命題16.新たな治癒術師 3

「そっか。フィルルがそんな事を……」


 リビングテーブルに綺麗に薬草を並べながら、アダムスは呟いた。

 葉を使うもの、茎を使うもの、実を使うもの――精霊の森から集めてきた薬草を、いぶしたり茹でたりいたりと、処理する種類でり分けて行く。

 テーブル一面が薬草で埋まるほどの量があるので、処理の一部はステラも手伝う予定だ。

 そんな処理予定の赤い葉っぱをいじりながら、ステラは頷いた。


「あの……あまり気にしないでください。アダムスに告げ口しているわけではありません」

「うん。そうだね」

「ただ、ちゃんと話しておかないとって思ったんです。去年みたいに、話さないままでいたら、また悲しい事になっちゃうかもしれませんし」

「うん、うん……そうだね。話してくれてありがとう」


 ふぅ、と息を一つ吐くと、アダムスは薬草を種類ごとに紐で縛っていく。目線は手元に向けたまま、顔を上げようとはしない。


「……フィルルもね、ステラを困らせたかったわけじゃないと思うよ。不老不死になれる可能性を治癒術師の僕が把握するのは難しい。魔術師のフィルルだからこそ、すぐにわかった事だし、そうしたら遅かれ早かれ本人にも伝えるべきことだ。うっかり本物の不老不死になっちゃったりしたら、すごく困るからね」

「そう……ですね。想像できませんけど」

「でも、ステラより先に僕に教えてほしかったなぁ」

「きっとアダムスに言ったら反対されると思ったんじゃないですか?」

「そんなこと――」


 ないけど……と自信なさげに呟きながら、アダムスは小さく肩を落とした。


「……昔ね、フィルルがまだ不老不死――大魔術師じゃなかった頃、彼の想い人が亡くなったんだ」


 アダムスの言葉に、ステラは顔を上げて彼を凝視した。

 彼はその視線には応えず、淡々と話を続ける。手を動かすたびに白銀の髪が揺れ、内容に反してきらきらと光った。


「フィルルも僕たちも散々手を尽くしたけど助けられなかった。フィルルは大切な人を失う辛さを知ってるから、不老不死の可能性がある事をステラに話したんだと思う。僕のため、だなんて身勝手な事を言ったみたいだけど、どうか僕たちのマスターを嫌いにならないでね」

「えぇ、もちろん……」


 そう返事をして、アダムスから視線を外す。逡巡した後、恐る恐る口を開いて、


「その、詳しい事を聞――かない方がいいですよね」


 やはり弱気になって、ステラは背中を丸めた。

 そんな少女の様子にアダムスは苦笑する。彼女なりの不器用な気遣いは、しっかりとアダムスに伝わっていた。


「ごめんね。君に話すのは数年後か数十年後か……きっとまだまだ先になると思う。少なくとも、君がどう生きていくのか決めるまでの間はやめておくよ。彼女の事を参考にはしてほしくないかな。ステラは優しいから、きっと気にしちゃうと思うから」

「わかりました。でも、ずっとずっと先の未来でいいので、いつか聞きたいです。」


 鼻先を上げ、真っ直ぐにアダムスを見つめた。

 アダムスもまたステラを見つめ返しながら、穏やかに微笑む。その優しさに、ステラはほんのりと頬が熱くなるのを感じた。

 真面目な話をしている時に……バレてないだろうか……真っ白な毛で覆われているから大丈夫かな。実をつけた枝の束をまとめながら、真剣な表情を維持したまま思考を巡らせていると、アダムスがふっと視線を外す。


「よし! 仕分け終わり!」


 パン! と手を合わせる音に驚いて、ステラは思わず肩を揺らした。


「それで、ステラは他のランプ達の話も聞いてみたいんだね?」

「あっ、はい! そうです」


 取り落としそうになった薬草を握りしめながら、ステラはこくこくと頷いてみせた。


「ヴェルデリュートさんが、色んな立場や価値観から意見を聞けるはずだって言ってました。今日の午後にお手紙を書くつもりです」

「そっか。それならエドアルドにも聞いてみるといいよ!」

「えっ?」


 エドアルドさんに? と聞き返すと、アダムスは誇らしげに胸を張って見せた。

 心なしか――いや、見るからに頬を緩ませた表情で、


「えへへ~。実はね、僕が十年も眠ってる間にエドアルドの実力が認められて、三人目の治癒の大魔術師候補になってたんだって!」

「えっ!? 治癒術師って、大魔術師になれるんですか?」


 ステラが驚いて立ち上がると、アダムスは一層胸を逸らした。もう天井を仰ぐ勢いである。


「ふふん。ステラにも魔術の基礎くらいはお勉強してもらわないとね! 治癒術も魔力を使用する技術だから、広義で言う魔術に当たるんだ。水を飲料用として使用するか、掃除するために使用するか、の違いみたいな感じかな? 元は同じだけど、使い方が全然違うから、違う分野として扱われてるんだ。

