー様が1番に決まっているだろ常識的に考えて!」
「いーや違いますね! 1番は私、ラーテーンに決まっています。まったくこれだから酔っ払いどもは……」
ヤンホーにアマゾーにラーテーン……すごい名前だ。
何か神様がいろいろ操作しているんじゃないかと疑いたくなる……
「坊主! お前運がいいな! こら変で顔が利く商人が3人も集まる機会なんか滅多にないぞ!」
うん、なんとなく感じてた。僕は本当に運が良いみたいだ。だからこそみなもを助けれたし、こっちの世界でも今のところ特に問題が起きていない。
あと大事な事なので2回言ったんですよね?酔っぱらっているだけですか?
「おうアマゾーにラーテーン。こいつは今日冒険者になった坊主だ」
「初めまして。ナガヨシと申します」
「ほう、ちゃんと挨拶ができるやつか。感心感心。俺はアマゾー。この2人とはライバルであり商売敵であり戦友だ。よろしく」
「私はラーテーン。どちらかといえば王国や帝国よりも共和国や連邦に力を入れています。もしそちら方面に行くのであれば是非私のお店に来てください」
その後、おっさんたちの連れや知り合いの人達はたくさん来て商売の情報交換会が目の前で行われた。
その片隅で僕は今から行く帝国の事を今日初めて会ったおっさんたちに教えてもらった。
帝国。正確に言うとガグンラース帝国。王国並みに歴史が古く、約600年続いている国である。ちなみに王国は750年程らしい。
この帝国には謎の巨大な木、通称『世界樹』なるモノがあるらしく、樹齢を調べることができないほど、多くの魔力を含む木があるらしい。
僕の予想では帰還方法は召喚魔法と同じ原理が使われると思っているので、恐らく世界樹の力が必要なモノの1つだと睨んでいる。
違う場合でもそれは必要なモノではないモノだったとわかるので、とりあえずは誰でも知っているが誰もが理解できていないモノから調べることにしたため、第1号として世界樹を選んだわけだ。
「いろいろありがとうございます。じゃあそろそろ僕は寝ますね。みなさん、お酒はほどほどに気を付けてください。ではおやすみなさい」
そう言って僕は自身の今日眠る部屋に戻っていった。
後ろから「またなー」とか「坊主の言うとおりそろそろお開きにするか」とう聞こえてきた。
さて、明日には国境を越えて帝国領に入れる予定のため、僕はそのまま眠りについた。
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「ヤンホーよ。お前が新人に優しくしているなんて珍しいな。あの坊主もしかして見どころがあるのか?」
アマゾーが探りを入れてきた。あの坊主が寝床に戻ったらくる質問だと思っていたので、すぐに答えてやった。
「おい、おまえら。国で勇者召喚が行われたっていう噂は聞いたか?」
「ええ、女神様の力を使って異世界から勇者を召喚する儀式でしたか……まさか本当に?」
「多分あの坊主は召喚された勇者の1人だと思う。あまりにもこの世界の常識がなさすぎる」
「ほぉ……ヤンホーが言うんだったら間違いない可能性の方が高いか」
本人は記憶喪失だと言っていたが、恐らくはったりだ。
「あいつに何故か強者の気を感じた。仕草とかは隙が大きくまるで戦いをしていないような体つきにも関わらずだ。
その場合考えられるのはわざと弱いフリをしているか、力だけ手に入れていまだ馴染んでいないかのどれかだようよ」
この世界には後付けスキルという後程手に入る力も存在する。
魔法とかはともかく、身体強化等のスキルを手に入れた場合、最初のうちはその能力に慣れなくてちぐはぐな動きが目立つが、あの坊主がまさにそれだ。
「なるほど……もし仮に本当に勇者のうちの1人だった場合、今のうちに顔を売って信用を得た方が得策か……」
「なーに、あいつに恩を売っておけばなんとなくいい結果が得られると思ったから声をかけただけだ」
「相変わらずヤンホーの勘は当たるから怖いわー。俺も一口噛むかね」
本当にあの坊主はラッキーボーイなのかも知れないな。
あいつ自身が言っていたが運は割といい方だと。でなければこうして大商人である俺たち3人と出会うことはなかっただろうしな。
俺もその運に少し乗っかかることにしようかね。
「明日俺は国境に行く予定だがお前らはどうするんだ?」
「俺も帝国に帰るから国境に行く予定だ」
「私も帝国支店に用があるため同じく国境ですね。というよりあなた護衛は?まさかあの少年だけですか?」
俺は思わず天井を見た。その姿を見てラーテーンがため息をついた。
「あなた、もういっぱしの大商人の1人なんですから、護衛ぐらい付けなさい。あなたにもしもの事があった場合、従業員が困るんですよ?」
