第8話 最愛の人がいなくなって1日目
なーくんがいなくなって初めての朝がきた。
いつも2人で寝てるダブルサイズの別途にはたくさんの余白があり、本当に彼がいないんだと消失感が私を巡った。
「……はぁ。こうしてなーくんが傍にいなくても、時間というものは残酷にいつも通り過ぎていくんだね……」
最愛の人は傍にいない。しかもこの世界からも消えている。
神様曰く別の異世界に召喚されて、今は還るために頑張っているとのことだ。
いつも通りにご飯を食べ、彼が残した仕事を確認した。
「ふむふむ、難しい案件や急ぎの案件はないみたいだね。
とりあえず、しばらくの間なーくんは難しいプロジェクトが急遽入ったから3カ月は手が空いていない事を伝えますか。」
私たち夫婦は自宅で仕事をしている。
いわゆる在宅ワークになるが、なーくん名義で会社を立ち上げており、なーくんは一応会社の社長となっている。
「えっと、とりあえず挨拶が必要な企業のリストアップは完了っと――
挨拶文はこんな感じかな? お願いですから今回の件で契約見直しなんて起きませんように!」
そう願いながら各企業へ一斉送信をおこなった。
他にもなーくん名義で投資とかをしているので、この仕事がなくなっても生きてはいけるが、もうすぐ子どもは生まれる身としてはお金はたくさんあるに越したことはない。
「さて、みなもができる範囲の仕事をするとして、企業側からの連絡を待ちますかね」
こうして仕事をしていると仕事に熱中でき、なーくんがいない事を少しだけ忘れられる。
でもふとした切欠で思い出す。なーくんが傍にいないことを――
「うー……なーくんも頑張っているし、みなもも少しは我慢しなくちゃね……
妊娠中なのに我慢とか、なーくんは本当に罪作りな人だね。ねー? あなたのパパは悪い人ですねー?」
そう言いながら、私はお腹を擦った。だいぶお腹のふくらみが目立つ時期だ。
お腹を擦っていると、私は一人じゃないと思え、また寂しさを紛らわらせる。
「さて、ひと段落でき事だし、休憩しましょうか」
お昼ご飯は1人で食べた。今後しばらくは1人飯だと思うと気分が滅入る。
初日からこんな感じだと、いったい1週間後とかどうなっているやら……
「こんな生活にも慣れていくのかな――慣れたくないような慣れたいような不思議な感じだね……」
このまま彼を忘れないように慣れたくないような、還ってきた彼のためにいつも通りの生活をしていたと報告するため慣れたいような、そんな感覚に板挟みされている。
「うん! なーくんも言ってたしね! 必ず帰ってくるし、寂しさは時が忘れさせてくれるって!
みなはいいおかーさんになるためにいろいろ準備を頑張りましょうかね!」
なんとなく空元気を起こし、気合を入れなおした。
「あ、そうだ。神様が実際に来てくれたし、一応お祈りとかしてたらなーくんに効果があるかもしれない――うーん……お祈りができる触媒的な何か……えっと――あ、コレなんか良いかな?コレに毎日お祈りしいておこう!」
私は普段趣味で集めているコレについている埃を綺麗にふき取り、即興で作った神棚的な場所に祭った。
「どうか、なーくんが無事に異世界で過ごせますように――無事に帰ってきますように……」
手を合わせてお祈りをする。すると、私が祭った『埴輪』の口角が少し上がったような気がした・・・
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「へっぶしゅ! ――うーんこれはたぶんみなもだな。何かお祈りでもしているのかな?」
鼻がムズムズしていないのにくしゃみが出る。これは絶対に嫁の愛のパワーに違いない! そう断言できるが、隣のおっさんは違うらしい。
「気をつけろよ。今この変じゃ風邪が流行っているみたいだからな。風邪を引いてちゃ旅なんてできないぞ」
今僕は王都を出るために馬車に乗っている。しかもぎゅうぎゅうで座るスペースを何とか確保できるぐらいに人が乗っている。
悲しいかなお隣はちょっと加齢臭が匂うおっさん。これが若い女の子だったら――
「残念な目で俺を見ているが、こっちも残念に思っているからな? できれば若い女に隣に座ってほしいのは男全員同じ気持ちだと思うぜ。
で、あんちゃんあれだろ? 冒険者ギルド話題になった記憶がないってやつ。本当に記憶がないのか?」
そう、僕は祠を出てから町に潜り込んだ後、情報取集を行った。
どうやらこの世界の人は全員身分証明書を携帯しているみたいであり、持っていない人は犯罪者か逃亡奴隷、もしくは訳あり人間と認識されていた。
そのため、僕は記憶喪失のフリをして身分証明書が何故か持っていないことにし、冒険者ギルドにて身分証明書を発行してもらった。
「本当にここら辺が何処の国で僕がこの世界の何処に住んでいていたかなんてわからないんだ。
ということは記憶喪失で間違いないんじゃないかな?」
嘘は言っていない。それに本当にここら辺の常識も知らないし、まるで生まれたての赤子状態だからいろいろ教えてほしかったんだよね。
「聞いたぜ? なんでもこの国の名前から金の単位、食べ物の名前から魔物の事まで根掘り葉掘り聞きまくったってな。
あまりにも質問が多すぎて受付のねーちゃんが倒れたって聞いたぞ?」
そう、僕は僕が思う必要最低限の情報を聞きたかっただけだ。
なのに途中から受付のおねーさんが目を回しだし、ヘルプに入ったおねーさんも混乱して、最後はギルドの偉い人が現れてお話合いをまでしたしね。
その結果、必要と思った情報を全て貰ったので、こうしてよその国に行くための馬車に乗っている。
「ま、いいけどあんまり人を困らせるなよ? 冒険者ギルドっていえば誰もが活用できる場所なんだ。
問題を起こせばすぐに噂が広まって、この国じゃまともに生活できなくなるぞ?」
おっさんが言ったとおり、冒険者ギルドはたくさんの人でにぎわっていた。
それこそ、ザ・冒険者といった格好の人から、普段着の老人や子ども、商人みたいな人や猫耳犬耳の人までたくさんの人で溢れていた。
「なんでも昔、冒険者の中で新人イビリをする馬鹿がいてな? 冒険者に登録しようとした新人に対して高圧的な態度をとっていたら、あまりに新人をイビリをやりすぎてギルド内を出禁になったやつまでいるからな。
馬鹿だよなそいつ。新人は丁寧に教えてベテラン冒険者を増やした方が経済は廻るっていうのに……」
このおじさんは商人なのかな? 普通ベテランを増やした方が経済が廻るなんて発想はできないと思うけど?
