出産予定の嫁を助けた引き換えに、異世界に召喚される事になりました

あんこうなべ

プロローグ とある戦場での無双

 その世界には魔王がいると言われていた。何故断定系ではないのかというと、その存在を目撃した人間がいないからだ。

 ある冒険者は言った。


「この国を襲った金色のドラゴン――その姿はまさに魔王! あらゆる魔法を反射し、俺達が放った弓や槍も跳ね返す竜麟!

 あのドラゴンから吐かれるブレスに多くの人間が一瞬で息絶えた! 高ランク冒険者も複数人を一瞬にだ! 誰がどうやって倒すというのだ! あの化け物を!」


 ある亡命者は言った。

「わしが居た国を滅ぼした海から来た魔物――あれこそが魔王じゃ! わしの国には30万の精鋭がいたにもかかわらず、あっという間に蹂躙された。

 30万じゃ……30万の軍隊じゃぞ!? 貴様らに想像できるか! その30万の軍隊が更に多い数の魔物に蹂躙されたのじゃ……あんなの人間が敵うわけない……」


 ある兵士は言った

「思い出しただけでも震えてしまう……たった1体の鬼だ。周りには他の魔物もおらず、たった1体だけで俺達の軍に攻撃を仕掛けてきた!

 あいつが持っている大剣を振るうだけで、何人もの人間が切られて死んだ……

 何人もの武人があいつに挑んでも、あいつは無傷で全てを葬ってしまった……あの威風堂々とした姿は、きっと魔王に違いない……」


 この世界には複数の国が存在するが、それぞれの国が魔王はドラゴンだ、海魔だ、鬼だと噂する。

 しかし、かの魔物達も、決して魔王ではない。魔王の配下である。その事実を知っている人間はいない。そう、人間は――


『このままではこの世界は滅んでしまう……こうなったら仕方がありません……禁忌の方法を取らさせていただきます』


 それはこの世界の女神【アテナネーゼ】の呟きであった。女神は悲痛な表情を浮かべ、ある決断を行うと、足元から魔方陣が現れた。

 その魔法陣に魔力を込めると、魔方陣が激しく光りだし魔法が発動した。


『これは最終手段です。どうか、私の世界を……そして全ての世界を救うべく魔王を倒してください』


 女神は祈るように魔方陣を見つめていた。発動した魔法は異世界から勇者を召喚するための魔法。

 しかも今回発動させた召喚魔法は、一つの世界だけではなく、複数の多元世界にいるだろう勇者を召喚するための禁忌。

 いくら女神であっても、別の世界の人間を召喚するにはルールがある。

 しかし、女神はあまりにも危機が進行している自分の世界のみを見過ぎて、そのルールを守るのを忘れていた。


 その結果、女神の世界よりも上位の世界から、一人の男が召喚に選ばれてしまった。

 もしここで、女神がルールを思い出し、ルールに従っていたら、この男は呼ばれてもすぐに死んでいた可能性があった。

 しかし、ルールを忘れていたおかげで、男は反則的な力を得るようになったのであった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 さて、今ので何体目だ? 30体目から数えてないけど、もう2時間以上剣を振っている気がする――


 僕は未だに迫りくる魔物も群れを、1匹1匹確実に切り捨てていた。

 残念ながら僕には広範囲に渡って攻撃できる術は持っておらず、魔法の様に遠くの敵を倒す術もない。

 あくまで持っている力は切る事だけ。自分が両手に持っている2本の剣だけが武器だった。


「死ネ! コノ化ケ物! 同胞ノ仇ダ!」

「貴様ハ危険スギル! 今スグココデ死ネ!」


 僕に向かって2体のリザードマンが襲い掛かってくる。数は7体。それぞれ得物として剣や槍を持っている。

 囲まれたら面倒なので、僕は魔物中心まで移動し、左手で逆手に持っていた剣で、一番後ろにいたリザードマンの首を切断した。

 そのまま流れるように右側にいたリザードマンの胴体を武器ごと切断した。


「ヤハリ化ケ物! ナンダ、ソノ剣ハ!? 何故ソコマデ我々ノ体ガ切レル!?」


 リザードマンは鱗が固く、切断系のスキルが効きにくい魔物だ。

 しかし、僕には関係ない。僕の職業は【剣使】。何でも切れてしまうある意味究極の職業だ。


「切れるんだから切ってるの! 文句を言わずに僕に切られなさい!」


 そう言って、先ほど喋っていたリザードマンの首を切断した。

 今度は2匹同時に襲い掛かってきた。2体は剣を振り上げて、僕に叩きつけようとしている。

 僕気にせず、適当に剣を振った。2匹は慌てて持っている剣で防御をしようとしたが、その剣ごと2体の胴体から切断した。

 残りの2体は怯えている。それはそうだろう。僕が持っている剣に触れてしまったものは例外なく切られる。

 例え防御の態勢になっても、その上から切断されるのだ。僕だったらわかった時点で逃げるね。

 とりあえず、怯えるぐらいの隙を見せている2体のリザードマンの首を切断し、周りを見渡した。


「うわぁ――まだまだ沢山いるなこれ。これってやっぱり魔王軍だよね? でも何でこのタイミングで?」


 つい先日、僕が元々いた王国でも魔王軍が襲ってきたと伝えられている。これは所謂魔王の進行というものなのかもしれない。

 魔王を倒すことが僕の目的の一つではあるけど、まさか魔王側から先にアクションを起こすとは思わなかった。


「避難はまだ完了しなさそうだし、他の兵隊さん達は反対側で戦っているし――こっちは僕と、あと数クランの冒険者達が魔物の進行を止めているけど……数が多すぎる」


 チートの能力を持っていても、無双できる力を持っていても、人間には限界がある。

 正直時間無制限であれば、僕一人でこの大軍を葬る事はできるだろう。でも残念ながら今回はタイムリミットがある。

 そして僕はそのタイムリミット内に必要最低数の魔物を葬る方法を持っていない。本当に持っている物は今両手に持っている2本の剣と、一応予備武器の2本の棒だけだ。

 僕の能力は剣限定で、棒では叩きつけるしか現在は使い道はない。


「ハァ……仕方がない。何とかもう少し頑張って時間稼ぎをしよう。お願いだから無事に逃げててほしいんだけどなぁ……」


 そうして僕は再び魔物の群れの中に飛び込んだ。あるものは首を切り、あるものは同から切断、そしてまたある者は腕だけを切り放置。止めを刺す余裕はないので、戦えなくしたら後は放置する。


「まったく、僕は君達と遊んでる暇は無いの! あと2年と半年しか時間がないんだから、急いで帰還方法を探したいの! だから邪魔する奴は皆殺すよ!」


 そう、僕には目的がある。魔王を討伐するのはサブクエストのようなものだ。メインの目的は元の世界に還る事。

 ただ還るには魔王が邪魔なので、絶対に倒さないといけないと神様に言われている。

 それと並行して帰還方法を探す。絶対に残り2年半以内に元の世界に還る。何故なら――


「僕は早くみなもを抱きしめて、出産の立ち合いに間に合いたいの! だから邪魔するな!」


 そう叫びながら、全長10メートルはあるであろう大蛇を一刀両断した。

 元の世界では妊娠中の嫁が待っているんだ。だから僕は戦う。全ては愛すべき人の元へ還るために……


 ――これは、元の世界に還って出産の立ち合いをしたい男を中心に、召喚者たちの思惑が交差する狂騒曲である――

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