「そうだぞ。お前の気持ちはよーくわかるが、そろそろ立場が邪魔をする時期だ。諦めて護衛を雇え。今回は俺たちと一緒に行動していいから。俺の護衛に守ってもらえ」
昔冒険者をしていたせいか、1人でなんでもできるためどうしても護衛を雇うという感覚が薄れている。
「わかった。次回から頼むよ……お、いいこと思いついた! あの坊主に先輩として依頼の受け方について教えてやるか」
「え? あの少年何も依頼を受けずにここまで来たんですか?」
「恐らくな。魔物を狩るわけでもなく、護衛とかでもなく、本当に国境にというより帝国に行きたいだけだったみたいだな。金は持っていたし依頼を受ける動機がなかったのかもしれんな」
なまじ中途半端に力があり、金もあると依頼を受ける動機がないからな。
しかし今後はそうじゃないはずなので、ここは先輩としていろいろ教えるか。
「そうと決まれば明日朝ギルドに顔を出すか。お前たちはどうする? 何時頃出発する予定だ?」
「俺はなんか面白そうだからそっちに合わせて出発するぜ」
「私もそうしますかね。予感といいますか、彼についていった方がいい気がします」
「じゃあまた明日ってことで、今日は解散だな! じゃ、またな!」
そう言ってこの場は解散された。
明日にはいろいろとあの坊主に教えてやろうと思った際、妙にあの坊主に肩を入れすぎていることに気が付いた。
恐らく、あれが人を引き付ける何かを持っている人間なんかなと思ったが、
「いや、危なっかしくてほっとけないだけだなあれは」
と思い直し、今日1日の疲れてと酒を出すために俺は寝た。
……まさかあんな激動の1日を過ごすとは、この時俺は想像すらできなかった。
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次の日、目が覚めて食堂まで行くと、昨日のおっさんたちが朝食を食べていた。
「おう、起きたか。今日は国境行きだろ。まずは飯を食わないとな。まー座れや」
うながされたので、おっさんが集まっているテーブルの空いている席に座る。
「よし、なんでも食べろよ。こっから国境までしばらくかかるから、今抜くと辛いぞ」
そう言っておっさんは勝手に注文をしだした。
といっても朝は朝セットしかないので問題ないんだけどね。
「坊主、食べながらでいいから聞きな。まず、お前さんはギルドに行け。俺が利用方法を教えてやる」
いや、一応ギルドの利用方法は昨日王都のギルドで聞いているから大丈夫なんだけどな……
「お前今なにもギルドから依頼を受けていないだろ。絶対受けろよ」
「え、別にお金には困っていないし、ランクを上げる予定は今のところないので、急に受けなくてもいいんじゃないですか?」
ヤンホーのおっさんにはすでに金貨を何枚も見られてるし、銀貨に両替してもらっているから、僕の財布事情は詳しいはず。
「いいか、冒険者が依頼を受けずに国境や他国に行く場合は入国審査の際必ず止められる。
でその際、お前が依頼も受けていないのに金がある場合、なんでこんなに持っているんだとかなぜ依頼を1度も受けていないのに帝国に行くんだとか、いろいろしつこく聞かれるぞ?それでもいいなら別にいいが、早く帝国に行きたい場合は国境へ行く誰かの護衛依頼とかを受けろ。
そしたら言い訳もつくし、初めての依頼だから報酬に色を付けてもらったとかも言いやすいしな」
なるほど、この世界の常識は知らないが、おっさんがそう言うんであればそうなのだろう。
「そこでだ。俺も今から国境の支店に顔を出す必要がある。しかし護衛を連れていない。
なんで今からギルドに行って護衛が付くよう依頼する。お前はそれを受けろ」
「あの……なんでそこまで親切に?昨日会ったばかりですよ?」
「商人の勘だ。お前を贔屓したほうがいいと俺の勘が告げている」
商人の勘ならばしかたない。僕にも経験がある。小さな契約と思ったらそのまま継続してかなりの利益を得た契約も少なくないしね。
ていうか護衛ぐらい一人はつけましょうよ大商人なんだから。
「とりあえずわかりました。ではお言葉に甘えます。まずはご飯食べますので、食べ終わったらギルドですね」
「ちなみに今回はアマゾーやラーテーンも一緒に国境に行くぞ。目的はバラバラだけどな。
んであいつらはすでに護衛を雇っているから、その護衛たちに旅の心得とかを教えてもらえ。
新人なんだ。遠慮するな。冒険者たちは新人を鍛えて自分も鍛える。その教えが廻っていくもんだ」
昔新人イビリをしていた人とは思えないまともな意見を聞きながら、僕は朝食を食べ終わったのであった。
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