第63話 その日、俺は美少女と出会った

 午後一時頃。

 俺は姫川ひめかわさんと黒崎くろさきの二人を連れ、愛美あいみの家へやってきた。


「ここが愛美さんの家ですか……」


 姫川さんが物珍しそうな顔をしながら、愛美の家を見ていた。


「これが女子の家か……。意外と普通だな……」


 黒崎も愛美の家を見て感想を呟く。


「お、三人とも来たねー」


 玄関から顔を出した愛美が、俺たちを見てそう言った。


「あれ? お前まだ制服のままなの?」


 愛美はまだ着替えをしていないようだった。


「うん。今から着替えようと思って。隼太はやた君、私が着替えてるとこ見たい?」

「別に……」

「見てもいいよ?」

「見なくていいです」


 俺は「はあ……」とため息をつきつつ、


「それより、早く着替えろよ」


 俺がそう言うと、愛美が姫川さんと黒崎の顔を見て、二人を手招きした。


真莉愛まりあちゃんと黒崎君、ちょっと私の家に入ってくれるかな?」


 黒崎と姫川さんは顔を見合わせ、キョトンとしている。


影谷かげたにさんではなく、私たちですか?」


 姫川さんが自分の顔に指差ししながらたずねる。


「そう。真莉愛ちゃんと、黒崎君」

「ぼ、ぼぼぼぼ僕が太陽たいようさんの家に入るんでしゅか!?」


 相変わらず黒崎は挙動不審だ。後噛みすぎ。いい加減慣れろ。


「うん。二人とも、私の部屋まで来てくれるかな?」


 言いながら、愛美は俺の事をチラリと見た。


「あ、そういえば、隼太君は私の部屋に入ったことなかったよね? ……そっか~。ということは、私の部屋に初めて入る男の子は、隼太君じゃなくて黒崎君になるわけだねっ! そっかそっか~」


 ニヤけた面をしながら俺を見る愛美。


「……ふん。別にどうでもいいな」


 俺は腕を組んで、ぶっきらぼうに答える。


「あれれぇ~。本当にいいのかな~? 私の部屋で、黒崎君と私があんな事やこんな事をしててもいいのかなぁ~?」


 明らかに俺をからかっている愛美。

 俺はからかわれていることに気づきながらも、大きな反応は示さない。


「姫川さんもいるんだから、なんにも起きないだろ」

「ふ~ん。隼太君がそんな態度なら、本当に何が起きても私、知らないよ?」

「何か起こすつもりなのかよ?」

「さあ、どうだろうね?」


 俺はポリポリと頭を掻きつつ、


「なんだよ? 何がしたいんだよお前」


 そう訊ねると、愛美はそっぽを向きながら、


「別に……。ちょっと隼太君に嫉妬してもらいたかっただけだよ……。隼太君って、私が他の男の子と話してても全然嫉妬とかしてくれないし」


 愛美は身体をもじもじとくねらせながら言った。


「嫉妬してほしいのかよ?」

「だって……なんか、そうしないと、隼太君が私から離れていっちゃう気がして……」

「はあ……。なんか愛美って、面倒臭い女だよな」

「むー。そうですよー。私は面倒臭い女ですよーだ」

「こっち向けよ、愛美」


 愛美にそう言うと、俺と愛美の目が合った。

 それから俺は、愛美の不意を突くように、彼女の唇を奪った。

 近くで俺たちのことを見ていた姫川さんと黒崎は、目をまん丸に開けていた。

 数秒後、俺は愛美の唇から自分の唇を離し、


「これで満足か?」


 なんか、自分でも随分とキザなことをした自覚はあるけど。

 こうでもしないと愛美は満足してくれそうになかったから、仕方ない。


「う、うん。ありがと……隼太君……。急過ぎてちょっとびっくりしたけど……」


 愛美は頬を赤く染めながら、俯いていた。


「か、影谷さんも中々やりますね……」

「僕は何を見せられてるんだ……」


 姫川さんと黒崎が、そんなことを呟いていた。


 ◇◇◇


 愛美が姫川さんと黒崎を家の中へ連れて行った。

 俺は現在、愛美の家の前で一人、佇んでいる。


「うわあああああああああああああ!? ちょっ!? 何をする!? やめろっ!!」

「黒崎く~ん。動いちゃダメだよ~。まだ終わってないんだから~」

「影谷ぃ! 今すぐ僕を助けろっ! 影谷ぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 家の中から黒崎の悲鳴が聞こえてくる。

 一体家の中で何が行われているんだ……。


「あ、こらっ! 黒崎君逃げちゃダメっ! 真莉愛ちゃん、黒崎君の動きを止めてっ!」

「了解です! さあさあ黒崎さん! 観念してください!」

「影谷ぃ! 何してる!? 今すぐ家の中に来い! 僕がどうなってもいいのか!?」


 黒崎のあまりに悲痛な声に、俺の心が痛む。

 ……さすがに助けに行ったほうがいいか?

