一歩
冬華との対面を果たした後も、毎日朝夕のラインは欠かさなかった。ひとつだけ変わった点はというと、文章の他に動画のURLを載せるようになったことだ。
それを思いついたのは高校の同級生とラインでやり取りをしていたときだった。その同級生は動画をネットに投稿するのが趣味で、高校生の日常風景と銘打って校内でよく動画撮影をしていた。時折俺も手伝わされたが、その面白さはいまいちよくわからないのがほとんどだった。
大学に進学しても相変わらず継続しているようで、今度は大学生の日常風景という題目でショートムービーを撮っているらしい。試しに視聴してほしいと動画のリンクを貼られ、なんとなく観てみたところ、笑いどころのよくわからないのはいつもどおりだったが、以前よりも演出が凝った仕上がりになっていた。
なんでもそいつは大学で映像研究サークルに所属しているそうだ。まだ入ったばかりで勝手のわからない日々らしいが、充実感を得ているのはショートムービーに映り込む彼の姿からも見てとれた。
サークル活動――大学に入る前は野球を続けるかどうかで迷っていたが、冬華の件があってからは完全に選択肢から消えていた。それは時間的な問題ではなくて、野球自体を続ける意味がないように思えたからだった。
同級生が趣味を続けているのを知ったときにようやく思い出せるほど、俺の中で野球に対する興味が薄れていたという事実。あれだけ熱心に打ち込んだものに見向きもしないでいたことが、自分でも信じられない。
ひょっとしたら冬華も同じではないかと考える。女流棋士にまでなった彼女も、何らかのきっかけがあって将棋に触れなくなった。いや、将棋どころか、外の世界に興味を持つこともできなくなってしまった。
野球への関心だけをなくした俺でさえ、足場がひとつ崩れ落ちてしまったような不安を覚えている。それが冬華の場合、失ったもののほうが多いはず。その欠落感もまた、俺の想像ではきっと及ばない。
だからこそ、なのだろうか。想像などではなくきちんとした実感として、俺は冬華を知らなければいけない気がした。
そのためのヒントが、同級生の動画にはあった。正確には動画そのものではなく、その終わりに表示されたおすすめ動画。何の気もなく、再生ボタンをタップした。
それはいわゆる癒し動画というやつで、愛嬌ある動物たちがちょこまかと走り回るのを撮影したものだった。それだけといえばそれだけなのだが、案外ずっと観ていられる。こんなことを思うと級友に申し訳ないけれど、彼の撮った同程度の長さの映像よりも体感視聴時間は格段に短かった。
これだ、と直感する。俺は早速その動画をお気に入りに追加し、投稿者のチャンネルを登録した。それからひととおりの投稿動画を観て、冬華に紹介することを思いついた。
ずっと、冬華が何に興味を示すかを考えていた。動物好きという点をどうにかして繋げられないかと思案していたのが、動画というアイデアで線になった。俺が気に入ったものを冬華にも薦めて、それを面白いとか可愛いとか、ポジティブな形で彼女の心を動かせられれば。それはとてもいい案だと思えた。
だが、懸念がないわけではない。将棋と同様、冬華が動物に興味を持てなくなっていたら、いよいよ俺は彼女を別人だと思うしかなくなる。母親との大切な思い出さえ台無しにしてしまうなら、そう認めたほうが楽なくらいだ。試みるリスクとしては重い部類に入る。
丸一日悩んだ結果、俺は思いついたその次の日に夕方のラインと併せて動画のURLを載せることにした。初めは海外の自然公園で飼育されているアライグマのきょうだいを撮った映像。草原を生き生きと駆ける二匹からは、愛らしさとともに自然界に生きる野生の逞しさが感じられた。
反応があったのは一時間後。文章による返信は雨の日のあれきりだが、時々スタンプのみが送られてくることはあった。URLの下に表示された今回のそれは、笑顔だった。
よかった、と俺は胸を撫で下ろす。
ゆっくりでいい。こんなふうにひとつずつ、感情を積み重ねていこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます