命題1.弟子 エドアルド・ダールマン 6

 早速、エドアルドは渡された治療記録を確認した。

 見たところ、問題らしい問題は見当たらない。実際の傷や治療跡ちりょうあとを照らし合わせるのが一番だろうが、丁寧に描き記された内容を見る限り、問題はないように思える。

 むしろ、記録によれば相当な大怪我だった事がわかる。それをたった一カ月で自力歩行できるまでに回復させたのだ。

 アダムスが心配していた、“治癒術及び施術しじゅつ誤判断ごはんだん”については、問題ないと思えた。


 テーブルに広げた書類をまとめ、問診票を用意する。

 アダムスの話だと、あらゆる治療内容と彼女自身の現状をほぼ伝えていないという。何をどう説明し、何を聞くべきか、どういった反応が予測されるか、一つ一つ頭の中で整理していった。


「よし!」


 パン、と膝を叩いて立ち上がり、寝癖のついた髪を手櫛てぐしで整える。

 エドアルドからは、既に眠気も疲労感も吹き飛んでいた。



 * * * * * *



 合成獣キメラの少女は裏口すぐの畑の前で、巨大樹の根に背を預けて座っていた。

 暖かい春風が、身を包むシーツをそよそよと撫でる。

 ただただ大人しく、ぼーっとしている様子だった。


「隣、よろしいですか?」


 リビングの丸椅子と書類を持って、彼女に声をかける。

 少女は彼をじっと見つめた後、こくんと小さく頷いた。

 では、と少女の斜め前に椅子を置いて腰掛ける。一つ咳払いをしてから、エドアルドは口を開いた。


「ご挨拶が遅くなりました。初めまして、お嬢さん。私の名はエドアルド・ダールマン。今はエクセリシア帝国に仕える治癒術師です。アダムス先生は、私の師に当たります。」


“私の師”という部分で少女が息を呑んだのを、エドアルドは見逃さない。


「実は、アダムス先生は人間ではありません。子供の姿をしていますが、私の倍以上の年月を生きています。首から提げている小さなランプがあるでしょう? あれが先生の本体です。あのランプを壊してしまうと大変な事になってしまいます。だから、大切に扱ってあげてくださいね。」


 少女が頷く。

 彼女の意識ははっきりしている。会話――と言っても一方的なものだが、意思疎通もしっかりとできているようだ。

 これから話す事は、ただの人間だった彼女にとって、少なからず衝撃を与えるだろう。エドアルドは、彼女の一挙手一投足をしっかりと観察した。


「昨日は驚かせてしまって、本当にすみませんでした。」


 少女は無反応だ。

 本人もあまり思い出したくないのかもしれない。


「さて、今日は先生に頼まれましたので、これからあなたの身体についての説明と、問診をしたいと思います。どうぞよろしくお願いしますね。」


 声のトーンを上げ、右手を差し出す。

 少女はその手とエドアルドの顔を交互に見た後、恐る恐る自分の右手を伸ばした。

 尖った黒い爪がはみ出し、茶色い毛の生えた四本指の獣の手だ。エドアルドより一回りは大きいその手と握手をすると、手のひらにぷにゅ、と肉球が押し付けられた。

 予想外の柔らかな感触に、思わずエドアルドの顔が緩む。はっとして少女を見ると、物珍しそうにこちらを見ていた。


「いやぁその、お嬢さんの肉球がとても気持ちよかったもので、つい。それに、私を怖がっていないようで良かったです。こんな顔をしているものだから、子供たちに怖がられる事が多くて。」


 そう言って、少し照れながら自分の顔を指さしてみせる。吊り上がった鋭い茶色の目と、もみあげから繋がる切りそろえられた髭は彼を厳つく見せていた。

 が、そんな彼を見た合成獣キメラの少女は、自分の肉球を確認しながらくつくつと笑った。

 ほっ、とエドアルドは胸を撫でおろした。自分への警戒が解けたようだ。

 それに今のは好感触だ。幸先さいさきが良い。

 よし、とエドアルドは心の中で拳を握りしめた。

 そして、彼の問診が始まった。

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