第81.5話 俺はそれを受け入れてほしい

影谷かげたに正徳まさのり


 ついに、隼太はやたに話す時が来たんだ。

 隼太と話しながら、俺は過去を思い出していた。

 それは、俺がまだ、四歳だった頃の話。

 俺と親父は、家の前である人を待っていた。


「お、来た来た」


 親父がそう呟いて、その人に手を振った。

 俺たちの前に歩いてきたのは、とある女性。

 その女性は、とても小さな赤ちゃんを抱きかかえていた。


「こんにちわ~」

「こんにちは。いやぁ、相変わらず可愛いなぁ~」


 親父は、女性が抱きかかえる赤ちゃんを見て、頬を緩めつつそう言った。


「ええ、もうすぐ一歳になるの」

「一歳か。一番可愛い時期だね」

「ふふ。苦労も多いわよ。特に、一人だとね……」

「これからは、俺も手伝うよ」


 そういや、親父の一人称は、今となっては「ワシ」だけど、この頃は「俺」だったな。まだ親父も、若かったんだ。

 親父は女性が抱いていて赤ちゃんを抱き、しゃがんで俺に見せてくれる。


「ほら、正徳。お前もちょっと前までこんなんだったんだぞ」


 初めてまともに見る赤ちゃんに、俺の目は奪われる。


「すっげ~」


 ほっぺを指先でツンと触ると、人間の肌とは思えないくらい柔らかくて、新鮮な感覚だった。


「ふふ。正徳君、あなたは今日から、になるのよ」


 優しい声音でそう言って、その女性は俺の頭を撫でてくれる。


「お義兄ちゃん……」


 俺はそう呟いて、親父が抱きかかえる赤ちゃんを見る。


「ねえ、この子、なんて名前なの?」


 俺がそう問うと、女性は、


「――隼太はやた。ハヤブサのようにたくましく、勇猛果敢な子に育ってほしくて、この名前にしたの」

「はや……た」


 女性が呟いたその赤ちゃんの名前を、俺も呟く。


「今日から俺たち四人は、家族になるんだ」


 親父が、俺と隼太を交互に見つめながらそう言った。

 これが、俺と隼太の出会い。

 そして、俺たちが家族になった日の出来事だ。

 長い間、隼太と舞衣まいには隠し続けてきた、この家族の秘密。

 そう。俺たちは、本当の兄弟じゃ、なかったんだ。

 親父とお袋は、どちらもバツイチで。

 俺は、今のお袋から生まれた子ではなく。

 隼太の本当の父親は、俺の親父ではなく。

 俺たちは、血がつながっていなかったんだ。

 それでも、俺たちは家族として、今まで暮らしてきた。

 けれどそれを、舞衣は受け入れられなかったんだ。

 俺たちが、実は血がつながっていなかったという事実を、あいつは受け入れられなかったんだ。

 ――なあ、隼太。


 お前はそれを、受け入れてくれるよな?


 ◇◇◇


「もっとちゃんと隠してよ! こんなの……知りたくなかった……」


 部屋に響くのは、舞衣の悲痛な叫び声だ。

 これは、二週間前ほどの出来事。

 俺たちの血がつながっていないことを受け入れられない舞衣が、俺に感情をぶつけてきた(第71.5話参照)。

 この秘密が原因で、舞衣が自暴自棄になってしまうかもしれない事を、俺は恐れていた。

 何故なら彼女は、一度は死のうとしていたのだ。

 今回もまた、何をしでかすかわからない。

 だから、俺が責任を持って、舞衣の面倒を見てあげなくてはならない。


「舞衣……」


 俺はなるべく優しい声で、彼女の名を呼んだ。

 舞衣、気づいてほしんだ。

 血がつながっていなくても、俺たちは家族だってこと。

 そこには絆が、あるってことを。


「お前が真実を受け入れらないことは、俺にもわかってた。だから俺は、お前にちゃんと納得してもらえる理由を、話しに来たんだ」


 それを話せば、きっと舞衣も、この事実を受け入れてくれると思うから。


「え? 納得できる理由……?」

「ああ。だから、今から俺が話すことを、よく聞いていて欲しい」


 俺は舞衣の肩を掴み、ゆっくりと、話し始める。


「確かに俺たちは、血がつながっていない。それは事実だ。でも、俺たちが今まで過ごしてきた日々は、決して嘘なんかじゃない。そうだろ?」

「……でも、そんなの、嫌だよ。今までずっと、血がつながっていると思ってたのに」

「それにな、舞衣。確かに俺と隼太が全く血がつながっていないのは事実だ。でもな、舞衣は違うだろ?」

「私は、違う?」


 首を傾げる舞衣に、俺は教えてやる。


「俺には親父の血が。隼太にはお袋の血が。そして舞衣には、お袋と親父の血、両方が流れている。つまり、俺と舞衣、そして隼太と舞衣は、半分ずつ、ちゃんと血がつながっているんだ」

「半分……ずつ……」


 俺の言葉を噛み締めるように、舞衣は呟く。


「だから、俺たちはちゃんと、家族なんだよ。偽りじゃない。本物の、家族なんだ」

「でも、それじゃあ、隼太と正徳は、どうなっちゃうの?」

「さっきも言ったろ? 俺と隼太には、一緒に過ごし、積み重ねてきた時間がある。例え義理でも、兄弟として過ごした時間は本物だ。だから、俺と隼太も、血はつながっていなくとも、ちゃんと家族なんだ」


 その言葉を聞いて、安心したように、舞衣は微笑む。


「そっか……。私たちは、ちゃんと家族なんだね。家族の絆は、嘘じゃないんだよね?」

「ああ、もちろん」

「うん……。良かった……」


 こうして、舞衣はその真実を、受け入れてくれたんだ。


 ◇◇◇

 

 そして、現在。

 病院の外で、俺は隼太に向かって、その真実を、ついに告げる。


「実はな、俺たちは――」


 俺の目を見つめる隼太。

 大丈夫だ。お前なら、乗り越えられるさ。


「俺たちは、血のつながっていない、義理の兄弟なんだ」


 この真実すら受け入れられないというのなら。

 隼太、お前には、世界の秘密を知る価値も、究極の選択をする度胸もないということになる。

 だから、これくらいのこと、受け入れてみせろよ。

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