命題12.白日の治癒術師 アダムス  4

「――――てら、起きて。ステラ!」


 身体を揺すられる感覚と、鋭い声で目が覚めた。清々しいほどにはっきりとした覚醒だ。

 同時に、白銀の瞳が視界に飛び込んでくる。アダムスがこちらを覗き込んでいた。険しさを浮かべた表情に釣られて、ステラの眉間にも皺が寄る。

 上体を起こし、シーツの温もりから離れる。窓の外を見やると、薄っすらと鈍い明るさを映し出していた。曇っているようだが、真冬という事を考えるとそれなりの時間だと思う。

 寝坊しただろうか、こんな大事な日に。アダムスの様子を伺うと、申し訳なさそうに眉尻を下げ、ステラの着替えのローブを差し出した。


「ごめん、叩き起こしちゃって。みんな集まってる、早く行こう」


 ピリリとした空気が茶色の毛を逆立てる。

 ステラはローブを受け取って着替えると、足早に部屋を出た。



 * * * * * *



 リビングには、エドアルド、ルヴァノス、ソルフレア、イヴリル、ブラウシルト、ロメオ、そして元の姿になって、しゃがんでロメオの影に隠れるジュリエッタの姿があった。

 ルヴァノスとブラウシルトは外を警戒して、立ったまま壁に寄りかかっている。

 皆の顔が、窓から覗く空模様のように暗くかげっていた。

 そんな中、帽子と花飾りで顔半分を隠したジュリエッタが片手を上げて、場にそぐわないほど明るい声を上げた。


「あっ、ステラじゃん。この姿で会うのは久しぶりだね、アタシの事覚えてる? ジュリエッタ。良い朝とは言えないけど、おはよ――ぅ……」


 が、あまりの静けさと空気の重さに負けて、その声は尻すぼみとなっていく。

 彼女の紫色の瞳が気まずそうに泳ぐ。結局そろそろと手を下げ、ロメオの脚にしがみついて黙り込んだ。

 アダムスが席に着き、ステラも隣に座る。誰も何も言わず、俯いている。

 今まで色んな問題が起きたが、こんなに沈んだ空気になったことはあっただろうか?

 原因もわからない居心地の悪さに、ステラは落ち着きなく周囲を伺った。

 暫くしてからソルフレアが重いため息を吐いた後、口を開いた。


「巨大樹が教えてくれた。死霊たちが、こちらに向かっている」


 彼女の発言を受け、各々の表情に険が宿る。


「それって、いつもみたいにちょろちょろっと子供の死霊が来てるんじゃなくて?」


 アダムスの問いに、ソルフレアは首を振った。


「本体が、泉からこちらへという意味だ」


 ステラの全身の毛が逆立った。

 昨日のように、こちらを見ているだけの死霊ではない。

 足枷を外す施術しじゅつの直前に出会った、あの巨大な蛇のようにうねる、黒い塊となった死霊たちが近づいてきているのだ。

 足先の蹄からぞわりと悪寒が昇り、喉元を締め上げる。またアダムス達が傷付けられるかもしれないと思うと、胸が苦しくなった。

 ルヴァノスが固い声で問いかける。


「こちらへ向かっている目的は、ステラさん、ですか?」

「そう、だろうな……。殺して仲間にしようとしているんだ、ステラを。同じ森にいる以上、施術しじゅつの事も知っているんだろう。だからこそ、今この施術しじゅつ直前に動いた」


 答えると同時に、ソルフレアの口から舌打ちが漏れる。金色の髪をかき上げ頭を抱えると、テーブルに向かって次々と言葉を吐き出していった。


「すぐにでも施術しじゅつしないとステラの身体がもたない。だが、死霊を放置するわけにもいかない……。精霊は、この精霊の森は、世界中のマナの大半を生み出している場所だ。だが死霊――奴らはマナを乱す存在。だからこの森の精霊たちは、力を付けた奴らに圧されて弱り、姿を見せなくなった。そしてこの巨大樹は、精霊の森の中心と言える存在。この巨大樹が攻撃されたら、最悪の場合森が滅ぶ。世界中のマナの均衡が崩れる。そんな事になれば各地で天災が怒り、人心が乱れる。世界中が戦が止まない西の大陸のように、犯罪と戦争で世界中が埋め尽くされてしまう――……」


 ソルフレアの見解に一同は気圧けおされ、不安げにお互いの顔色を伺った。

 そんな中、恐る恐るエドアルドが口を開いた。


「で、ですが……だからと言って、ステラさんの施術しじゅつを取りやめるわけには、いきませんよね? もう時間が無いわけですし、すぐにでも始めるべきでは……」

「でもよ、話を聞く限り、死霊たちの対策も練らないといけないんだよな?」


 ロメオの言葉に、エドアルドが口をつむぐ。


「いや、俺だって、施術しじゅつを反対してるわけじゃねぇよ。でも、ほら……ヤバイんだろ?」


 身振り手振りで訴えるロメオを見て、ルヴァノスとブラウシルトが顔を見合わせ、頷き合った。

 二人は笑みを浮かべると、胸を叩いて宣言する。


「死霊たちの事なら、私たちにお任せください」

施術しじゅつみたいな繊細な事は不得手ですが、荒事あらごとは俺たちの専門ですからね。大丈夫、ちゃんと防ぎきって泉に追い返してやりますよ。騎士の本領発揮です」


 二人の明るい声に反して、ソルフレアの表情は暗い。「そうだな」と呟いて、テーブルに目線を落とした。

 その様子を見て、ステラは思わず首を横に振った。筆談用のボードに文字を書き、みんなに掲げて見せる。


『本当に、二人だけで防げるんでしょうか?』

「おや、私たちの事を信頼してくれないのですか? 確かに私は商人をやっていますが、元々はこういった類の仕事が得意なんですよ」


 肩を竦めてみせるルヴァノスに、ステラは尚も言いつのった。


『死霊の力は、魔法道具ランプの皆さんにとって弱点であり、驚異のはずです』

「確かにそうですが、だからと言って負けるわけじゃないですよ」

『でも、ヘリオス王国では脱出するのが精一杯だったと聞いています』

「それは…………アダムスさんを回収するのが目的でしたから」

『泉の死霊たちは、とても巨大で強力です。ソルフレアさんも傷付き苦しんでいました』

「彼女は戦闘向きではありませんし」

『お二人でどうにかなる問題であれば、皆がこんなに暗い顔をしているはずがありません。本当は無茶なのでしょう?』

「ステラさん……」

『だって、本当に大丈夫なら、実際に死霊と接触したソルフレアさんがそう断言しているはずです。今度はルヴァノスさんとブラウシルトさんが破壊されてしまうかもしれません』

「ステラさん!」


 ルヴァノスの鋭い声が、文字を綴るステラの手を止めた。深紅の瞳が、責めるようにステラを睨む。

 気まずい沈黙が降りる。だが、ステラは考えるのを止めなかった。

 昨晩見た死霊を思い出す。にたりと笑みを向ける、灰色の子供の姿。

 もしかしたら、私は彼らに引っ張られているのかもしれない。春先に、意識がはっきりしないまま北の泉に向かってしまったように。

 それでも、言わずにはいられなかった。


『私が死霊たちの元へ行けば、皆とこの森は助かりますか?』


 テーブルにボードを置いて見せた瞬間、空気が凍り付くのを感じた。


「――ステラさん! 貴方と言う人は!」


 エドアルドの怒声が部屋中に響いた。初老の治癒術師が派手な音を立てて席を立ち、ステラの側まで歩み寄る。茶色く鋭い目を吊り上がらせステラの肩を掴むと、乱暴に自分の方へ振り向かせた。


「自分が今、何を言ったかわかっているのですか!? し――死ぬと言ったのですよ!」

『わかっています』

「いいえ、わかっていません。わかってなどいませんとも! ご自分を犠牲にして、私たちや精霊の森を助けようだなんて……そんな事をして、私たちが喜ぶとでも思っているんですか!」

『でも、そうしないと皆が傷付きます』

「そんな事――。泣くくらいなら、なんでそんな事を言うんですか……」


 エドアルドが、金色の瞳から溢れた雫を指で拭う。それでも涙は止まらず、ステラは鼻をすすりながら、また文字を書いた。


『私は、私のために皆さんや精霊たち……誰かが犠牲になるのは嫌です。それに私は――』


 もう一度、昨晩の事を思い出す。あの時、自分の中に浮かんだ言葉を、皆に伝えた。


『私は、皆さんに向けて“生きたい”と、“助けて”と言った覚えはありません』


 これ以上ないほどの拒絶に、エドアルドの手がステラの顔から力なく落ちる。「ステラさん……」と呟かれた言葉は部屋の空気に溶けて、一歩、二歩と少女から距離を置いた。


『私は、本当はあの時、あの地下の檻で死ぬはずだったんです。でも、助けてもらいました。色んな方の力を借りて、少しだけ、寿命を延ばして頂きました。今まで、本当に楽しくて、夢のような時間でした。最期に良い思い出を作らせて頂きました』


 熱を持ったステラの目から、大粒の涙がボードに染みを作った。


『もう、十分です』


 全員が、そのボードの文字を見つめていた。

 顔面を蒼白にしたエドアルドが、狼狽うろたえながら誰に向けるでもなく問いかける。


「これは……そう! 死霊たちの影響ですよね? ほら、ステラさんは私と出会った時、死霊たちの声に呼ばれて北の泉に駆け出していったじゃないですか。先生と一緒に森中を探して走り回ったんですよ? あの時と一緒です、きっと死霊たちにまた呼ばれてるだけです。ちょっと引っ張られて、少し後ろ向きな考えになってるだけで――」

「当方は……」


 エドアルドの言葉を遮るように、ソルフレアがか細い声を漏らした。


「当方は、ステラに文字を教えた。考えを知れるように、対話ができるように」

「そ、そうですよ! ソルフレアさんだって、ステラさんをたくさん助けてくれました!」

「当方は、ステラに“助けて”と言われた事がない」

「なっ――」

「珍しい合成獣キメラの身体を診て、苦痛の伴う施術しじゅつを続けてきただけだ……」


 エドアルドの視線が彷徨さまよい、次はすがるようにイヴリルに向けられる。


「い、イヴリルさんは、ステラさんと仲良くなったと聞いていますよ。貴方も一連の治療に尽力してくださって……」

「私も、ステラに“助けて”って言われた事、無いわ」

「…………」

「助けてほしいに決まってるって、思い込んでたのかもしれない。ステラの考えてる事、私が寄り添って受け止めて、何でも言ってねって言ったのに。私、できてなかったのかも。ステラの良き理解者には、なれてなかったのかな……」

「いえ、そんな……それは――……」


 エドアルドの視線が、壁に寄りかかる二人に走る。

 しかし、ブラウシルトはそれから逃げるように顔を背けた。


「俺は、失言が多いので……」

「る、ルヴァノスさん――」

「私の本職を知っていて、それを聞きますか?」


 腕を組み、自嘲して見せる。

 エドアルドはそれでも誰かに声をかけようとして、結局諦めたように肩を落とし、のろのろと席に戻り、腰を落とした。

 彼の姿を見ていたロメオが、キツい声音をステラにぶつける。


「お前、本当にそれでいいのかよ」


 背中から生えた鷲の両翼を動かし、黄色い瞳を細める。


「恩返しはどうするんだよ」

『もっとちゃんとしたかったけど、皆が助かるなら、それで少しは返せるかもしれません』

「……あぁ、そーかよ」


 投げやりに言い放つと、ふんと鼻を鳴らしそっぽを向く。

 そんな二人の様子を交互に見て、ジュリエッタが不安げな表情を浮かべた。


 これで決まりだ。私が死霊たちの元に行ってこの命を終わらせれば、みんな助かる。

 大好きなアダムスも、エドアルドもルヴァノスもイヴリルもソルフレアも、ブラウシルトもロメオもジュリエッタも、治療院を必要としている吸血鬼やこれから訪れるであろうまだ見ぬ患者たちも、精霊たちも巨大樹も、この精霊の森も、助かる。

 もう十分、夢を見せてもらった。故郷にいたら、絶対に経験できなかった事をして、出会えなかった者たちと出会えた。文字を教えてもらって、色んな本を読んだ。治療院に飾った絵を通して、世界中の景色を見た。

 もう十分。十分なんだ。

 だって私は、あの時死んでるはずだったんだから――。


 心は決まった。死霊たちの元へ行こう。

 ボードを置いて、席を立つ。そんなステラの姿に、誰も目を向けない。

 しかし、振り返り一歩踏み出した所で、ローブの袖を掴まれた。

 思わず振り返り、ステラは目を見開いた。

 アダムスが、穏やかな微笑みでステラを見上げていた。


「待って、ステラ。もうちょっとだけ、待ってて」


 そう言って、優しく袖を引っ張る。その力は強くないはずなのに、自然とステラは椅子に腰を下ろしてしまった。

 アダムスは大きく深呼吸をしてから、そこにいる全員の顔を見渡した。

 そして、凪いだように静かで暖かな口調で、話し始めた。


「確かに皆、死霊たちの影響でちょっと後ろ向きになってるかもしれない。だから、一旦落ち着こう」


 一度言葉を区切ってから、まずはエドアルドを見つめた。

 普段の鋭い眼差しから光を失い、力なく項垂うなだれれる彼に声をかける。


「エドアルド」

「……はい、先生」

「エドアルドが初めてこの治療院に来て、帰っていく時、こう言ったよね。“人生は旅のようなもの。あなた方の道行きが、どうか幸福に満ちたものでありますように”。なんでそう願ってくれたのかな?」


 エドアルドは顔を上げ、瞳を見開いた。


「私は――」

「私は?」

「……私はあの数日間、無力感と衝撃、そして改めて、治癒術師としての在り方を問われました。問われたように、思いました。そして、治癒術師の私がどんなに頑張っても、最後の最後、どんな結末を迎えるかは、本人たち次第なのだと痛感しました。他者である私には、できる事は限られている。でも同時に、ステラさんは強い子だと思いました。年頃の少女が合成獣キメラにされ、苦痛に喘ぎ、それでもこの試練を、彼女なら乗り越えると思ったのです。ステラさんと先生とのやり取りで、それだけの確信を得たのです。だから、祈りました」


 茶色く鋭い眼差しに、エクセリシア最高の治癒術師の瞳に光が宿る。


「貴方が生きたいと思っている。そう感じたから、貴方の未来の幸福を祈りました」


 エドアルドに正面から見つめられ、ステラの息が詰まった。先ほどまでとは違う涙が、瞳に溜まっていく。

 アダムスの目が満足そうに細められ、次はソルフレアへと向けられる。


「ソルフレアは、なんでステラにこんなに構うんだろうね?」

「どういう意味だ、白日はくじつの治癒術師」


 恨めしそうな黄金の瞳が、アダムスを睥睨へいげいする。


「だってソルフレアって、いっつも一人で研究ばっかりやってたじゃない。その証拠に、長い間ルヴァノスの館に引きこもってたでしょ? しかも、ロメオの工房みたいな騒がしいのも嫌いだって館でも遠ざけてた。君はどちらかっていうと、自己中心的な性格じゃない?」

「言いたい放題だな……」

「教師として動く事もあるけど、それって生徒にやる気がある場合だよね。やる気がない子に教える気はないでしょ」

「当然だ。余計なお世話を焼くほど、当方は暇じゃない」

「自己中心的で余計なお世話を焼きたがらないけど、ステラのためにたくさん動いてくれた。それってつまり、ステラの事が好きで、ステラはやる気があって、ソルフレアのやってる事は余計なお世話じゃなかったって事だね」


 ソルフレアの口が、強く引き結ばれる。


「文字を学ぶ気があったってだけじゃないよ? 施術しじゅつを受けるのにも前向きだったんだ。つまり、ステラには助かろうとする気があった。そうじゃなかったら、ソルフレアはあんなに頑張らないよ。徹夜して隈を作って、ステラにのし掛かる施術しじゅつの苦痛が取り除けない事を、一番苦しみ続けたりしない」

「…………そうだな」

「ステラの助かりたいって気持ちを、ソルフレアは受け取ってたと思うよ。それは、ソルフレア自身の行動が示している」

「あぁ、そうだ」


 手を両目を覆い、ソルフレアは俯く。しかし、口元には微笑が浮かんでいた。


「イヴリル!」

「な、何よ……!」


 アダムスは双子の妹を見て、腕を組んでふふんと胸をそらした。


「イヴリルは、治癒術師だよね?」

「何当たり前の事言ってんのよ。喧嘩売ってるの?」

「いいや。僕たち治癒術師ってさ、どんなに頑張っても頑張っても、患者に生きる気が無いと助けられないじゃない?」

「そうね。病は気から、とは上手く言ったものだわ。患者自身に生きる気力がないと、こっちがどんなに手を尽くしてもその患者は助けられない。でも、どんなに絶望的な状況でも、患者本人が諦めなければ、助けられる事だってある。それは、この百年以上で何度も見て来たわ」


 うんうん、とアダムスは頷いた。


「そうだよね、そして僕たち治癒術師は、それを見極められる」

「当然よ。何人も見てきたもの。助かりたくない――死を望む患者には、私たちもそれ相応の対処しかできないわ。…最終的な生き死には本人にかかってる。私たちは、その意思を最大限尊重する事しかできないわ」

「じゃあ、ステラはどうだった?」


 あ、とイヴリルは声を漏らした。


「十年間眠り続けた僕より、イヴリルの方が経験豊富でしょ? どうかな、ステラは死を望み続けてた? それとも――」

「いいえ。助かりたいと思わなければ、あんな施術しじゅつには耐えられるはずがないわ」

「そうだよね」


 にっこりと笑い、アダムスは残りの面々を見やった。


「ルヴァノスは身内には優しいけど、その反面、商人らしい損得勘定も持ち合わせている。それに、彼の本来の役割を考えると……むしろ、ステラに生きる気がなかったら、彼は早々に見切りをつけてただろうね。そういうの敏感でしょ?」

「まぁ、そうですね」


 ルヴァノスは肩を竦めて笑い、ブラウシルトに視線を移す。


「貴方も似たようなものでしょう? 守る対象というのは、守る必要がある対象という事。本人が破滅願望なんか持ってたら、その気も失せるのでは?」

「いや、そこまで俺は冷たいつもりはないですけど……まぁ、そうですね。守る時は、それが必要な者を優先しますよ。そうじゃなかったら、カーバンクル達と一緒にステラさんを守らなかったかも……とまでは言いませんが、反応は遅れたかもしれません」

「だ、そうですよ」


 ルヴァノスの言葉に、ステラは反応できない。

 いつの間にか俯いたまま、ステラは顔を上げられなくなっていた。皆が自分を想ってくれているのに、膝の上でローブを握りしめる手を見つめたまま、皆の顔をどうしても見る事ができない。


「ロメオは――」

「チッ……俺はいいよ」

「いやいや、遠慮しないで。と言っても、僕もロメオとは知り合って間もないわけだけど」


 そう言ってアダムスは苦笑しつつ、


「でもさっき、ロメオはステラに失望してたよね。死ぬって言い始めたから、がっかりしたんでしょ?」

「……さぁな」


 苛立たしげに舌打ちをするロメオの様子を、アダムスは笑って眺める。そして、俯いて涙を流し続けるステラに向き直った。

 茶色の毛で覆われた頭を撫で、一つ一つ、言葉を投げかける。


「確かに僕は、君に“生きたい”とも“助けて”とも言われた覚えはない。君が断言する以上、ここにいる全員が、君からそう言われた事はないんだと思う。でもね、僕たちは言葉にされなくても、君がそう望んでいるって感じてたんだ。だから、ここまでやってこれた。今こうやって皆が揃っているのが、その証拠だよ。それを踏まえて、もう一度、顔を上げて考えてほしい。君が本当に、死ぬことを望んでいるのか、生きたいと願っているのか」


 アダムスの両手がステラの顔を包み、俯いた顔をゆっくりと上げていく。

 微笑む白銀の瞳と、涙に濡れた金色の瞳が真正面から向き合った。


「ねぇ、ステラ。僕と、昨日の話の続きをしよう」

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