第8話 まだ奥がありますよ

 疲れた…… 肉体的にも精神的にも……


 流石、看板に『危険』と書いてあっただけのことはありました。


 今にも落ちそうな吊橋、落石ゴロゴロな通路、突然火を吹き出す地面など…… 他にも、魔物(毒鼠)とも何度か遭遇しました。


 そして、ようやくたどり着いた所は――


「まるで礼拝堂だね」


 ここには、シャンデリアが飾られていて、大量の蝋燭が煌々と輝いています。

 正面には祭壇があって、右側の壁には大きな柱時計が置いてあります。


 迷宮内に礼拝堂があるなんて不気味…… この何とも言えない怪し気な場所に、私は当然辺りを警戒します。


「あの祭壇に置いてあるのが、目的の宝箱だな!」


 それなのに―― 前の3人は全く気にすることなく、祭壇の前に移動していたよ!


「よし。宝箱は取ったぞ! 後は元の場所に戻るだけだ!」


 ホントにこの3人、危機感が全くないね。宝箱に罠が仕掛けてあったらどうする気だったの?


 尤も、ここに着くまでの道中も、3人は全然周りを気にせずドンドン進んでいき、私だけが、最後尾でずっと周囲を警戒していました。

 その結果、私はこれまで1度も試練に貢献できず、先を行く彼らだけが、試練の達成に貢献してたけどね。

 ううう…… このままでは、私だけが不合格になってしまうよ。



「ねえ。もう目的を達成したも同然だし、ちょっと休憩して、皆で自己紹介しない?」


 お下げ髪さん、それは良い提案ですね!


「そうだね。あの子以外とは、これからも顔を合わせることになりそうだしね」

「そうだな。あいつ以外とはこれからも会うだろうしな」


『あの子』『あいつ』って、私のことだよね…… そりゃ私、ここまで1度も貢献できてませんが、その言い方ひどくないですか?


 とりあえず、私も加えてもらって、休憩がてら自己紹介することになりました。


「じゃあ、私から自己紹介するわ」


 最初に自己紹介をするのは、提案者の『お下げ髪さん』


「私の名前は【エミリ】よ。出身はコーリンス。私は基礎魔法4系統が使えるから、魔道士になる為にこの学院に来たの」


 おお! 私以外にも魔道士に憧れている人がいたんだ!

 私は同志を見つけた嬉しさで、ちょっと興奮して


「エミリさんも魔道士に憧れているんですか!? 僕も『戦闘魔法』を覚えて魔道士になるために、ここへ来たんです!」


 って、私が言ったら


「戦闘魔法!? プッ…… そんなもの覚えてどうするのよ? あなた、下っ端傭兵にでもなりたいのかしら?」

「ハハハハ―― 今時、戦闘魔法なんて覚えたがる奴がいたなんて!」

「いやいや、きっと場を和まそうと、冗談を言ったんだよね?」


 3人から思いっきりバカにされたよ……


「私は貴重な『水魔法』が使えるのよ。水を生み出せる魔道士は、世界中どこでも引っ張り凧よ。治癒術の基本も水系魔法だし、水は生きるために欠かせないもの。

 そうね、3人共、掌を上向きにして重ねてみて」


 エミリさんの言う通りにすると、皆の掌の中に水が現れました。

 冷たくて気持ちいい! それに


「おいしい!」


 疲れた身体に、これは生き返る!


「今は1日に作れる水はコップ10杯分くらいだけど、学院を卒業するまでには、水桶10杯分は作れるようになってみせるわ」


「じゃあ次は俺だ」


 次に自己紹介を始めたのは『博士くん』


「僕の名前は【リック】だ。マピットから来た。僕は現在解読されている神聖文字は、ほとんど全部覚えている。まだ未解読の神聖文字の研究のためにここへ来た」


 研究って、正に『博士』だね!


