命題15.黒鉄の戦士 ブロスケルス 2

「それでな、砂漠をうろうろしてたら白日の坊主から連絡があって、すぐに来いっちゅーからめちゃくちゃに走ってきたんじゃよ! ここは森がないと入れないからの、森を探すのに苦労したわ!」

「ハァ……」


 ガハガハと笑いながら、よく響く大声で話すブロスケルスに、ステラは生返事を漏らす。

 熊のような大きな身体の印象そのままに豪快な性格の彼は、ステラと治療院への道を辿りながら、ほとんど一方的なお喋りに夢中だった。

 あれやこれやとステラに話しかけながら、笑顔を絶やさない。

 ステラはそんな彼の様子を観察した。

 ブロスケルスが纏う漆黒の甲冑は、ブラウシルトの白銀の鎧と違って厳つくてどことなく攻撃的な意匠の施された、迫力のあるものだった。ブラウシルトが流麗ならば、彼は剛健といった所だろう。

 彼が背負った武器も同じだ。鞘に納められた幅広の大剣は地面に突き立てれば、ステラの胸辺りまでの高さになるだろう。武器や戦いといったものに詳しくないステラでも、一振りするだけで人を大怪我させてしまうのが容易に想像できる代物だ。


「なんじゃい? じろじろ見おって~」

「スミマセン。甲冑ヤ剣ガ珍シカッタノデ……」

「そうかそうか! 蒼空のあんちゃんとも会ったって聞いとったが、あいつの甲冑も武器もこんなにカッコよくないからね! いいぞいいぞ、好きなだけ見惚れんしゃい! こんなおじじでも若いに注目されると嬉しいのぅ。ま、儂は生まれた時からおじじだったんだけどね!これでも白日の坊主たちと同い年よ? ガハハハ!」


 にっかりと笑って、ステラの背中を叩く。衝撃に前のめりになりながら、ステラは歩を進めた。

 彼は、アダムス達と同じ魔法生物ランプだ。とても元気で明るくて、それは魅力的な部分だ。しかし、昨晩の出来事からここに至るまでの緊張と心労により、とても一緒に笑える気にはなれなかった。


 間もなく巨大樹の根本、治療院前の広場まで二人は辿り着いた。

 そこに広がる光景に、延々とお喋りをしていたブロスケルスの声が途切れる。

 森が開け、陽光が注ぐ緑一杯の芝生の上に、鎖でできた球体が浮かんでいた。紫色に発光したそれの中には、青白く光る死霊の戦士が俯いて座っている。鎖が至る方向に伸び、木や地面に括りついて球体を宙空に維持している様は、まるで牢獄のようにも見えた。

