命題8.吸血鬼と石鳥 6

石鳥いしどりだね。珍しいなぁ……。」


 鳥の身体を覆う灰色の石を撫でながら、アダムスが吐息を漏らした。額の汗をハンカチで拭ってから腰を落とし、テーブルのクッションの上に乗った石鳥を下から覗く。

 ステラも真似して石鳥いしどりを見上げると、開かれた両翼の下の石化は薄くまばらで、隙間から炎のような赤い灯が漏れ出ていた。

 ステラが思わず嘆息していると、壁に寄りかかって様子を見ていたソルフレアが口を開く。


「こんなに石化が進んでいるのに、よく治療院までたどり着けたものだ。感心する」

「確かに。石鳥が住んでる所って、森から遠いもんね。ずっと歩いてきたのかな?」


 アダムスはそう言いながら、石鳥いしどりの身体を観察していた。ぶつぶつと呟いている辺り、どう治療するか考えているらしい。

 それを眺めながら、ステラは素朴な疑問をボードに書き、ソルフレアに見せる。


『“いしどり”ってなんですか?』


 黄金おうごんの賢者ソルフレアが、太陽の装飾を施された片眼鏡モノクルに手を伸ばし、その一端を白い指でなぞった。瞬間、彼女の山吹色の髪がふわりと浮き上がり、淡く発光した太陽が回り始める。その光の中から次々と黄金に煌めく文字が飛び出し、瞬く間に部屋中を埋め尽くした。

 彼女の片眼鏡モノクルは、今まで読んできた全ての本の情報が記録されている。

 大小様々な種類の文字・文章・単語・図柄――ステラではまだ読むのが難しい筆記体から、読みやすく整えられた大きな文字まで、たくさんの光の文字が宙空ちゅうくうを埋め尽くした。


「ちょっとソルフレア! いきなりそれやらないでよ!」


 特に難解そうな文字たちに囲まれたアダムスが抗議の声を上げる。白銀の髪に文字がぶつかり、燐光をまき散らしてふよよと飛んでいった。

 ソルフレアは気にせず、宙空ちゅうくうに浮かんだ文字たちを人差し指で押さえ、ステラの前に並べ始める。


石鳥いしどりとは俗称で、火山地帯に住んでいる生物だ。火山は――この図柄だな。廊下に飾ってある絵と同じものだ。」


 次々と目の前に滑ってくる、石鳥いしどりについての記述を目で追っていると、それらを押しのけて黄金色の線で描かれた大きな図が飛んできた。頂上から煙を吐き出し、岩をまき散らす山の絵だ。

 ソルフレアの言う通り、待合室とリビングを繋ぐ廊下に飾った絵の中に似た印象のものがあった。精霊の森で事切れていた絵描きの旅人が所持していたものだが、あまりに素敵だったので、勝手ながら治療院内の至る所に彼の絵が飾られている。様々な風景の絵があるが、中でもステラが信じられない光景だと思っていた一枚だった。


「曇天の中、炎と煙を出す黒い山の絵だ。赤い川のようなものが流れていただろう? あれは溶岩と言って、その名の通りとてつもない高温によって溶けた岩だ。これが冷えて固まることで、火山自体やその周辺が黒い岩に覆われていく。この石鳥いしどりも同じだ、炎が冷めて石化してしまう事で、身体の表面が石に覆われていく。とはいえ、こまめに岩などに身体を擦り付けて手入れをすればこんな事にはならないのだが……恐らく怠惰たいだな個体なのだろう。あまり放置すると命にも関わるはずだが、随分とタフなようだ。まぁ、石鳥いしどりは元々生命力が強い生物だが。」


 呆れたように肩を竦め、もう一度片眼鏡モノクルを撫でる。部屋中を埋め尽くしていた文字たちが一瞬で太陽に吸い込まれ、診察室は元の落ち着いた様相を取り戻した。窓から訪問する夏風が白いカーテンを揺らし、待合室と遮光部屋への出口に分かれ、通り過ぎていく。


石鳥いしどりは、炎由来の魔力を持った生物だ。見た目は石だが、内側は燃えるように赤い結晶で、魔法素材としても高い価値があったと記憶している。さっさと砕いて助けてやれ、白日はくじつの治癒術師。売れば少しは金になるはずだぞ。」


