命題9.職人 ロメオ・ガリレイ 2

 あまりに派手な登場に、ステラは目を丸くしていた。

 ルヴァノスが彼の足元に大きな荷物を置いた。中身は工具らしく、重かったと言わんばかりに商人は開放された手を振っている。

 ロメオは驚く面々をぐるりと見渡してから、満足そうに腰に手を当ててふっと笑う。どうも目立つのが好きな性格らしい。

 そんな彼に最初に声をかけたのは、ソルフレアだった。


「ロメオ・ガリレイ、相変らずやかましい男だ。もっと静かに入ってこい。」

「よぉソルフレアのあねさん! そっちも元気そうで何よりだな!」


 静かな指摘に反し、ロメオが大声で返す。おかげでソルフレアは、その声から逃れるように上体を傾けた。


「ソルフレア、彼と知り合いなの?」

「私の館で面倒を見てたんですよ」

「そーそー。一つ屋根の下一緒に生活してたわけ! ま、作業音がうるさいってあねさんが文句言うから、屋敷の端と端で生活してたんだけど。」


 アダムスの疑問に応えるルヴァノスに、同調するロメオ。どうもこの青年は声が大きい。確かに色々とうるさいだろうな、とステラは内心納得した。

 次にアダムスが席を立ち、自己紹介を始める。


「えっと……初めまして、ロメオくん。僕がこの治療院の治癒術師、アダムスです。」

「へぇ~、お前がアダムス? 確かにイヴリルにそっくりだ。」

「お、おば……!? そんな事イヴリルに言ったら怒られるよ! っていうか、イヴリルとも知り合いなんだね。」

「どーせ怒ったってムキーッて騒ぐだけだろ、怖かねぇよ! お袋の腹から俺を取り上げた人だからな。人ってか、ランプ? ま、いいや。よろしくな、アダムス


 白い帽子ごと頭をぐしゃぐしゃと撫でられながら、おじさん呼ばわりされたアダムスがムキーッと怒る。

 それを後目しりめに、ロメオはエドアルドに顔を向けた。


「あんたは?」

「私はエドアルド・ダールマン。アダムス先生の弟子の治癒術師です。」

「マジかよ! あんたがあのエドアルド・ダールマン? うちのじーさん連中と一緒に魔術義肢まじゅつぎし作ったっていうエクセリシアの治癒術師だろ?」

「その節は、ガリレイ家には大変お世話になりました。今回もよろしくお願いしますね。」


 ロメオはエドアルドの手を掴み、力強く握手を交わした。


「もちろんだぜ! 今回は頼ってくれよな!」


 背中を叩いて喜ぶロメオは頭をぐるりと回し、とうとうステラの方を向いた。目がかち合ったステラの肩がびくりと震える。


「で? お前が合成獣キメラになったっていうステラか?」


 小さく頷くと、ロメオは値踏みするような視線を少女にぶつける。「立て」という指示に従うと、彼は周囲を移動しながら、ステラの頭からつま先までじろじろと見回した。


合成獣キメラっつーからどんなもんかと思ったけど、獣人と大して変わらねぇじゃん。」

『そうなんですか?』

「そう……ってかお前、もしかして獣人の事をよく知らないクチか?」


 ステラが首肯すると、ロメオは呆れた様子で大仰にため息をついた。


「獣人ってのは、何かしら一種類の動物と人間が混ざり合った姿と、その動物の特性を大なり小なり再現できる種族の事だ。ま、人間の一種だな。俺は鷲の獣人で、二割混ざってる。手が人間のまま残ってるから職人やってられるんだぜ? その点、お前は八割獣人ってとこか。で、俺は何作ればいいわけ? フルオーダー?」

「彼女の生活必需品はもちろん、施術しじゅつに必要な物の製作を担当してください。内容は、本人も交えて都度打ち合わせをするという形で。」


 ルヴァノスの説明にロメオは頷き、おもむろに床に置かれた荷物を背負って振り返る。


「俺、どこで過ごせばいい?」

「上のツリーハウス、空いてる所を好きに使って――」

「荷物置いてくるわ!」


 アダムスが言い終わる前に、彼は裏口から院を出て行ってしまった。ツリーハウスに繋がる階段を駆け上がる音が響き、上に向かって消えていく。

 ステラは立ち尽くしたまま、彼が消えた裏口を見つめていた。


「……嵐のような方でしたね。」


 エドアルドがぽつりと呟き、他の面々も同意する。ステラもそっと椅子に腰を降ろし、ぬるくなった紅茶に口を付けた。

 彼を連れてきた張本人、ルヴァノスも眉尻を下げる。


「実力は確かですよ。同年代どころか、そこらの職人よりもずっと腕が良いんです。ガリレイ家でも評判の天才若手職人ですからね。彼自身が獣人なのもあって、獣人関係の製作を得意としています。だからステラさんの担当には打ってつけなんですよ。それにお喋りではありますが、口は堅い。ここの事を不用意に触れ回る事もありません。信用できる職人であることは、私が保証します。」