「神聖文字の研究って、どういうことをするんですか?」


「神聖文字で書かれた壁画の殆どは迷宮内で発見されていて、何百年も前から解読が試みられてきたが、まだ全体の5%も解読できていない。解読を進めるには、色んな迷宮に入って、新たな壁画を発見する必要があるのさ」


「次は私の番だな」


 イケメン女子さんが、自己紹介を始めました。


「私の名前は【ディアナ】。剣術で有名なルードルフィアの出身だ。私の魔法剣は3歳から父に教わっていて、現在は初段を持っている。この学院では魔法を鍛えて、行く行くは父の教える魔法剣の道場を継ぐつもりさ」


「あの…… 戦闘魔法には需要はないのに、魔法剣には需要があるんですか?」


 私のその質問は、ディアナさんに鼻で笑われました。


「フッ、当たり前だろ。魔法剣は対人は勿論、魔物にも有効だからね。それに、攻撃魔法と違って詠唱など必要ないし、チームを組めば、仲間の魔法効果を武器に付けて戦うこともできるのさ!」


 自分の魔法を使わずに、仲間の魔法で戦うこともできるなんて! 火耐性の高い魔物を相手にするとき、1人でも水系魔法の使い手がいれば、全員の武器に水属性を付けることができるのか。

 それじゃあ、攻撃魔法に需要がないのもわかる気がする。


 それじゃあ、最後は私の番だね。


「じゃあ、最後は僕の自己紹介を――」


「そろそろ行きましょう」

「これ以上は、時間の無駄だな」

「休憩も十分だしね」


 絶対にそうなると思ってましたよ!


 皆が腰を上げようとしたとき


 ボーン—―


 突然、時計が鳴った!

 今のは、11時30分を知らせる時報です。ここまで来るのに、結構な時間が掛かったように感じたけど、まだ1時間半しか経ってないのか…… って、ちょっと早すぎじゃないかな? 制限時間は8時間なのに、この調子じゃ、2時間半で戻れてしまうよ。いくら何でもおかしくない?

 そう思った私は、周囲をじっくりと観察しました。そして―― やっぱりだ! 祭壇の奥にまだ部屋があるよ!


「皆さん、ちょっと待ってください! この試練は、まだ終わってませんよ」


「ん? それはどういうことだ? もう宝箱は取ったし、後は戻るだけだろ!?」


「いいえ、その宝箱が偽物フェイクなんですよ」


「偽物?」


「そうです! この試練の制限時間は8時間もあるんですよ? それなのに、このまま戻れば2時間半で終わります。ちょっと早すぎるとは思いませんか?」


「確かに、難しい試練という割には、ここまで簡単に来れたしね」


「まさか、お前! この試練は、ここで終わりだと思わせて、俺達を騙す罠だと言うのか? その根拠はあるのか!?」


「ちょっと落ち着いてくださいよ。ほら、あそこを見てください。あそこの壁に『自信無き者、これより先に立ち入るべからず』と書かれていますよね。つまり、あの壁の向こうには、まだ奥があるんですよ!」


 私が指差した祭壇の後ろの壁に、リックくんが近付いて行きました。


「確かに『この先には、立ち入るな』と書かれているが…… お前、この神聖文字が読めたのか!?」


 えっ? それが神聖文字なんですか?

 そうか! 私にはどんな言葉や文字も理解できるスキルが有るから、普通に読むことができるんだ!


「試練の内容は『迷宮の奥の部屋から、宝箱を持ち帰る』だったね。ということは、真の目的はその宝箱ではない、ということだね」


「そうね。危うく騙されるとこだったわ」


「くそ! 試練が、こんなに簡単にクリアできるわけがなかったか!」


 この発見は、私の『貢献』ということでいいですよね?


「それじゃあ、この先に進もう。えーっと、この壁を開けるには…… この隙間の部分に左手を入れて…… 何をするのか読めないぞ……」


 リックくんが、神聖文字の解読に苦しんでいるようなので、私が代わりに文字を読みました。


「隙間に左手を入れて、土系の魔力を流すみたいですよ」


「何!? お前、この文字が読めるのか!? そんなバカな!?」


 エミリさんが隙間に左手を入れると


 ゴゴゴゴゴ……


 壁が真ん中から割れて、左右に開いた!


「ホントに開いたわ!」

「よし! 進もう!」


 ディアナさんとエミリさんが、躊躇なく中に入っていきます。


 この先は、もう少し慎重に進みませんか……

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