命題9.職人 ロメオ・ガリレイ 7

 焼け爛れた顔の半分は治療されたらしく、痛々しさは先日よりもマシになっていた。だが赤い跡が残り、皮が引きつっているため、右目が細くしか開けないらしい。

 ジュリエッタと呼ばれた彼女の顔が、明りのもとに晒される。顔半分に傷跡が残るとはいえ、吸血鬼たしく整った美しい容貌である。爪の先ほどの長さしかない金色の髪に長さが戻ったら、彼女もさぞ美しい女性なのだろうと感じた。

 そうえいば、彼女の瞳はテオと同じ紫色だったのだな、とステラは今更ながらに気付いた。一連の吸血騒動の事の発端である青年を思い出す。彼は元気にしているだろうか。


 恐る恐る中に入ってきたジュリエッタと、ロメオの視線がぶつかった。


「この間はどーも」


 皮肉げに笑うジュリエッタに、ロメオは先ほどの上機嫌を消し去り、大きく舌打ちをした。ルヴァノスが、そんな彼を庇うように一歩前に出る。


「それで、何か御用ですか?」

「そうそう。古株連中が酒盛りだって言ってきかなくてさ、ルヴァノスさんから酒買ってこいって。ほら、アタシは三百歳だからここに来た中で一番若いし、薬草採りには参加してないからコキ使われてんのよ。適当に見繕ってくれない?」

「はぁ、そういうことでしたら」

「えぇ!? 治癒術師としては、治療中の飲酒は控えてほしいんだけど」

「飲ませて大人しくしてくれるなら、ちょっとくらい構わないでしょう」


 苦言をていするアダムスを後目しりめに、ルヴァノスがトランクを開ける。魔法のトランクから、推測される許容量を無視した数の酒瓶が次々と取り出され、鈍い音を立てて床に並べられていく。

 その様子を眺めながら、ジュリエッタがテーブルに揃う面々に顔を向ける。


「ちょっと聞こえちゃったんだけどさ、魔法鉱石が必要なんでしょ? ちょうど心当たりあるんだよね。アタシが住んでる雪山の洞窟にたくさんあるのを見たんだ。しかもとびきりでっかい青い水晶! 他の魔族よりも持ち合わせる魔力が多い吸血鬼が言うんだ、間違いないよ」

「ハッ。信用できるかよ、ナイフ向けてくる奴の言葉なんか」

「アンタには言ってない。っていうか、アタシ三百歳だよ? 魔法鉱石を見間違えるなんてあり得ない。ね、どうかなアダムス先生? 私が採ってくる代わりに、私の分の治療費をチャラにしてくれると嬉しいんだけど」

「無理だな。素人が採取してきた魔法鉱石は大雑把で質が悪い。目利きできる奴が行かなきゃダメだ。例えば天才の俺とか!」

「天才って、それ自称するもんじゃないでしょ!」


 睨み合うジュリエッタとロメオの姿に、皆は一様に顔を見合わせ、肩をすくめた。

 口論はまだまだ続きそうな上に白熱している。周囲は完全に置いてきぼりだ。

 そんな彼らを後目しりめに、ステラはアダムスの袖を小さく引っ張った。


『魔法鉱石って何ですか?』

「魔法鉱石はね、魔力をたくさん秘めた石の事だよ。この前の石鳥から取り除いた石みたいなヤツ。貴重な素材だけど、すっごく有用なんだ」


「もったいないことしたなぁ」と呟くアダムスの言葉にソルフレアが続く。


「魔法鉱石は魔力を多く含有がんゆうする分、採掘が難しい。素人が手を出すとヒビが入ったり、変な部位から削り出して魔力が漏れ出ていた、なんてこともありうる。魔法鉱石自体の質をはかる為にも、知識のある魔術師や職人の採掘が推奨されている」

「だーかーら! 俺が行くっつってんだろ!」


 テーブルに両手を叩き付け、ロメオが自信たっぷりに啖呵を切る。ソルフレアはそんな若き青年を真剣な目で見つめた


「当方としては、行くならすぐにでも行ってほしい。採掘後の加工時間を考えると、かなりギリギリだ。ジュリエッタ、その魔法鉱石を持ち帰るとなると、どれくらい時間がかかる?」

「えぇ、こいつと行くの? まぁいいけど。人の足だと、天候不順も想定したとして、一番近くの森から行けるとして……行って帰ってくるだけなら二、三週間ってとこかな」

「長くて一カ月か……年内ギリギリだな」

「大丈夫だって! 必要なものは全部作り終わってるし、俺がさっと行ってぱぱっと作って間に合わせてやるよ!」


 胸を叩くロメオ。彼の態度は一貫して変わらず、自分が全部やると言い張っている。

 だが、そんな彼の言葉を、エドアルドの重々しい声が否定した。


「私は反対です。貴方に両方は任せられません」

「僕も」


 アダムスも眉をひそめ、首を横に振る。


「これから冬になるって時期に雪山に数週間。無事戻ってこれたとしても、気力も体力も限界なはずだよ。そんな状態で、精密な作業が求められる魔法道具作りができるとは思えない。絶対に回復期間を置かなきゃダメ」

