命題17.夜王 クロノス 2

 花飾りの付いた黒い帽子から覗くブロンドのウィッグが、ジュリエッタの動きに合わせて軽快に揺れる。

 大きくなびくスカートの裾のフリルは光沢が日光を反射して、とても楽しく見えた。

 いや、彼女自身も楽しいのだろう。顔の半分を仮面で隠していても、浮かべる笑顔を見ていると自然とステラも微笑んでしまう。


 吸血鬼は、日光の下にいるとコウモリの姿になってしまう。体毛も反映してしまうから、特に金髪のジュリエッタのコウモリの姿はとても珍しく、普通ではないと人目でわかってしまう。

 しかもコウモリの姿の時の吸血鬼は無力だ。狩人ハンターに見つかったら大変である。

 そんな彼女は、長い間極寒の雪山で生活していた。一年のほとんどが雲で覆われる北の地域なら、確かに吸血鬼には日光の心配はない。

 しかし、生活のしづらさはどうにもならなかったようだ。


「こうやって日中も自由に出歩けると、狩人ハンターにも怪しまれないから安全なんだよね。代わりに夜みたいな強い力は出せないんだけど。それでも普通の人間よりは身軽に動けるし」


 そう言って、優雅に一回転してみせる。首のチョーカーに着いた紫色の魔法鉱石がキラリと光った。


「ロメオさんがその魔法道具を作ってくれたんですよね」

「そうそう、ステラに埋め込んだ魔法鉱石の余りを使ってね。やっぱりあいつは天才だよ! ちょっと傲慢なのが玉にきずだけど」


 そう言うと、二人してクスクスと笑う。


「おーい! 嬢ちゃんたち、こっちこっち」


 野太い大声が、穏やかな空気に乗って響いた。ジュリエッタとステラが振り向くと、ブロスケルスが大きく手を振っている。


「テーブルと椅子も用意できたよぉ! 早くおいでおいで、お茶が冷めちゃうから!」

「はーい!」


 返事をしながら、二人は席に向かう。リビングの大きなテーブルと椅子を、力自慢の黒鉄黒鉄の戦士・ブロスケルスがそのまま外に運んだお茶会だ。広げられた白いクロスが眩しい。

 葉緑の吟遊詩人・ヴェルデリュートがカップに紅茶を注ぎ、それぞれの席に置いていく。ロメオが適当にお茶菓子を配り、お腹の膨らんできたマルテは手伝おうとするのを皆から制されていた。

 彼女の肩には栗色の毛色をしたコウモリが乗って、マルテを気遣い寄り添っている。吸血鬼のテオだ。

 ジュリエッタは彼を見た途端、小さく肩を竦めてみせた。


「ねぇテオ、あんたもロメオに作ってもらいなよ、チョーカー」

「キキッ」

「だってさぁ、赤ちゃん生まれるんでしょ? 親父も一緒に太陽の下歩けた方がいいじゃん。治癒術師の勉強だって、昼間じゃないと採集できない薬草あるって聞いたよ」

「キッ、キキ、キィー……」

「お金払えば作ってくれるって。魔法鉱石もまだたくさん余ってるし。マルテさんだってその方が安心じゃない? 吸血鬼だって怪しまれにくくなるよ」

「キッ!」

「お前ら、それで会話通じてるのかよ……」


 訝しむロメオに「もちろん」とジュリエッタが頷く。と、そこにマルテが口を挟んだ。


「そのチョーカー、本当にすごい発明ですよね……」

「まぁな、貴重な魔法鉱石を使ってるのも大きな要因だぜ。とはいっても、吸血鬼の事をこんなにしっかり研究できた事自体が過去に無かっただろうしな、出来るはずもなかったんだよ。代わりにそのチョーカーの効果は吸血鬼自身の魔力を使用してるから、かなり弱体化しちゃうんだよな。ここら辺は要改良ってところか」


 へぇ、と感心したマルテは、肩に乗ったテオをテーブルに下ろした。

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