第82話 俺たちの日々は、嘘だった

「俺たちは、血のつながっていない、義理の兄弟なんだ」


 正徳まさのりから告げられる、家族の真実。

 彼の言葉に、俺は困惑してしまう。


「は……? 義理の兄弟って、どういうことだよ?」


 義理の兄弟って、なんだ?

 だって、俺たち兄妹は、物心ついた時からずっと一緒だったんだぞ?

 それが急に、実は俺たちは義理の兄妹なんだと言われて、信じられるわけがない。


「どういうことも何も、そのままの意味だ」

「そのままの意味って……。は? いやいや、どういうことだよ!?」

「だから、俺たちは、血がつながってないって言ってんだよ!」

「血が……つながってない?」


 血がつながってない……だと?


「え、待てよ。待て待て待て! でも、父さんも母さんも、ずっと俺たちを育ててくれていたよな!? じゃあ、なんだ? どういうことなんだ?」


 俺は、頭の整理ができないでいた。


「そうだな。いきなりだと、理解はできないかもしれないな。なら、わかりやすく説明しよう」

「ああ、頼む」


 正徳の言葉に俺は頷き、彼に説明を促す。


「まず、俺は、お袋の子ではないんだ」

「え? 正徳が、母さんの子じゃない?」

「そうだ。俺の本当の母親は、あの人じゃない。俺は、別の人から産まれた子なんだ」

「じゃあ、正徳は、養子ってことか?」

「いや、それは少し違う。何故なら、親父に関しては、俺の本当の父親なんだ」

「え、それってつまり、どういう?」


 要するに、正徳と母さんは血がつながっていない。だけど、正徳と父さんは、血がつながっている……ってことだよな?


「親父はな、離婚してるんだ」

「あ……」


 その言葉で、理解した。

 そうか、つまり……。


「理解したか? そう。つまり、俺は親父の連れ子で、隼太はお袋の連れ子ってわけだ。親父もお袋も、実はバツイチで、一度離婚しているんだ」

「そう……だったのか……」

「まあ、覚えてなくても仕方ないさ。あの二人が再婚した時、お前はまだ赤ん坊だったからな」


 じゃあ、今の父さんは、俺にとって、本当の父親じゃないってことか?

 俺の本当の父親は、別にいるってことなのか?


「じゃあ、舞衣まいは……」


 か細い声で、俺は訊く。


「なんとなく察しはつくだろ? 舞衣は正真正銘、今のお袋と親父から産まれた子だよ」

「そんな……」


 それって、それって……。

 声を震わせながら、俺は、


「つまり、俺たち兄妹は、誰一人として、ちゃんと血がつながっているわけではないってことか?」

「そうだ。俺と隼太に関しては、全く血のつながりはないし、舞衣と俺たちに関しても、半分ずつしか血はつながっていない」

「じゃあ、俺たちは……」


 全てを理解した俺は、改めて、その真実を、口にする。


「本当に、義理の兄妹ってことかよ……」


 俺の言葉に、正徳は静かに頷いた。


「でもな、隼太! 俺たちは……!」

「ちょっと、一人にしてくれ……」


 正徳が何か言いかけたのを遮って、俺は彼から離れて行く。


「隼太……」


 正徳の悲しげな呟きが、俺の耳に響いた。


 ◇◇◇


 病院から少し離れたとこにあるベンチに、俺は一人腰かけていた。

 アスファルトの地面を見つめながら、俺は考える。

 俺たちが、義理の兄妹だった……だと?

 父さんと俺は、実は血がつながっていなくて、俺の身体には、顔を見たこともないヤツの血が流れているっていうのか?

 嘘だ。そんな、バカな……。

 じゃあ、俺や父さん、正徳は、実は他人だったっていうのかよ?

 同じ屋根の下で暮らしているだけの、他人?

 義理の家族?

 俺は今まで、血もつながっていない人達と、一緒に暮らしていたって言うのかよ?

 そんなの、嫌だ!

 嫌に決まっている!

 こんなのおかしいだろ!!

 父さんも、母さんも、正徳も、舞衣も、みんなおかしいだろ!

 なんでそんな簡単に受け入れてんだよ! 納得できない!

 このいびつな家族関係の中で、どうしてあの人たちは、あんなにも仲良くしていられるんだよ!

