第63.75話 俺は壁を乗り越える
俺が打ち放ったサーブを、
「
審判の叫び声が聞こえてくる。
これが、俺の初得点。
「……さあ、こっからだぜ」
俺は呟いた。
「……やっと面白くなりそうだ」
野沢も俺のサーブを見て呟いた。
そして、俺はまたサーブを打つ。
それは、先ほどのサーブよりもさらに研ぎ澄まされた剛速球だった。
「そんな球、もう見慣れたぜ! はあぁっ!」
しかし、いとも容易く野沢はリターンを決める。
「まただ! またボールが割れたぞ!」
観客席から驚きの声。
野沢が打った球は、真っ二つに割れていた。
それはまるで、前の大会の再現のようだった。
あの真っ二つに割れた球に俺は動揺し、球を打ち返せず、負けてしまった。
――だが、同じ手は通用しない!
俺は二つに割れた球の、どちらも返してやるつもりで球を追いかける。
「ふっ。スポーツをしてるんじゃないんだよ! これは、人間を超えた者同士の戦いだ! とっくの昔に、テニスの領域は超越している!」
ボールを追いかける俺を見て、野沢がそう叫んだ。
確かにな。ボールが真っ二つに割れたり、俺の髪の毛が赤色になったり、これはもう、スポーツなんかではないのかもしれない。
人間を超えた者同士の戦い。
そう。それはまるで、神と神の戦いと言っても過言ではなくて。
俺は片方の球を打ち返す。
それからすぐに、もう片方の球へと駆け寄り、ラケットを振るう。
「くっ……。重い……!」
打ち返そうとしたもう片方の球は、俺の想像以上に重い球だった。
――だが。
「返せない球じゃないんだよ!」
俺が打ち返した球を、野沢は自身のラケットで受け止める。
「無駄だ!」
俺が叫ぶと同時に、野沢はボールと一緒にコート外へ吹っ飛ばされる。
「くっ……!?」
野沢は壁に体をぶつけ、そのまま倒れこんだ。
「
俺に点を取られたにも関わらず、野沢は笑っていた。
「……くくっ。ようやく理解したみたいだな、月宮」
倒れ込んでいた野沢はその場で立ち上がり、ラケットを手に持つ。
「そうだよ。それでいいんだ。……これはもう、テニスなんかじゃない」
野沢はニヤッと口角を上げ、宣言する。
「――これは、テニヌだ」
そう。俺も薄々勘付いていた。
これは、真面目なテニスなんかじゃない。
俺たちがプレイしているのは……テニヌなんだ。
「テニヌ――テニスを超えた何か……か」
そう呟いて、俺もニヤッと笑う。
「上等じゃねえか!」
これから起こることを、深く考えるのはナシだ。
物理法則を無視した出来事だろうがなんだろうが、関係ない。
勝てるなら、それでいい。
「いくぞ、野沢!」
そこから、怒涛の試合展開が繰り広げられた。
両者一歩も退かず、試合はタイブレークに突入した。
タイブレークでは、先に7ポイント取った方が勝ちになる。
現在の得点は、5-5。どちらかが連続で2ポイント取った時点で、この試合の勝敗が決まることになる。
つまり、そろそろ決着が着く頃だ。
現在のサーブ権は俺。
俺はトスを上げて、サーブを打つ。
俺が打った球を、野沢はドロップしてくる。だが、それはただのドロップじゃない。
「ボールが全く弾まないドロップショット……。月宮に返せるかな?」
煽るようにそう口にする野沢。
ボールが全く弾まない?
――ならば、
「バウンドする前に返せばいい。それだけの事だ」
ネット前まで駆け抜け、俺は球を返す。
それも、ただの球じゃない。
ボールに異常なまでの回転をかけ、現実ではありえない程にボールが曲がるショット。
「これで……決める!」
相手のコートにボールがバウンドする。
そのボールは、野沢がラケットを構えていた位置とは逆方向に跳ねていく。
「くっ……! そっちか……!」
野沢は必死に球に飛び着き、なんとかラケットでそれを返す。
しかし、球は天高くに跳ね上がり、俺にとって絶好のチャンスボールとなる。
「まだまだだね……」
俺はそう呟いて、スマッシュを打つ。
「まだだ……!」
野沢はスマッシュをラケットで捉えるが、あまりの球の重さに、ラケットは彼の手を離れて遠くへ飛んでいく。
「
これで俺の得点。後一点だ。後一点で、俺の勝ちだ!