「へぇ……」

「それでエドアルドは治癒術師として一流だったから、世界中に規模を広げてる治癒術師ギルドの幹部候補として声をかけられたってわけ! ま、断ったみたいだけどね」

「断っちゃったんですか!?」


 続けざまに大声を上げるステラ。アダムスは両手を上げてまぁまぁと少女を宥めすかしつつ、席を立って薬草の束を運び始めた。

 ステラもまとめた薬草たちを両手いっぱいに持って、少年の後に続く。


「断っちゃったんだよね~」


 リビングのすぐ隣から伸びる螺旋階段を昇りながら、上機嫌にアダムスは言った。


「まぁ、何度も言うように不老不死って望んで簡単になれるものじゃない。永遠に耐えられるほどの強い願いがないとまずなれないわけで、不老不死になれないって事は大魔術師にもなれない」

「世界中に点在するって事は、えぇっと、すごく規模が大きいギルドなんですよね? なんでまた……その、エクセリシア帝国よりも大きいんじゃ……」

「エドアルドは地位や名誉には興味がないんだよ。見知らぬ誰かと永遠を生きるより、愛する家族と共に生きて死ぬ方がいいってさ」

「家族と……」


 すぅっとステラの鼻先が下がる。決して気持ちが沈んだわけではないのだが、ここ最近、何故か家族の話になると下がってしまうのだ。

 薬草を保管する部屋に入り、所定の場所にそれぞれを置いていく。薄暗い部屋の中、アダムスは少女の様子をチラリと覗きながら、あえて陽気に話を続けた。


「師匠としては、弟子の実力をそこまで認められてたなんて聞いたらこんなに嬉しいことはない! って感じだよ。まぁ、それはともかく、ランプ達以外の人間にも話を聞いてみるといいよって話。ステラからの手紙なら、エドアルドも飛び跳ねて喜ぶし」


 くるりと振り返ると、アダムスはにっこりと笑った。

 そんな少年の無邪気な姿に、ステラの口角が優しく上がる。眦が下がり、ふわふわの白い毛並みが一層ふんわりと膨らんだ。


「そうですね。是非そうしてみます」

「う、うん……是非そうしてください……」


 頬を少し赤らめながら、アダムスは視線を外した。

 ステラが片付け終わるのを待つ間、光が差す窓の方を眺めながら手をもじもじとさせている。

 やっと薬草を片付けたと思って少女が振り返った。真っ直ぐに入り込んだ陽光で小さな埃がチラチラと煌めきながら、真っ白なアダムスの周囲を舞っている。

 不思議と幻想的な光景に、少女は目を奪われた。

 ふと、それに気付いたアダムスがこちらを見た。


「あっ……」

「お、お待たせしてすみません……」

「ううん、いいんだよ、大丈夫。やる事多くてごめんね!」

「いいえ! 私は居候の身ですし、治療費も支払えてませんから、これくらいの事…!」


 お互いに慌てた様子で言葉を交わすが、すぐに変な沈黙が部屋中を満たした。

 二人とも目を泳がせ、次の言葉を探り続ける。

 先に言葉を見つけたのは、アダムスの方だった。


「そ、そういえば! 不老不死の人間ってもう一人いたよね!」

「えっ!? あ、はい……はい?」

「マルテだよ。マ、ル、テ! 彼女にも話を聞いてみたらどうかな? もうすぐお昼時だし、昼食を持っていく時にでも!」


 あぁ、とステラは手を叩いた。確かに、吸血鬼のテオの涙によってマルテは不老不死になった。同じ女性で外見の年齢も近いから、良い意見が聞けるかもしれない。


「良い考えです。それでは早速、昼食の準備をしましょう!」

「うん! 今日はね、ブロスケルスが買い出しで見つけてきたすっごく良いお肉を使ったステーキだよ!」

「お昼からですか?」

「ランチだろうとディナーだろうと、ご馳走はご馳走だよ! 妊娠中のマルテも怪我してるテオも、しっかり精をつけないとね」


 そう笑い合いながら、二人はキッチンへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る