 気持ち悪い。

 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い‼

 ……そうか。わかったよ。

 俺たちが過ごしてきた今までの日々は、全部ニセモノで、偽りのものだったんだ。

 俺が今まで感じてきた幸せは、全部、取り繕われたものでしかなかったんだ。

 俺は、嘘で塗り固められたあの環境で、見せかけのぬるま湯に浸っていたんだ。

 俺が裏切られていたのは、親友だけじゃなかった。


『ごめんね、隼太君』


 あの辛い日々を乗り越えられたのは、家族がいたからこそだと思っていた。

 でも、そうじゃなかった。

 全部、嘘だった。

 家族すら、嘘だった。


『……どうだ、隼太。最近学校は楽しいか?』

『ああ、楽しいよ。父さん……』

『そうか。それは良かった』


 父さんのあの言葉も。


『うぅ……。みんなこんなにも良い子に育って……。お母さん嬉しいよ。……ありがとね、みんな。このお花、大切にする』


 母さんのあの言葉も。


『も~! 私は二人とも大好きだって何度も言ってるでしょ!? 後、帰ったら三人でゲームしよっ!』

『そうだな。せっかくだし、俺と正徳と舞衣の三人でパーティーゲームでもするか』

『その前に俺との格ゲーが先だからな、隼太。これは譲れねえ。そんでもって、勝った方が、舞衣に思いっ切り抱き締めてもらえるってことで』

『望むところだっての!』

『え~!? なんか私、勝手に賞品にされてるし……。まあいいけど』


 兄妹三人で楽しく遊んだ、あの日々も。

 ――全部、全部、全部! 何もかも!


 ……噓っぱちだったってことかよ。


 ◇◇◇


 俺は父さんがいる病室の前に来て、扉に手をかける。

 勢い良く扉を開けると、中にいる舞衣と母さんが、二人同時に俺を見た。


「隼太……」


 舞衣が呟く。

 それを無視して、俺は歩いて行く。

 ベッドで眠る父さんの前に立った俺は、母さんに話しかける。


「あのさ、母さん」

「戻ったのね、隼太。正徳はどうしたの?」


 どうやら、正徳はまだ病室に戻っていないらしい。


「ごめん。途中で別れたから、正徳がどこにいるかはわかんない」


 あくまでも俺は冷静に、そう返す。


「そう。仲直りはしたの?」

「別に……元々喧嘩なんてしてないよ」

「そう? お母さんには、喧嘩してるように見えたけど?」

「とにかく、もう大丈夫」

「そう、なら良かったわ」


 母さんはそう言って、眠っている父さんの顔を見る。

 俺も、父さんの顔を見つめる。そして、


「――ねえ、俺と父さんってさ、血がつながってなかったんだね」


 俺がそう告げた瞬間、母さんは大きく目を見開いて、俺の顔を見た。


「……正徳から、聞いたの?」

「うん。ついさっきね」

「そう……」


 母さんは一度深呼吸をして、


「ごめんね、隼太。今まで黙っていて。いつかは、言おうと思っていたの」

「ああ、それは、わかってる。普通、言い出しづらいよね、こんなこと」


 どうしてなのかは、わからない。

 わからないけど。

 何故か、母さんの顔を見た俺は、目じりから、涙が溢れ出てしまった。


「うっ……。うぐっ……」


 情けない嗚咽を漏らし、俺は涙をぼろぼろとこぼす。


「隼太……」

「お兄ちゃん、大丈夫?」


 舞衣が俺に近寄ってきて、優しく俺の背中を撫でてくれる。

 ……舞衣。

 その優しさが、今は辛いんだ。


「ねえ、母さん……」


 鼻水が詰まった時のような声を出しながら、俺は母さんに語り掛ける。


「俺、俺さ……。家族みんなに、感謝してるんだ」

「うん」


 母さんは静かに相槌をうって、俺の言葉の続きを待ってくれる。

 俺は溢れる涙を押し殺しながら、続ける。


「今の俺があるのは家族のおかげだって、本気で、そう思ってる」

「うん」

「だけど、ごめん……」


 どうしてなのだろう。

 どうしても、涙が止まらない。


「――俺、意識不明の父さんのこと、素直に心配できなくなっちまったよ」


 父さんと血がつながっていないと知った時、俺の中に浮かんだ、一つの気持ち。

 病室に来れば何か変わるかもしれないと思ったけれど、結局、変わらなかった。

 俺は、父さんに対して、こう思ってしまったんだ。


 ――今、ここで眠っているこの人は一体、誰なんだよ?


 そう、思ってしまったんだ。

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