 精霊の森には似つかわしくない、あまりにも異様な光景だ。驚いて言葉を失ったのかと、ステラはブロスケルスを見上げた。

 彼の表情を見て、思わず金色の瞳を丸くする。

 ブロスケルスは、遠い遠い故郷を見るような、寂しく悲しい目で鎖の球体を――死霊の戦士を見つめていた。

 地面に突き刺さった鎖の一つに近づき、そっと触れる。死霊の戦士を見上げながら、ブロスケルスはふっと小さく息を吐いた。


「そうか……死んでおったか」


 先ほどまでの豪快な姿からは想像できないほど、か細く弱々しい呟きだった。

 暫くの間、彼は死霊の戦士を見つめていた。

 ステラはその時間の邪魔をできなかった。

 声も出さず、身じろぎもせず、彼を待った。

 ふと、ブロスケルスが大きな溜息を吐いた後、ステラに振り返る。


「さ、色々と話もあるじゃろうし、中に入ろうかの!」


 にかっと笑って、球体の下を進んでいく。

 笑ってはいるが、彼の笑顔からは、先ほどまでの覇気が消え去っていた。



 * * * * * *



「ステラさん、聖水を持ってきてくれてありがとうございます。遅かったな、ブロスケルス」


 診察室の入り口で血で汚れた薄青色の施術しじゅつ服を着たブラウシルトが、二人を出迎えた。

 心なしかブロスケルスへの態度がキツイ。それは勘違いではなかったらしく、


「十分早かったじゃろ! 儂、砂漠にいたんだよ!? ずっとここまで走ってきたんよ!? めちゃくちゃ頑張ったもんね!」

「どちらにしろ、フィルルさんが目覚めないことには話が進みません。待機しててください」

「おチビ、大丈夫かの?」

「心臓は止まってますが、アダムスさんとイヴリルさんが尽力しています。」


 厳つい眉尻も目尻も下げて、ブロスケルスが背中を縮こまらせる。

 ステラもブラウシルトのすき間から奥を覗き見た。双子の治癒術師が、血塗れのフィルルの身体に手をかざしている所だった。お腹を切り開いて、内臓に直接治癒術をかけている。白く発光する光がとても優しい。


「空に打ち上げられてツリーハウスに落ちたみたいです。ステラさんも派手な音を聞いたでのではないでしょうか? 受け身が不完全だったので、大怪我になってしまいました。不老不死なのが幸いしましたね」

「あ、あとどのくらいかかるんかの?」

「夕方前には一段落つく予定です。夜には意識が戻るかと……。ステラさんは少し休んでくださいとアダムスさんが言ってました。昨日からずっと起きててお疲れでしょう?」

「ア……デモ……」


 ステラが返事をする前に、「わかった」と言ってブロスケルスは扉を閉めた。

 丸めた背中がひどく痛ましい。

 心配そうに見つめるステラに気付き、ブロスケルスは少し困ったように笑って見せた。無理矢理作っているのが伝わってきて、ステラはつい眉根を寄せてしまう。


「おチビと初めて会ったのは、おチビが七歳の頃じゃったからな。そん時は年齢よりも小柄で小さくて可愛くて……それでずっとおチビって呼んどるんじゃよ。えぇとそれで、こっちの部屋があの戦士にやられた子たちがいるんじゃっけ?」


 頭を掻きながら、ブロスケルスが遮光部屋のノブに手をかける。

 光を遮るための黒いカーテンを捲った所で、ブロスケルスが息を呑んだ気配がした。

 何かあったのかと、立ちすくむ彼を避けステラも中へ滑り込む。

 部屋の中は、特段変わったところは無かった。相変らず眠り続けるテオとマルテ。小さな声で歌を歌い続けるヴェルデリュート。出かける前と何も変わらない。遮光部屋の黒いカーテンを握ったまま、ほっと胸を撫でおろした。

 だが、ブロスケルスの黒い瞳はマルテに釘付けになっていた。


「ブロスケルス、彼女に何か?」

「……あ? あぁ、いや。久しぶりだなぁ葉緑の! ずっと姿をくらましてたから心配しとったのよ?」

「うん。ごめんね。彼女の事、何か知ってるの? あの死霊の戦士は、彼女を狙ってたそうなんだよ」

「あぁ、その……そうだ。そうだな。知っちょる。狙われる……というか、追いかけたんじゃろうな。あいつのかみさんと同じ、赤毛の娘っこじゃもん」


 目を伏せ、言い聞かせるように言葉を漏らした。

 暫くの沈黙。その静寂をヴェルデリュートは邪魔をしなかった。歌うのをやめ、彼の胸中に寄り添うように黙っている。

 窓の外から聞こえる鳥の声が、とても遠くに思えた。

 数分の後、彼は顔を上げてステラを振り返る。


「嬢ちゃん、休まなきゃいけないもんね。儂も走りっぱなしで疲れちまってるんじゃ。どうじゃろ? 一緒にお茶しながら、しがないおじじの昔話にでも付き合ってくれんか?」


 情けないと笑いながら、ブロスケルスは笑う。

 ステラは静かに頷いて、彼をリビングへと促した。

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