第81.5話 俺はそれを受け入れてほしい
◇
ついに、
隼太と話しながら、俺は過去を思い出していた。
それは、俺がまだ、四歳だった頃の話。
俺と親父は、家の前である人を待っていた。
「お、来た来た」
親父がそう呟いて、その人に手を振った。
俺たちの前に歩いてきたのは、とある女性。
その女性は、とても小さな赤ちゃんを抱きかかえていた。
「こんにちわ~」
「こんにちは。いやぁ、相変わらず可愛いなぁ~」
親父は、女性が抱きかかえる赤ちゃんを見て、頬を緩めつつそう言った。
「ええ、もうすぐ一歳になるの」
「一歳か。一番可愛い時期だね」
「ふふ。苦労も多いわよ。特に、一人だとね……」
「これからは、俺も手伝うよ」
そういや、親父の一人称は、今となっては「ワシ」だけど、この頃は「俺」だったな。まだ親父も、若かったんだ。
親父は女性が抱いていて赤ちゃんを抱き、しゃがんで俺に見せてくれる。
「ほら、正徳。お前もちょっと前までこんなんだったんだぞ」
初めてまともに見る赤ちゃんに、俺の目は奪われる。
「すっげ~」
ほっぺを指先でツンと触ると、人間の肌とは思えないくらい柔らかくて、新鮮な感覚だった。
「ふふ。正徳君、あなたは今日から、お義兄ちゃんになるのよ」
優しい声音でそう言って、その女性は俺の頭を撫でてくれる。
「お義兄ちゃん……」
俺はそう呟いて、親父が抱きかかえる赤ちゃんを見る。
「ねえ、この子、なんて名前なの?」
俺がそう問うと、女性は、
「――
「はや……た」
女性が呟いたその赤ちゃんの名前を、俺も呟く。
「今日から俺たち四人は、家族になるんだ」
親父が、俺と隼太を交互に見つめながらそう言った。
これが、俺と隼太の出会い。
そして、俺たちが家族になった日の出来事だ。
長い間、隼太と
そう。俺たちは、本当の兄弟じゃ、なかったんだ。
親父とお袋は、どちらもバツイチで。
俺は、今のお袋から生まれた子ではなく。
隼太の本当の父親は、俺の親父ではなく。
俺たちは、血がつながっていなかったんだ。
それでも、俺たちは家族として、今まで暮らしてきた。
けれどそれを、舞衣は受け入れられなかったんだ。
俺たちが、実は血がつながっていなかったという事実を、あいつは受け入れられなかったんだ。
――なあ、隼太。
お前はそれを、受け入れてくれるよな?
◇◇◇
「もっとちゃんと隠してよ! こんなの……知りたくなかった……」
部屋に響くのは、舞衣の悲痛な叫び声だ。
これは、二週間前ほどの出来事。
俺たちの血がつながっていないことを受け入れられない舞衣が、俺に感情をぶつけてきた(第71.5話参照)。
この秘密が原因で、舞衣が自暴自棄になってしまうかもしれない事を、俺は恐れていた。
何故なら彼女は、一度は死のうとしていたのだ。
今回もまた、何をしでかすかわからない。
だから、俺が責任を持って、舞衣の面倒を見てあげなくてはならない。
「舞衣……」
俺はなるべく優しい声で、彼女の名を呼んだ。
舞衣、気づいてほしんだ。
血がつながっていなくても、俺たちは家族だってこと。
そこには絆が、あるってことを。
「お前が真実を受け入れらないことは、俺にもわかってた。だから俺は、お前にちゃんと納得してもらえる理由を、話しに来たんだ」
それを話せば、きっと舞衣も、この事実を受け入れてくれると思うから。
「え? 納得できる理由……?」
「ああ。だから、今から俺が話すことを、よく聞いていて欲しい」
俺は舞衣の肩を掴み、ゆっくりと、話し始める。
「確かに俺たちは、血がつながっていない。それは事実だ。でも、俺たちが今まで過ごしてきた日々は、決して嘘なんかじゃない。そうだろ?」
「……でも、そんなの、嫌だよ。今までずっと、血がつながっていると思ってたのに」
「それにな、舞衣。確かに俺と隼太が全く血がつながっていないのは事実だ。でもな、舞衣は違うだろ?」
「私は、違う?」
首を傾げる舞衣に、俺は教えてやる。
「俺には親父の血が。隼太にはお袋の血が。そして舞衣には、お袋と親父の血、両方が流れている。つまり、俺と舞衣、そして隼太と舞衣は、半分ずつ、ちゃんと血がつながっているんだ」
「半分……ずつ……」
俺の言葉を噛み締めるように、舞衣は呟く。
「だから、俺たちはちゃんと、家族なんだよ。偽りじゃない。本物の、家族なんだ」
「でも、それじゃあ、隼太と正徳は、どうなっちゃうの?」
「さっきも言ったろ? 俺と隼太には、一緒に過ごし、積み重ねてきた時間がある。例え義理でも、兄弟として過ごした時間は本物だ。だから、俺と隼太も、血はつながっていなくとも、ちゃんと家族なんだ」
その言葉を聞いて、安心したように、舞衣は微笑む。
「そっか……。私たちは、ちゃんと家族なんだね。家族の絆は、嘘じゃないんだよね?」
「ああ、もちろん」
「うん……。良かった……」
こうして、舞衣はその真実を、受け入れてくれたんだ。
◇◇◇
そして、現在。
病院の外で、俺は隼太に向かって、その真実を、ついに告げる。
「実はな、俺たちは――」
俺の目を見つめる隼太。
大丈夫だ。お前なら、乗り越えられるさ。
「俺たちは、血のつながっていない、義理の兄弟なんだ」
この真実すら受け入れられないというのなら。
隼太、お前には、世界の秘密を知る価値も、究極の選択をする度胸もないということになる。
だから、これくらいのこと、受け入れてみせろよ。
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