命題16.新たな治癒術師 5
ステラはしょげる事もなく、早速その晩から行動を起こした。
マルテはとても「不老不死について」を聞く事ができない状態だったが、ランプ達は違う。急ぎの案件ではないが、ざわざわと落ち着かない心は答えに近い何を求めている。誰かに聞かずにはいられなかった。
* * * * * *
まずは夕飯の後。一人晩酌を楽しむ
「えぇ!? 不老不死についてぇ?」
酒で真っ赤に染まった顔を一層真っ赤にして、ブロスケルスは驚嘆していた。心なしか、たっぷりとした白髭が膨らんだ気がする。
「儂、そういう質問向きじゃないと思うよ? ほら、儂はガサツだし、気の利いた事言えんしの。深慮でもなければ知的とも言えん。聞くなら葉緑のぼんぼんとか、黄金の
「私は、ブロスケルスさんの話も聞きたいんです」
テーブルを挟んで正面に座ったステラは、真っ直ぐにブロスケルスの顔を見た。
小さな黒い瞳がおどおどと揺れ動き、ステラの視線から逃げる。巨体を丸め、居心地悪そうに仰いだグラスに酒はない。大きな手が手酌をしようと酒瓶に伸びる前に、ステラがウィスキーボトルを取り上げた。
悲しそうに眉根を寄せるブロスケルスの視線を受けながら、ステラはゆっくりと席を立ち上がる。
「百年以上を生きるランプの皆さんの意見は役立つ、と言われました。それに私は、ブロスケルスさんの話が聞きたいのです。世界中を旅して戦いながら、色んな景色を見てきた貴方に」
そう言って、空のグラスに向かってボトルを傾ける。鮮やかな蜂蜜色の液体が、ブロスケルスの無骨な手の中で踊るように煌めいていた。
それを見つめながら、彼はふぅ、と溜息を吐く。
「まぁ、そういう事なら儂の意見を言うけどね……」
グラスに口を付けて唇を湿らせると、彼はステラに席に着くよう促してから話し始めた。
「長年旅をしてるとね、世界はどんどん変わっていくんだなぁって思うんよ。時代が移り変わるからね。人が多い場所ほど、様相も変わっていく。人がいない場所自然もそう。ずーっと変わらんものってのはない。そんな中で唯一変わらないなって思うのが、不老不死や長寿の連中たちよ」
グラスの縁を持って揺らしながら、ブロスケルスは目を細めて薄く微笑んだ。背もたれに身体を預け、たっぷりとした白髭を撫でる。
「儂らには儂らの時間の流れがある。世界の時流に置いてかれちょる、そんな気分になった時、同じ不老不死や長寿の連中に会うと、ちょっと安心するんじゃ。嬢ちゃんがそんな安心できる存在の一人になってくれたら、儂は嬉しいのぅ……。もちろん、このまま嬢ちゃんが天寿を全うするのも、素晴らしいことだと思うよ、儂はね」
とても誠実で、丁寧な答えだとステラは感じた。
空になったグラスにもう一度ウィスキーを注いで、感謝を込めて深くお辞儀をする。
ブロスケルスはくすぐったそうに照れ笑いをすると、最初よりも満足そうな顔で酒を煽った。
* * * * * *
次の日、定期的に治療院に来ている
「不老不死……また難しい話ですね」
ステラから皆に宛てた手紙の束を受け取りながら、ルヴァノスは困ったように呟いた。
彼は黙ったまま、テーブルの上に本日の納品分を並べていった。治療院の運営に必要な消耗品や備品だ。
注文した商品の数を確認しながら、ステラはルヴァノスの顔を盗み見た。しかし、
いつもの彼なら、ステラの前でこんな商人らしい振る舞いはしない。投げかけた質問が、彼にとっても難しいものだったのかもしれない、そうステラは思った。
だから、様子を探るように声をかけてみた。
「アダムスやヴェルデリュートさんが、ランプの皆にも聞いてみると良い、と言っていました。それぞれに得意分野も見てきた世界も違うから、色んな角度から意見を聞けるって」
「なるほど。そういう事でしたらお話しますよ。あくまでも私個人の意見ですけど」
ぱっと振り返るルヴァノスの表情は、先ほどとは変わらない。だが沈黙していた彼から意見を聞けるとの事で、ステラはなんとなく、駆け引きに勝ったような気分になった。
ルヴァノスは深紅の帽子を取ると、片側に流した長い金髪をいじりながら口を開いた。
「不老不死とは、人によってその価値が大きく変動するものです。財産を始めとしたあらゆる全てを差し出してでも手に入れたい人もいれば、そんなものはいらないと一蹴する人もいますね。このためだけに人を殺したり、誰かを悲しませたりもするんですから。ほら、吸血鬼たちなんかが良い例でしょう? 彼らの血液は一時的に老化を止めますし。人々の欲望を体現するものの一つ、って感じがしますね」
あぁ、とステラの鼻が小さく下を向いた。欲望を体現するもの――そう言われると、不老不死が悪しきものに感じてくる。
「正直、並の人間が背負うには重い業だと思っています。不老不死には不老不死の悩みがありますからね」
「悩みって、例えば何があるんですか?」
「そうですね……」
ルヴァノスが顎に手を当てて、赤い瞳を思慮深く細める。
「親しかった人たちがどんどん死んでいくのは、割り切っていてもそれなりに悲しいです。これからも続いていくんだな、新しく知り合えた人たちも、いつかいなくなるんだなと思うと、少し寂しいですね」
相変らず、彼の表情から感情を読むことはできなかった。でも、多くの人との繋がりを持つ商人らしい、とステラは感じた。
「あと、殺しても死なないってのが面倒くさいですね」
「え?」
驚いて聞き返すと、彼はなんでもない微笑みを少女に向けてみせた。
「なんでもありません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます