第1章 ブライアンジュ王国滞在編

第1話 嫁救出/そして異世界へ……(前編)

 いきなりすべての世界が止まった。人も風も光も音も、全てが止まっている。

 目の前には愛する妻の『みなも』。妊娠7ヵ月であり、今日は定期健診の日であった。

 散歩ついでに一緒に病院に行き、現在帰宅中のみなもの頭上には鉄骨が迫っている状態で止まっていた。


「っ! みなも! ――って動いていない!? どうなってるの!?」


 完全に気が付いてない様子のみなもと、気が付いて助けようと手を伸ばしている自分。

 もちろん現在全てが止まっている。


「どうする!? どうすればいい!? どうしたらみなもを助けれる!? ダメだ、思いつかない!」


 時間が止まっているためか、絶望のビジョンしか思い浮かばない状況化の中、必死に助けを求めていた。


「どうして――もうすぐ……もうすぐ子どもが産まれるっていうのに……神様でも悪魔でも誰でもいいから『みなも』を助けてください! お願いします! なんでもしますから!」

「え、今なんでもするって言った?」


 思考の中で泣きながら懇願していると、近くから声が聞こえた。


「――えっ? 誰ですか?」

「今なんでもするって言ったよね?」

「……言いましたけど、みなもを助けてくれるんですか」

「それは君次第。僕は力を与えるだけさ」


 謎の声はすぐ近くから聞こえるが、姿は見えない。


「僕は直接君たちに干渉はできない。だから君に力を与えるから、君が彼女を救いたまえ」


 そう言うと、目の前に白い人型が現れた。


「やあ、僕は君たちの言葉で表すと神的な存在だ。君にちょっとお願いがあってね。だから君の前に現れたんだけど、現在急を要する状況みたいだから、先に力を与えるよ」

「力? それがあればみなを助けられるんですか?」

「それは君次第。君が今欲しい力を具体的に言えればその力を授けるよ。

 魔法でもなんでも好きに考えてね。時間は一応止めてるからゆっくり考えな」


 目の前の人型は宙を泳ぎながら説明をしてくいる。周りは何も変化しない世界。

 その姿から本当にここは時間が止まっている場所であることを改めて確信した。


「(ゆっくり考えろということは、しっかりとイメージしないとダメということか――ていうか普通この危機的状況化の中でいくら時間が止まってるとはいえ、救出に必要な能力のイメージなんかできるのかな……ふぅ……よし、考えよう! みなを救う方法を!)」

「そうそうゆっくり考えてね! その力が後程必要となる力でもあるからね!

 あ、でも力だけしか与えられないから制御できない力は身を滅ぼしかねないので注意してね」


 後で必要とはどういうことか。ていうかナチュラルに心の中が駄々洩れなのか。

 注意が必要な力ってどういう事? そんな考えが巡ったが、今は目先のことを考えよう。


「魔法は無理。あの鉄骨だけをどうにかできるほどの力は想像できないし。風魔法? 力だけ与えられて制御は感覚で覚えてね? だった場合まず無理だしな。爆破魔法? 論外。破片とか危ない。磁力とかは? 鉄骨相手ならば操れるかも……いや、制御が難しい可能性が高い……じゃあ身体強化……これなら自分の足の筋が壊れるだけで周りに被害を出さず助けられるかも……決めました」


 白い人型は泳ぎを止め目のまえに現れた。


「何? 決まった? 早いね。さすが選ばれてしまったラッキーボーイだ。

 ゴホン……さあ願を言え。どんな願いでも可能な限りかなえてやろう」

「可能な限りですか――では身体強化の能力を! 魔法とかの能力は制御が難しそうなので、今すぐ利用できそうな身体強化をお願いします!」

「身体強化ね――OK大丈夫。えーっと君にはこの先苦労が多く訪れる予定だから、丈夫な体もつけてあげよう。これで今回は筋が切れることはないと思うよ、うん。

 ――よし準備完了! 今後のお話は彼女を救ってた後にでも。夕方ぐらいにでもまた来るよ」


 そう言うとおもむろに手をかざし、謎の光を僕にぶつけてきた。


「よし、付与完了。詳しい話はまた後でね。この時間停止世界はあと10秒後に正常世界と繋がるから、頑張って救ってね」


 その言葉を最後に、白い人型は消えていった。

 その話が本当であれば、あと7秒ほどで時間が進む。

 僕は焦りながらも自身の体の様子を調べた。


「あ、なんか体の感覚が違う。多分行けそう」


 僕が言葉を漏らし終えて2秒後、世界は動き出した。


「っ! みなも!」


 僕は必死に手を伸ばし、彼女を一瞬で抱え上げ、その場から脱出した。

 その直後、彼女がいた場所に鉄骨が落ちてきた。


「ん? どうしたのなーくん。って何!? いつの間にだっこ!? ってえっ、何!? 落ちてきた!? 鉄骨!? なんで!?」


 彼女は相当混乱していたが、僕はそのまま涙を流しながら彼女を抱きしめた。


「よかった……間に合った……本当によかった……」

「なーくん? みなは無事ですよー。だから泣かないで? ね? もー、泣き虫さんなんだから」


 何も知らない彼女から頭を撫でられ、さらに泣いてしまった僕は悪くないと思う。それほどまでに先程の光景は衝撃的だったのだから。


「(……夢じゃなかった。じゃあまたあの神様みたいな人に会うのかな? お願い事みたいだけど……彼女が助かったんだからそれ相応のお願いをされるのかな……)」


 なんとか泣き止み、みなもと一緒に自宅まで帰っていく。

 これが僕がみなもと一緒に行けた最後の定期健診となってしまった。

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