続いて、野沢のサーブ。
野沢が構えて、サーブを打った。
「――‼」
野沢のサーブに、俺は反応できない。
「
6-6。つまり、デュース。ここからは、先に連続で2点取った方が勝ちとなる。
「……ここでツイストサーブかよ」
俺は呟いた。
野沢が今放ったサーブは、ツイストサーブと呼ばれる物だった。かなりキレのあるサーブだ。
明らかに高校生が打てるレベルのサーブじゃない。だが、テニヌであればこれも普通か……。
チェンジコートをしている間、軽く観客席の方へと目を向ける。
視線の先には、
「
愛美の応援の声を聞いて、俺は俄然やる気が湧いてくる。
……愛美の応援があれば、いつまでだって頑張れる気がする。
愛美のためにも、自分のためにも、絶対に負けない!
チェンジコート後。
「さあ、決めるぜ!」
そんな叫び声と共に、野沢がサーブを打った。
またツイストサーブだが、今度は難なく打ち返す。
何度かラリーが続き、野沢がスマッシュを打ってきた。
「甘いっ!」
俺はそう叫んだ。
俺にはまだ、残された技がある。
「はっ!」
これが、俺の新技。
スマッシュを完全に無効化させる技。
相手のスマッシュを返し、ベースライン際に落とす技。
「――反応できないだろ?」
スマッシュを打った直後の野沢は、俺が返した球に反応できず、その場から一歩も動けなかった。
「
響く審判の声。
次に俺が得点を取れば、俺の勝ちだ。
ついに、ここまで来たんだ。
次で絶対に決める。
幸い、次のサーブ権は俺にある。ならば……あの技で決めるしかない。
俺は手に持つボールをポンポンと床にバウンドさせながら、目を瞑る。
『私は、ちゃんと観てたよ。陽がいつも遅くまで、テニスの練習してる姿を。だから、辛い時は、泣いてもいいんだよ』
それは、一年前、俺が高校生になって初めて出場した大会で負けた時、愛美から言われた言葉だ。
あの言葉に俺は救われ、愛美に惚れた。
『私は陽のこと、応援してるからね! 部活も、恋も! どっちも! だから、頑張ろう!』
いつだって愛美は、俺のことを応援してくれていた。
愛美の応援があったから、俺はここまで来れたんだ。
いい加減、彼女の応援に応えるべき時が来ただろ。
いつまでも負けてなんていられない!
無冠という汚名を振り払う!
俺は目を開け、サーブを打つ構えに入る。
トスは上げずに、アンダーサーブを俺は打ち放った。
それを見て、野沢は笑う。
「ふっ。今更アンダーサーブ如きで意表を突かれるとでも思ったか!」
「……思ってないさ」
アンダーサーブで意表を突けないことは想定内。
俺の技は、ここからが見せ場だ。
――勝った。
俺は確信する。
何故なら、野沢は俺の技に気づいていないのだから。
サーブを普通に打ち返そうとしている野沢に、俺は澄ました顔で言い放つ。
「――その打球、消えるよ」
そう。消えるサーブ。それが、俺がこれまでずっと隠していた技だ。
「なにっ!?」
野沢が気づいた時には、もう手遅れ。
「――俺の勝ちだ、野沢」
ボールは空中で姿を消し、再び見えるようになった時には、コートの上で転がっている。
「ゲームセット! ウォンバイ月宮!」
それからどっと観客席が沸いた。
「サーブが消える……だと!? ……そんなのありかよ!」
驚愕する野沢に、俺は言う。
「ありなのさ。……だってこれは、テニヌなんだから」
まあ、正確には消えたように見えるだけで、実際には消えていないのだけど、その説明を今ここでする必要はないだろう。
俺は野沢と握手を交わし、その場を去る。
俺が観客席の方へ向かうと、真っ先に俺に近づいてきたのは愛美だ。
「陽! やったよ! 勝ったよ‼」
「……バカ。まだ優勝したわけじゃないだろ。油断はできない」
「でも! ……それでも!」
愛美は感極まったのか、その場で泣き出してしまう。
「……やっと準決勝だよ、陽。やっと、ベスト8の先へ、進んだんだよ……! 優勝したわけじゃないけど、これは、大きな一歩だよ……!」
「……ああ、そうだな」
こういう大きな大会では初となる、準決勝進出。
一年前からずっと俺の事を応援してくれていた愛美からしてみれば、それは、泣き出してしまうくらい嬉しいことなのかもしれない。
「やっと、ベスト4だ……」
俺も感慨深げに、そう呟いた。
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