第63.5話 俺の覚醒

 六月二日。午後二時頃。

 ついに、準々決勝の試合が始まる。

 俺の対戦相手は、宿敵・野沢のざわりょう。

 今日は、今日だけは、絶対にお前に勝ってみせる。

 俺がテニスコートに立つと、野沢が俺の元へ寄ってくる。

 野沢は何やら、赤い木の実のような物を手に持ち、それを咀嚼していた。


「ついに準々決勝だ。お手柔らかに頼むぜ、月宮つきみや……」


 そう言って、野沢は不敵に笑った。

 そんな野沢を俺は睨みつける。


「試合前にそんな変な物食べていていいのか? 腹壊しても知らねえぞ」


 精一杯の嫌味を込めて、俺は言い放つ。

 俺と野沢の間に流れる空気は、どこかピリピリとしていた。

 それも当然だろう。ベスト4を懸けた試合だ。お互い勝ちを譲るわけにもいかない。


「おいおい、そう邪険にするなよ。オレ達は仲間と書いてライバルだろ? 仲良くしようや」


 ニヤけた面でそう言って、野沢は赤い木の実をかじる。


「そういえば月宮、お前は、大会で一度も優勝をしたことがないんだってな?」


 試合前に俺のメンタルを削るつもりなのか、野沢は俺が気にしている事に触れてくる。


「所詮は下級戦士……無様なもんだ」


 明らかに俺の事を貶している野沢の言葉を聞き、俺は唇を噛む。


「要するに、貴様は落ちこぼれだ」


 俺にとどめを刺すように、不敵に笑って野沢はそう告げた。

 そんな野沢の言葉に、俺は薄く笑ってみせた。


「落ちこぼれだって必死に努力すりゃ、エリートを超えることがあるかもよ」


 それは、せめてもの俺の強がりだ。

 だけど、例え虚勢であってもそう口にすることで、俺の中にわずかに希望が生まれる気がしていた。


「……面白い冗談だ。精々楽しませてくれよ、月宮」


 そうして、俺と野沢の試合が始まろうとしていた。


 ◇◇◇


 やはりと言うべきなのだろうか、野沢との試合は、俺が劣勢だった。

 ゲームカウントは4-0で俺が負けている。

 野沢の体からは金色のオーラが放たれており、既に本気モードであることが窺えた。

 最初から本気で戦うあいつに、俺は成す術がなかった。

 それでも、あがくしかない。

 俺はゆっくりと構えて、サーブを打った。

 しかし、野沢はそれをあっさりと打ち返して見せる。


「くっ……!」


 際どいコースを狙われ、俺はなんとかボールに食らいついていく。

 野沢ペースのラリーが何回が続き、やがて俺は、ボールを宙高くに上げてしまう。

 その球は、相手にとって絶好のチャンスボールだ。


「――はあっ!!」


 威勢の良い叫び声と共に、野沢がスマッシュを叩きこむ。

 俺はその球に追いつくことができない。


ラブ15フィフティーン!」


 審判の声が響くと共に、会場の観客も沸く。

 五月の大会のせいもあって、俺と野沢の試合は注目されていた。

 俺としては、良い恥晒はじさらしだ。

 その後も試合が続き、あっという間にポイントは0-40になる。言うまでもないが、0ポイントなのは俺だ。

 ここで点を取られれば、ゲームカウントが5-0となり、さらに野沢との差が広がってしまう。

 何一つ、俺は良い所が見せれていない。

 愛美あいみには今日の試合を見に来てくれなんて言ったけど、こんな事なら、見に来てくれなんて言わなければよかった。

 俺は結局、勝てないのか。

 今年も、ベスト8で終わるのか。

 そうやって、このまま来年も、ベスト8で終わるのか。

 俺はずっと、無冠のままなのかよ……。

 そんな風に、俺が弱気になっていた時。

 その声は、聞こえてきた。


「負けるなぁああああああああああああああああああああ‼」


 テニスコートまで響くその声は、俺の良く知る声だった。

