命題12.白日の治癒術師 アダムス 5
アダムスが目を閉じ、大きく深呼吸をする。
それに
ステラが小さく頷くと、少年はぽつぽつと語りだした。
「昨日、ステラに『生きててよかった?』って聞いたのはね、僕が……うん、そうだね。僕は、死霊たちの言ってた通り、自分が役立たずじゃない、誰かを助けられるって証明したかったんだ」
アダムスの言葉に、ステラの鼻先がほんの少しだけ下がる。
「ヘリオス王国で打ちのめされて、十年の眠りから覚めても、僕の心はボロボロのままだった。
アダムスの瞳が揺れ、涙が白銀色を一層輝かせる。
「でも、君を見た時、僕はそういう考えを思い浮かべるより先に身体が動いた。傷付いた子がいるなら助けなきゃって、
俯いて涙を
「僕たち治癒術師は、患者自身に生きようとする意志がなければ、どうやっても助けることができない。君が今生きているという事は、君が生きたいと願った証なんだ。僕が役に立つと証明する以上に、これは確かな事なんだよ。それでも君がこれからも生きる事に迷うなら……死霊たちの存在が、君が生きない事の理由になってしまうなら、僕とこの人外専門治療院を、君が生きる理由にしてほしい」
一度言葉を切るアダムスの姿に、ステラは身を乗り出して言葉を待った。瞬きするたびに、雫が飛び散る。それを拭うのも忘れるほどに、少年の一語一句も効き漏らしはしまいと耳をピンと立て、集中した。
ステラは、生きる理由が欲しい。
自分は今、他の誰よりも、自分を助けてくれたアダムスに言って欲しい。
「……この治療院には、君が必要なんだ。ステラがいなかったら、この治療院がこんなに賑やかに、誰かが集まる場所にはならなかったよ」
そう言って顔を上げ、リビングにいる面々をぐるりと見渡す。
「ステラと初めて散歩に行ったときに見つけた旅人の遺体は、きっと僕一人で見つけてたらすごく苦しんでたと思う。あぁ、また助けられなかったんだなって、必要以上に自分を責めていたよ。吸血鬼のテオとマルテが来た時、テオはここで大きな変化をしていったみたいだったね。吸血鬼の未来のために、ルヴァノスと協力して行動するような何か。それはきっと、ステラとの間に何かあったからだと思ってる。僕は気の強い彼とは折り合いが悪かったから、きっとそんな良い変化を生み出す事はできなかった。吸血鬼たちは未だに苦しみ続けたままで、エインズワースがここに来る事も、ジュリエッタだってここにはいなかったと思うよ」
ロメオの足元でうずくまるジュリエッタに、皆の視線が集まる。彼女は戸惑い、帽子のつばを引いて赤くなった顔を隠した。
「カーバンクルの群れだって、ステラの手伝いも無しに僕一人で治療をしてたら、助けられない子たちが増えてたと思う。ロメオだってステラの治療のために協力を要請したんだ。それが無かったら、彼も未だにルヴァノスの館に
鬱陶しげにロメオが顔を背け、口を引く結んでイヴリルが俯き、落ち着きなく手指を動かす。
アダムスは一度、袖で涙を拭って顔を上げた。満面の笑みで、ステラに告げる。
「何より、ステラがいなかったらこの人外専門治療院は存在すらしてなかったよ! 精霊たちに、泉の呪いと森の管理を頼まれてはいたけど、本当は僕、すごく迷ってて……断るつもりだったんだ。でも、ステラに出会った。君を助けるためには、精霊の森が一番だと思ったんだ! 条件を呑む代わりに、巨大樹にわがまま言ってこの治療院を用意してもらった。君の存在が、僕の再出発の背中を押してくれたんだ」
ふぅ、と息を吐き、アダムスは姿勢を正した。もう一度、正面からステラを見つめる。
そして、手を差し出して言った。
「この治療院には、君が必要だ。だから、僕と一緒にここで生きてください」
ステラの鼻先が湿り、引き結ばれた口から嗚咽が漏れた。あまりの嬉しさに上体を倒して胸を抑えると、深緑色のローブに皺ができる。
こんな姿になって、言葉も出せなくなって、治療も大変で不便だって多い。そんな存在になったのに、患者ではなく一人の命ある者として、生きる事を願われる事が、どんなに嬉しいか。
言葉にしたくても、今の喉では発声ができない。
震える手では文字を書けそうにない。
ならば、とステラは手を伸ばした。
アダムスの目が大きく見開かれる。
少年の白い手の上に、
「ステラぁ……」
湿った声を漏らすアダムスに構わず、手をゆっくりと引いて身体を抱き寄せる。
少年を胸に抱いて首元に鼻先を埋めると、彼も腕を回し、ぎゅっと抱きしめ返した。
「ガウゥ……」
「うん、ありがとうステラ」
ぽんぽんと背を叩かれ、ステラはそっと力を緩める。胸の中から身体を起こしたアダムスが赤く腫れた目でにっこりと笑い、同じく腫れぼったい目のステラの頭を撫でる。
「心の準備はいいね?」
ステラが頷くと、アダムスは周囲をぐるりと見渡し、
「すぐに
「お任せください!」
エドアルドの声に続き、全員が席を立った。誰もが、先ほどの陰鬱な空気が嘘のように、晴れやかな表情を浮かべていた。
皆が何も言わず、ステラの肩や背中を叩き、頭を撫でて足早に移動していく。
そんな中、アダムスは裏口から出て行く二人に声をかける。
「ルヴァノス、ブラウシルト。死霊たちの事、任せて大丈夫だよね?」
「もちろんですよ、あんなのに負けるとお思いですか?」
「俺たちが、奴らを一歩も通しません。安心して
「ありがとう、武運を祈るよ」
二人は不敵に笑い、治療院を後にした。窓を通して、アダムスとステラがその背中を見送る。
テーブルの横では、まだロメオとジュリエッタが話をしている。
「ねぇ、ここ危険なんでしょ。ロメオは大丈夫?」
「さぁ、大丈夫なんじゃねぇの? お前こそ不安なら、森から出て避難しとけよ。どうせ
「えぇ……うーん、ロメオが残るなら、アタシも残るけど……。あ、アダムス先生、アタシにも何かやる事ある?」
急に話を振られたアダムスが肩を
「え、うん、あると思うよ。力のある子がいてくれると、
「ちょっと! 女の子に向かって怪力ってひどくない? どっちにしろお邪魔させてもらうからね!」
先に行くロメオを追いながら、ジュリエッタが言い捨てていった。
とうとうリビングには、アダムスとステラの二人だけになった。
「ねぇステラ」
見下ろすと、アダムスが拳を握って言った。
「僕たちが、必ず君を助けるよ。だから、一緒に頑張ろう!」
力強い言葉に、ステラも大きく頷いた。
そして彼の手を握り、診察室へと足を運んだ。
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