「なっ――! そんなの、俺にかかれば……」


 ロメオは明らかに動揺し、視線を泳がせた。「でも」とか「いや」と漏れる声には、先ほどのような覇気がない。

 アダムスの指摘に、本人も自覚したのだ。そんな彼に追い打ちをかけるように、エドアルドが続ける。


「ロメオさん、この施術しじゅつにはステラさんの命がかかっているのです。無茶や過信は避けてください」

「エドアルドのおっさん……アンタ、俺じゃ身体維持装置を作れないっていうのか!?」

「そんな事は……」

「俺は天才なんだよ! 第一、俺の案だろ? 俺が考えた事なんだ、だから俺が絶対に完遂してみせ――」

「ロメオさん!」


 怒号が部屋中に響き渡り、ロメオの肩を震わせた。狼狽する黄色の瞳が大きく揺れる。


「そんなに天才天才と連呼しなくても、そんな事は皆わかってますよ。貴方は天才です。そんなことより――」

「え……俺の事、認めてくれるのか?」


 驚嘆するロメオに、エドアルドも目を丸くした。


「当たり前でしょう、そうじゃなきゃここに呼びません。さっきだって、貴方なら作れると言ったでしょう?」

「あ……」

「でも、今回の計画を貴方一人に負わせるのはあまりに過酷すぎるのです。もし完遂できても、施術しじゅつにも必ず貴方が立ち会わなければなりません。首と腹の棒の除去は一番難しい施術しじゅつになります。身体維持装置を採用するなら、取り付けには職人の貴方も必要になる。若いから多少の無理は効くかもしれませんが、その後に倒れられては困ります。人は過労で死ぬことだってあるのですから。しかも呆気なく、簡単に」

「…………」


 ロメオは黙って俯いた。毒気を抜かれたように、静かで平坦な表情で床を見つめている。

 エドアルドは少しの間を開けてから、彼に問いかけた。


「ロメオさん、私が前に言った事を思い出してください。職人としての自信は結構です。ですが慢心は誰かの身を滅ぼします」

「それは、ステラの命をってことか?」

「ステラさんの命、そして今回は――貴方自身もです。私は、前途有望な貴方に倒れてほしくありません。」


 そこで言葉を切り、ロメオの返答を待つ。皆が見守る中、張り詰めたような沈黙が降りる。

 暫くの後、ロメオが目を閉じ、苦々しそうに眉間に皺を寄せた。大きく息を吸い、吐いて、ぽつりと呟いた。


「…………わかった。俺が採掘に行く。装置の製作は――うちのジジイ連中にでも頼んでくれ」


「え」とアダムスが声を上げた。ステラも驚いて両耳を立て、鼻をひくつかせる。


「いいの? ロメオが作りたかったんじゃ――」

「いいよ。早速だけど明日発とう。おい女吸血鬼、それでいいよな?」


 先ほどとは打って変わって、驚くほど冷静に問いかけるロメオ。ジュリエッタはそんな彼の変化に戸惑いつつ、「いいけど」と返事をする。


「でも、どっちか選ぶんなら作る方にすればいいじゃん」

「そしたらお前と採掘に行く奴を他に探さなきゃいけないだろ。そんな時間ねぇし、吸血鬼の事を知ってる奴を増やしたらお前の身が危ないだろうが」


 ロメオの返答に、ジュリエッタは目を丸くした。視線を彷徨わせ、両手の指をみぞおちの前で絡ませもじもじとする。


「じゃあルヴァノスさん、登山に必要な物を貸してくれよ」

「ん? 話はまとまったんですね。ジュリエッタさん、そこに出したお酒を持っていってください。安酒ですが、味に文句を言うようなら私が刺すって伝えれば良いでしょう」


 紅蓮ぐれんの商人の言葉にジュリエッタはびくついた。床に並べられた緑や茶色の瓶を両腕にかき集めて、そそくさと出て行こうとする。

 そんな彼女の背中にロメオが声をかけた。


「お前、その顔の治療、終わってねぇんじゃねぇの?」

「い、いいやいやいや、終ってるよ。傷が深いのと長い事放置してたから、これ以上治せなかっただけ。なけなしの金持って、古株連中に頭下げて無理言って付いてきたんだけどね」


 声を裏返しながら、アダムスに恨めし気な視線を投げかける。それを受けて、少年は白髪を揺らして身を縮こまらせた。首から提げる彼の本体――小さな白いランプが弱々しく光を反射する。


「本当にごめん。できる限りの事はやったんだけど……」

「いいって。治癒術だって万能じゃないんだ、仕方ないよ。痛みが消えて楽になったしね。ありがと、先生」


 フードを被り、彼女は扉を閉めた。ロメオはふーん、と相槌を打った後、ルヴァノスが次々と出す登山用のコートやブーツを確認し始める。

 それを横目に見ながら、テーブルに残った面々は互いの視線を交わらせ、ひそひそと言い合った。


「ねぇ、ロメオどうしちゃったの? いきなり態度変わって。エドアルド、何か知ってる?」

「以前に少し話を聞いたことはあるのですが、心当たりは……ソルフレアさんは、一緒にいた時間が長かったのですよね?」

「当方も知らん。大人しくなるのなら良いんじゃないか?」


 アダムス達と同じく、ステラも首を傾げた。

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