 俺は、声の方に振り向く。


「諦めちゃダメだよ、陽‼ 絶対に、負けないで! 目指すは優勝、だよ!」


 そんなことを言ってくれるのは、きっと、俺にとってのヒロインで。

 俺の視線の先にいたのは、間違いなく、太陽たいよう愛美あいみだった。

 律儀にも、俺の要望通りのテニスウェアとスコート姿で、彼女は立っていた。

 愛美の隣には、何故かチア姿の姫川ひめかわと、普通に私服を着ている影谷。それから、うちの高校の制服を着た結構可愛い女子がいた。


「月宮さーん! 頑張ってくださーい!」


 それは、姫川の声だ。


「ほら、隼太はやた君も応援して!」

「応援してるって。さっきから声出してるじゃん……」

「そんな小さい声じゃ陽に聞こえないよ! もっと大きな声で!」

「くっ……。なんか恥ずかしいんだよ、これ」

「そんなこと言ってたら応援なんてできないよ! ほら、早く!」

「う……。月宮ー! 一応、俺も応援してるぞー!」


 耳を澄ませば、愛美と影谷の微笑ましいやり取りも聞こえてくる。 

 俺は彼らの応援を聞いて、ふっと微笑んだ。


「これは……ちょっと負けてられねえな」


 俺はそう呟くのと同時に、目を瞑り、瞑想する。

 ――刹那。

 俺の身体中を、どこか居心地の良い温かさが支配する。

 何かに包まれているような感覚が、俺を襲う。


「おい、見ろよ! あれ……!」

「まさか……アレって……!」


 観客席から、誰かの声が聞こえてくる。

 俺はそれに構わず、意識を集中させる。

 やがて俺は瞑想を終え、ゆっくりと目を開ける。

 俺の視線の先には、苦々しい表情をした野沢がいた。


「月宮……。お前、なんなんだ、その髪色は……」


 どうやら彼は、俺の髪の毛を見て驚いているらしかった。


「髪……?」


 訳が分からず、俺は自分の髪の毛を触る。しかし、俺の髪の毛に特段変わった様子はない。少なくとも、触った感触では。

 その次に俺が自分の体全体を眺めると、俺の体の周りからは、赤みがかったオーラが出ていることがわかった。

 それは、野沢の体から放出されている金色のオーラに良く似ていた。


「これは……」

「そうか。わかったぞ。貴様……」


 野沢が呟く。


「――まさかそれが、神の領域だと言うのか……?」


 自分で自分の言葉を信じられないとでも言いたげに、野沢はそう言った。


「神……だと? 髪だけに?」


 何がなんだかわからない俺は、とりあえずそう呟いてみる。


「そんなくだらないダジャレを言ってるんじゃねえ! いいか、月宮。理解していないようだから、代わりにオレが教えてやる! てめえの髪は今、赤色に輝いてるんだよ!」

「……は?」


 野沢の言葉に、俺は首を傾げた。

 いやいや、赤色って。俺は生まれてからずっと黒髪なんだが……。


「……まあ、理解してないならそれでもいいさ。例えお前がどんな姿になっても、オレは絶対に負けない!」


 高々と宣言する野沢。


「はあああああああああああああっ!!」


 自らの体に力を込めて、野沢はうなった。

 すると、先ほどまで黒髪だった野沢の髪の毛が、金髪に変わった。

 なんだこれ……。なんか、今ここで、ものすごく非現実的な事が起きている気がする……。


「こいつがスーパー野沢りょうだ!」


 出たよ。スーパー野沢りょう! この前の大会でも言ってたやつ!


「ここからが本当の勝負だ……。かかってこい、月宮!」


 野沢のその言葉を聞いて、俺はサーブの構えに入る。


「いっちょいくぜ!」


 そんな叫び声と共に、俺はサーブを打ち放った。

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