「だが、見ての通りやかましい上に自信家で、態度も声もでかい。当方も共に生活している間は頭を悩ませたものだ。」


 こめかみを押さえるソルフレアの言葉に、全員が苦笑する。


「ガリレイ家には、話を通してあるのですか?」


 エドアルドの質問に、「一応は」とルヴァノスが応えた。


「彼、一年前に実家を飛び出しているんですよ、いわゆる家出ってやつです。マスターとガリレイ家は古い付き合いなので、それからは私が館で面倒を見ながら、仕事の斡旋などをしています。今回の事も、彼の経験になればと思いまして……他に適当な人材もいないですし……」

「家出とは穏やかじゃないですね。貴方が太鼓判を押すほどの方が、なんでまた?」

「それは――」

「おい!」


 ルヴァノスの言葉を、戻ってきたロメオの大声が遮った。


「工房が無いんだけど、俺はどこで作業すりゃいいんだ?」


 全員は顔を見合わせ、首を傾げる。

 そこにドアのすき間から入ってきた精霊が、アダムスの耳で何かを囁いた。



 * * * * * *



 光の玉の姿をした精霊に促され、アダムスとステラ、ロメオは外に出た。

 治療院と反対側の、広場の端まで来たところで、アダムスが適当な場所を指さしてみせる。


「精霊たちが君の工房を作ってくれるってさ。この辺りでいい?」

「そりゃ助かるな! レンガ造りで、固定されたテーブルをいくつか付けてくれ。釜土は大きめ、風の通りが良いように窓もいくつか付けて――」

「精霊たちに話せば、その通りに作ってくれるよ」


 精霊たちが、ロメオの話を聞こうと彼の周囲に集まっていく。

 その様子を遠巻きに眺めながら、ステラはアダムスに訪ねた。


『ガリレイ家って有名なんですか?』

「うん、すっごく有名な魔法道具職人の家だよ。高い技術を誇る一族で、ガリレイ製って言ったら箔が付くような有名ブランド。マスターが三代目当主と同年代で親友だった繋がりで、今でも僕たちとこうして仲良くしてもらってるんだ。きっと良い物を作ってくれるよ!」


 マスターの話になると、アダムスは嬉しそうな顔をする。ステラも釣られて口角が上がり、胸が温かくなった。


「よぉし! できた!」


 ロメオが大声を上げ、二人の視線が彼に集中する。

 精霊たちを指揮するかの如く腕を振り上げ、


「精霊たち! ぱぱっと工房作ってくれー!」


 号令と同時に、地面が揺れた。ロメオがたたらを踏み、アダムスは大きく身体を揺らしてステラにしがみつく。

 目の前の芝生が盛り上がり、むくむくと直立に伸び育っていく。土の表面が徐々にレンガ造りに変化していき、窓、煙突、扉と一つ一つの要素が浮き彫りになっていく。

 揺れが収まる頃には、半分が地中に埋まったおうちのような工房が出来上がっていた。階段を少し降りた所に入り口があり、日当たりもよく、地面に埋まっているから音も響きにくい構造だ。

 その見事な出来栄えにアダムスとステラは嘆息するが、ロメオは腕を組み、憮然とした様子で工房を睨んでいた。


「ロメオ、何か気に入らない所でもあるの? せっかくこんなに立派な工房なのに?」

「いや、立派だし希望通りの良い工房なんだけどよ……」


 顎に手を当て、工房をねめつける。


「ちょーっとメルヘンすぎねぇか、これ?」


 二人は工房を見上げた。

 芝生をそのまま持ち上げた屋根は、精霊の力で草花でいっぱいの花畑と化している。屋根だけではない、窓の雨よけも、煙突の周辺も、入り口の階段の周りも、季節外れの色とりどりの花でいっぱいに埋め尽くされている。見ている先で、ぽん、とまた一つ花が開いた。

 まるで絵本に出てくる妖精さんのおうちと言った様相だ。

 文句を垂れるロメオに、精霊の一つが体当たりをする。それを皮切りに、精霊たちが彼を責め立てた。


「うわっ! なんだよ、男にこんな可愛らしい家作る方がどうかしてんだろ! アイタタタ、それは風切り羽だ、やめろ引っ張るんじゃねぇ!」


 喧嘩を始めるロメオ達をよそに、アダムスとステラは治療院に戻っていく。


「ねぇステラ。この後、時間ある?」


 小さく頷くと、アダムスは少し顔を赤らめた。


「あのさ、今は丁度人もいるから治療院を開けても問題ないし、久々に二人で森を散策しない? ほら、薬草も集めなきゃいけないし、ステラの今の手なら手伝ってもらえそうかな~って思って」


 少年の誘いにステラは目を丸くした。治療院を訪れる患者の数は多くはないが、それでもアダムスはステラの身体を診たり、治療院の準備や運営で忙しそうで、ゆっくりお散歩ができたのも春先くらいのものだった。それからは誰かしら患者がいたり、滞在者がいたりで二人きりになる事も少なくなっていた。


施術しじゅつの事とか吸血鬼の事で、最近バタバタしてるでしょ? たまにはのんびり過ごそうかなと思って。ステラの気分転換にもなると思うんだけど……どうかな?」


 上目遣いで様子を伺ってくるアダムスに、ステラは嬉しくなって笑顔で応える。その返事にアダムスはますます頬を紅潮させ、満面の笑みを浮かべた。

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