 顎をしゃくるソルフレアに向かってアダムスが頷き、テーブルの引き出しに、無造作に腕を突っ込んだ。引き出した少年の手には、黒光りする頭を持った金づちが握られていた。


「石なんだから、やっぱり砕かないとね!」


 鈍器片手に満面の笑みで振り返る少年の姿に、ステラと石鳥いしどりは震えあがった。さすがに乱暴すぎると両手を向けて立ちふさがるステラに、


「大丈夫だよ。このくさびで少しずつ削っていくし、なるべく身体に負担がかからないようにするから。」


 いつの間にか片方の手に握られていた鉄の棒を見せる。先の尖った楔だ。


「ここまで肥大させたのはその石鳥いしどりの自業自得だ。少し怖い思いをするくらい、我慢してもらわないとな。」


 冷たく言い放つソルフレアだが、ステラは半ば納得しかけてしまう。両手を降ろし、半歩下がりかけた。

 その時、遮光部屋の方から鋭い怒号が飛んだ。


「いかん! 石鳥いしどりの石を砕いてはならない!」

「エインズワース、聞いてたの!?」

「ドアを開け放している上に、隣室でそう騒がれてはおちおち昼寝もできんよ。それより石鳥いしどりだ、まだ叩いてなぞおらんだろうね!?」


 黒いカーテンの向こうから捲し立てるエインズワースに、アダムスは恐る恐る頷く。その返答に、布一枚隔てた向こうから安堵の気配がした。


「とりあえず、その石鳥いしどりはこちらへ運んできなさい。」


 三人は顔を見合わせたが、仕方なく石鳥を慎重に持ち上げ、エインズワースが滞在する遮光部屋に移動した。




 石鳥いしどりは鷹ほどの大きさもある鳥だ。それが両翼を広げたまま表面が石化しているものだから、とにかく幅を取る。羽先が壁に当たりそうになると、すかさずエインズワースの大声が飛び、その度に三人が肩を跳ねさせた。

 ベッドの上にゆっくりと置くと、吸血鬼の大男は気が抜けたように椅子に座り込み、コップに水を注いで一気に飲み干した。

 そして再び立ち上がり、熱のこもった声で一気呵成に石鳥いしどりの価値を語り始めた。


「良いかね! この石鳥いしどりの石化した表面はソルフレア嬢の言う通り魔法素材としての価値がある。だが! 何より! その結晶は高い芸術的価値を持っているのだよ! 灼熱の色合いを持つ内側の結晶は、この鳥の翼の文様を繊細に美しくかたどっている。手作業では生み出すことなど到底不可能な、自然が生んだ最高芸術だ! 羽一枚分でも相当な価値がある。それがここまで見事に身体全体を覆っているとなれば、その価値は計り知れん。蒐集家コレクターの貴族や王族、権力者相手にオークションに出せば、とんでもない価値が付くぞ。この治療院の借金なんで一瞬で消し飛び、向こう百年は遊んで暮らせるほどの金になる。それほどの価値を持った芸術品を事もあろうに金づちで破壊しようだなんて――あまりの無知加減に哀れみすら覚えるよ、アダムス先生、ソルフレア嬢。一般庶民には理解できない価値なのかね……百年以上生きていても、持てる知識は所詮この程度……」

「貴殿は喧嘩を売っているのか?」

「お金になるの!?」


 天を仰ぎ、嘆かわしいと演技がかった身振り手振りで語るエインズワース。遠回しに馬鹿にされたソルフレアとアダムスは、それぞれの反応を吸血鬼に示していた。

 ステラは少し疲れてきたため、部屋の隅に座り込んだ。あまりに見事なエインズワースの口上を聞いていたら、つい睡魔を思い出してしまった。床に腰を下ろした途端、身体の芯から重みが増し、お尻から根っこが生えたようにそこから動けなくなってしまう。


「ルヴァノス君に頼めば、かなりの金額にして返してくれるのではないかね?」

「やった! でもどうやって剥がせばいいのかな? ここまでガッチガチに固まってると、施術せじゅつだって大変なのに。」

「その方法は私が知っている。もちろん手伝うよ。大昔とはいえ大貴族として名を馳せた私だからね、こんなに素晴らしい芸術品を無下に扱うなんてとてもとても。」


 視界が霞み、三人の姿がぼやけていく。瞼が重く、落ちてくるのを抑えられずにパチパチとまばたきを繰り返した。小さく頭を振るが、その甲斐なく意識が遠のいていく。つい身体を丸め、壁に体重をかける。


「だが少し時間がかかる。この石鳥いしどり君にはその間も頑張ってもらうしかないが。」

「そこは僕がサポートするよ。ソルフレアも手伝ってくれるよね?」

「あぁ……気に食わないが、新しい知識として享受しよう。」


 遮光部屋の中は少し暑い。薄い水色のマントがその熱気を増幅させるが、睡魔の誘惑はそれすらも吹き飛ばしていった。

 三人の声が、どんどん遠くなっていく。


「治療院も大変だね。普通、店だの事業だのを始めたら少なくとも数年は軌道にのるまで時間がかかるだろう?」

白日はくじつの治癒術師は貯金も前準備もなく始めたからな。ルヴァノスにおんぶに抱っこ状態だ。傍から見てても頭が痛い。」

「ひどい! 僕だって頑張っ るのに!」

「だが人外 門だと予想外 出費も多  ろう? 軌道に乗るまでこの結晶を元手に頑張ると良いよ、ア  ス先生。」

「金策なら、テオとい  血鬼の血を売れば足しにな   では いか?」

「うーん。そう    ど、多  レは別の事にも使え  だ ら売るの勿体 くて」

「  るとも。吸血鬼の は患部に使用す  回復薬に る。  の大き 患  来た時は治癒  負担軽減に  ろう。あ、こ 情報、治 費に当 る  で ないか ?」

「な  ど! そ    い方 あ  んだ! 他には――」


 ステラの意識はそこで途切れた。


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