命題16.新たな治癒術師 6

 ルヴァノスに手紙を託してから数日後。

 白月はくげつの治癒術師イヴリルと、蒼空そうくうの騎士・ブラウシルトから返事が届いた。

 早速、お昼前の小休憩に目を通す。

 まずはイヴリルの手紙からだ。分厚い封筒をペーパーナイフで開けて、中身を取り出した。



  *  *  *



 こんにちわ、ステラ。元気そうで何よりだわ。

 早速だけど、私たちのマスターが失礼な事を言ったみたいね! 本当にごめんなさい。今度そっちに行ったら、私がマスターを締め上げてやるわ!


 それから、不老不死の話を聞きたいって件だけど、治癒術師の立場からだと、あまり多くは語れないわ。

 どんなにあれこれ言ったとしても、結局最後はその人自身の選択だから、第三者の私が強制できるものではないもの。

 ただ、不老不死でも不老不死でなくても、命の重さ、尊さは変わらないと思ってる。

 どれだけの時を生きるかじゃなくて、どんな風に生きていくかが大事よ。


 ただ、それを貫くには不老不死という時間は長すぎるし、だらけやすい印象があるわね。時間が無限のように感じるから、生き方が雑になる事もあるの。

 例外として強い目的を持つ大魔術師なんかは、常に研鑽を積んでてすごいなって思うけどね。


 どちらにせよ、ステラがどういう風に生きるかを選んでも、私は応援する。

 でも、答えをすぐに出さなきゃいけないものではないのだから、どうかゆっくり考えて。

 迷ったら、またいつでもお手紙を書いてね!



  *  *  *



 イヴリルの手紙は、いつも何枚もの便箋にたくさんの事が書かれている。

 旅の途中で出会った人、街や村。その景色。

 珍しい花や、新しい治癒術、研究成果。

 今回は、道中で見つけた綺麗な黄色の花と、四葉のクローバーを押し花にした栞が同封されていた。


 封筒から取り出したそれをかざして、小さく目を細める。

 本が好きなステラは、早速次から使おうと思いながら、机の上にそっと置いた。

 イヴリルからの手紙を丁寧に封筒に戻すと、一緒に届いたもう一通に視線を滑らせる。

 こちらはブラウシルトからだ。

 彼から手紙が届く事自体、珍しい。口下手な人なのもあって、こういったやり取りが苦手なのだ。

 だから、この手紙が届いて正直驚いていた。


 封筒を手に取ると、イヴリルのものと比べて薄く軽い。青い封蝋に混ざった金箔が控え目に光る。

 ペーパーナイフで開封し、中身を取り出す。

 一枚の便箋に、丁寧できっちりとした字でこのような事が綴られていた。



  *  *  *



 一人の時に読んでください。




 俺は、大切な人とずっと一緒にいたいし、いてくれたら嬉しいと思っています。

 だから、同じ永遠の命を持つイヴリルが共にいてくれて、本当に幸せです。

 皆は色々な意見を言うだろうけれど、心の底では大切な人とずっとずっと一緒にいられる事は幸福だと思っていると思います。


 俺がアダムスの立場だったら、ステラさんに不老不死になってほしいと願う。



 こんな事を言ったって知られたら皆に怒られるので、この手紙を読み終えたらすぐに燃やしてください。

 内容についても、どうか誰にも言わないで。



  *  *  *



 読み終えたステラは、もう一度最初から目を通し、席を立った。

 真っ直ぐにキッチンへ向かい、昼食を作るアダムスの目を盗んで手紙を火にくべる。

 それは一瞬で黒く焦げて燃え尽き、彼の想いはステラの胸中に納められる以外は跡形もなく消えた。



 * * * * * *



 次の日もまた、ルヴァノスが手紙を届けにやってきた。

 数日の間隔を空けて治療院へ来る彼が、連日来るのは珍しい。なんでも、ソルフレアに急ぎの内容だからとせがまれたそうだ。

 しかも彼女だけではなく、エドアルドからの手紙もある。

 リビングテーブルに着いて午後のお茶を楽しむ彼を横目に、ステラはまずソルフレアからの手紙を開封した。



  *  *  *



 手紙をくれて、当方はとても嬉しく思う。

 ステラが悩んでいる事について、当方の見解を述べよう。だがこれは、あくまで“黄金の賢者・ソルフレア”という存在である事が前提だ。

 合成獣キメラにされたとはいえ、人間のステラの立場では理解できないこともあるだろう。

 それを頭に入れて、読んで欲しい。


 当方は知識欲が旺盛だ。なんでも研究し、調査し、世界中の本を読んで知識を溜め込む。

 この知識欲は尽きることがない。

 有限の時間の中にいれば、もっともっと時間が欲しい、時間が足りないと喘ぎ苦しむだろう。

 壊されない限り永遠の命を持つ今でもそうだ。

 無限の時が目の前に広がっていても、それ以上に知識は増えていく。

 悩ましいことだ。

 取捨選択して知識を吸収し、研究対象を絞りながら成果を出す日々だ。


 この考え方は恐らく、不老不死となった大魔術師の思考に近いと思われる。

 魔術師の組織に与する彼らの大半は、当方と同じく魔術の研究と研鑽を願い、長い長い時を手に入れている。


 一般の人間とは違う思考だ。

 当方から言える事はこれだけしかない。すまないと思う。

 不老不死の是非への討論は、大昔から続いている。そしてそれは、時世によって変化はあれど、未だ解は出ていない。


 きっと一般論的な解は、これから先も出ることはないだろう。

 解があるとすれば、それはきっとステラ自身の中にある。

 求める答えになっているか自信はないが、参考になれば幸いだ。


 エクセリシアでの仕事は忙しいが、やりがいがある。なんせ王の物分かりが良いし、治癒術やそれに関連する研究に力を入れているからな。

 研究費も多く出してくれるから、とても捗っている。

 一段落ついたら、そちらを訪問する予定だ。

 元気になったステラに会いたいからな。


 また是非とも手紙を書いてくれ。当方も書こう。



  *  *  *



 読み終わったステラがくすりと笑うと、ルヴァノスも深紅の目を細めながらお茶菓子に手を伸ばす。

 丁寧に便箋を畳んで封筒に戻すと、少女は次の封筒に手を伸ばした。

 エドアルドの手紙だ。


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