「ほんとあの時はどうかしていたぜ!なんで俺はあんな態度を取っていたのか――
時間が戻れるなら戻ってあの時の俺を殴り殺したい!」
あなた本人でしたか――いやー本人からの実態談は参考になりますね本当に。
「はぁ……気を付けます。でも大丈夫です。一応お偉いさんとお話が着きましたから。
僕も晴れて立派な冒険者1年生の仲間入りですよ」
そういって僕は冒険者の証であるペンダントとカードを見せる。
ペンダントは誰が見ても冒険者だとわかるように前に出していないといけない決まりだし、カードは冒険者のランクを表しており、僕のカードにはⅠの文字が表示されていた。
「一応新人扱いか。頑張って真面目に依頼をこなしていけば半年でⅣ級ぐらいにはなれるだろ。
Ⅴ級以降を目指すなら多めに魔物を狩った方がいいぞ。これは先輩からの助言と思って聞いてな」
この世界にもテンプレどおりギルド内のランクがあり、最高Ⅹから最低Ⅰまでの10段階であり、僕は最低ランクからスタートだ。
ま、ランクを上げるつもりはなく、身分証明書としてほしかっただけだから別に上げる必要ないしね。
「なんでもギルドランクが高いと普段は入れない場所も入れるようになるらしいぞ?あくまで噂だがな。
もし亡くした記憶を取り戻したいとかそんな魔法が知りたいとかなら、ランクを上げて関係者以外は入れない場所とかに入れるようなっていた方がいいかもな」
このおっさん優しいな。そんな裏情報まで僕に教えてくれるなんて。
しかもギルドランクアップの恩恵もテンプレ的だね。さてさて、やはりランクは上げた方がいいのかな?悩む――
「ま、お前の人生だ!好きに生きたらいいさ! もし何か困ったことがあれば、俺の店に来い!
冒険者だとわかれば割引をしているからな。今後とも是非ご贔屓にってやつだ」
ちゃっかり自分の店の宣伝をしているが、ありがたい情報を教えてくれたので問題ない。
実際に店を利用するかもしれないしね。ここは頷いておこう。
「おっちゃんありがとう。ギルドランクとかギルド内では教えてくれない情報だから助かったよ。
今度是非見せに寄りたいから名前を教えてください」
「ランクについてはある程度上がった時に説明があるみたいだが、お前には必要かと思っただけだ。
でも店に寄ってくれるんであればありがたいな。おれの名はヤンホー。
ヤンホーショップと言えば冒険者御用達の店だ。王国以外にも帝国とか連邦国とかに支店があるから、是非寄ってくれ」
なんとも突っ込みづらい名前ではあるが、こちらとしては覚えやすくていい名前だ。
「わかった。ヤホー「ヤンホーだ」……ヤンホーだね。覚えておくよ。どうもありがとう」
そうこうしているうちに町についた。僕はここからさらに馬車を乗りついで国境まで行く予定である。
「俺はここに用があるから降りるが、お前はどうするんだ? 何なら隣に座ったよしみだ。新人に飯ぐらいなら奢れるぞ?」
「ありがたい提案だけど、僕はこれから国境に向けて馬車に乗るよ」
「お前知らないのか? もうすぐ夜になるから馬車は国境まで行かないぞ? 馬が走らねーからな。
国境に行きたいんならこの町か次の町で一泊して、明日の朝にまた馬車に乗らんといかんぞ?」
そうなのか。馬って夜目が利かないのか。これは現代感覚で考えてた僕が悪いな。
「しかも隣町は宿屋はあるが飯がいまいちだ。ま、俺はいまいちと思っているだけで他は知らんがな。
どうせ泊まるならいまいちな飯を食うより、距離があるが美味い飯を食えるこの町の方がいいと思うぞ?」
旅慣れた人間の発言って説得力が半端ないと思う。
僕も人間なんで、おいしいご飯を食べたいに1票だ。
しかも僕はこの世界の事をほとんど知らないから、おいしいご飯の場所情報はかなりほしい情報でもあるしね。
「じゃあ、お言葉に甘えて奢られたいと思います。おっちゃんいい?」
「おう、まかせな。この町の飯は美味いぞ。あとお前旅慣れていないようだから俺様が旅の心得も教えてやる。
そうと決まれば早速宿を取って飯にするぞ!」
最初から優しい人に恵まれて本当にラッキーだと思った。
これもおそらくみなもが僕の事を心配してくれていいことが起きるように祈っているおかげだと思う。
祈っていないにしても、おそらくみなもを好きという気持ちがこの結果を招いたと思うことにした。
やっぱり僕の嫁は女神さまに違いないと思い、宿屋に入っていった。
「お客さん! 金貨とか出されてもおつりの銀貨と銅貨が足りないよ! できれば銀貨で支払って!」
金貨しか持っていない僕に対して、おっさんは笑いながら銀貨に両替してくれた。
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