 俺はそう思い、玄関の扉に手をかける。

 ガチャガチャ。ガチャガチャ。

 しかし、どれだけ力強く扉を開こうとしても、扉はびくともしなかった。どうやら鍵がかかっているようだ。


「無駄だよ黒崎君! 玄関には鍵をかけておいたから、隼太君は入ってこれないよ!」

「な、なにっ!?」

「愛美さん! 今です! 黒崎さんを拘束しました!」

「ナイスだよ真莉愛ちゃん! さあ、黒崎君! 大人しくしててね? すぐに終わるからね?」

「待てっ! こんなことするなんて聞いてない! や、やめっ……! ああああああああああああああああああああ!!」


 愛美の家では、黒崎の悲鳴が響き渡っていた。


 あれから数分後。

 ようやく玄関の鍵が開き、愛美が姿を現した。


「隼太君! お待たせっ!」


 満面の笑みで俺の前に立つ愛美は、何故かテニスウェア姿だった。


「え……。愛美、お前テニスの試合でもするの?」


 俺は愛美を指差してそう言った。


「違うよー。今日はこれでようの事応援するんだよー」

「は、はあ……。そうですか……」


 よくわからないけど、俺はそれ以上は追及しなかった。


「どうかな? 似合ってる?」


 愛美が頬を赤らめながら訊いてくる。


「まあ、似合ってるけど」

「やった! じゃあ、もう一回キスしよっか?」

「なんでだよ。しねえよ」

「むー。いいじゃん。キスくらい。何回したってさ」

「また今度な」


 俺は愛美を軽くあしらって、それ以上に気になっていたことを愛美に訊く。


「姫川さんと黒崎は? ……特に黒崎、なんかヤバそうだったけど」

「あ、そうだね。では、お披露目といきましょう! まずは真莉愛ちゃんから! 真莉愛ちゃん! 出てきていいよー!」

「はーい!」


 姫川さんの声が聞こえると、彼女は家の中からひょいっと姿を現した。

 彼女の姿を見て、俺は言葉を失った。


「なんですか影谷さん? あんまりじろじろ見ないでくれませんか?」

「……テニスウェアの次はチアかよ。なんなのこれ? コスプレ大会でもするつもりか?」


 俺はそう感想を述べた。

 姫川さんはチアリーダーの衣装を着ていた。しかも、かなり際どい衣装だ。ちょっとしゃがんだだけでパンツ見えそうなんですけど。まあ、見られてもいいやつを穿いてるとは思うけど。

 それでも、なんだかちょっとドキドキしてしまう。


「真莉愛ちゃん可愛い~。これなら絶対陽も喜ぶよ~!」

「ほ、ホントですか!? 月宮さん、喜んでくれますかね!?」

「ぜっっっったい喜ぶよ! もう陽なんてイチコロだよイチコロ!」

「へへへ。そうですかねぇ~」


 愛美に褒められて姫川さんは照れていた。

 とりあえず、あまり姫川さんのことは直視しないようにしよう……。


「よし。ではでは、お待ちかね! 最後は黒崎君です! 黒崎君、どうぞ~!」


 愛美が快活にそう告げる。

 この流れだと、黒崎も何かしらのコスプレをしてるってことだよな……。

 俺は期待の眼差しを向けるが、一向に黒崎が玄関から出てくる気配がない。


「あれ~? 黒崎君、もしかして恥ずかしがってる?」


 愛美は一度家の中に入っていく。


「黒崎君、出てきていいよ~?」


 優しい声音で愛美が呼びかける。


「嫌だ! 絶対に嫌だ!」


 子供のように駄々をこねる黒崎の声が聞こえてきた。


「黒崎さん! ファイトです!」


 姫川さんが黒崎にエールを送る。


「くっ……。わかった。出るから! その代わり、影谷!」


 黒崎は家の中から俺を呼んだ。


「なんだ?」

「絶対笑うなよ!? 振りじゃないからなっ!?」

「わかったから、早く出てこいよ。月宮の応援行かなきゃなんだから」

「……わかった。今出る……」

「では、改めて! 黒崎君の登場で~す! 拍手!」


 愛美がそう言いながら玄関の扉をガチャリと開いた。

 俺と姫川さんはパチパチと拍手しながら黒崎を待つ。

 そして、玄関から姿を現したのは――。


 ――紛れもない、美少女だった。


「え……。もしかして黒崎……?」


 俺は目を見開きながら、目の前の美少女に訊ねる。


「そうだよ……。悪いか?」


 俺のことを睨みつけながら放つその声は、疑いようもなく黒崎の声だった。

 黒崎はうちの高校の女子制服を着ていた。

 恐らく愛美から借りたのだろう。


「隼太君、感想は?」


 愛美が笑顔でそう訊いてくる。


「すっげえ可愛い……」

「なっ!? 影谷! 貴様っ!? からかってるのか!?」

「いやいや、からかってねえよ。マジだって」


 正直、彼が黒崎だと知らなければ、俺は目の前の彼の事を女子だと勘違いしていただろう。

 そのくらい黒崎の女装には違和感がなかった。


「だよね~。私もね、黒崎君は女装の素質があると思ってたんだよね~。なので、腕によりをかけました!」


 愛美は誇らしげな顔をしていた。

 ここまで黒崎が美少女に仕上がったのは、少なからず愛美のテクニックも関係しているのだろう。


「ほら、だから言ったでしょ黒崎君! 隼太君は絶対笑わないって!」


 愛美は黒崎を見てそう言った。


「確かに笑われはしなかったけど、なんか複雑な気分だ……」

「ということで! 今日はこの格好で陽の応援に行きたいと思いまーす!」

「えぇ!? 僕もこのまま行くのか!?」

「大丈夫だよ! 黒崎君、正直うちの女子生徒にしか見えないし! 多分陽も気づかないんじゃないかな?」

「全く気づかれないのはそれはそれで問題な気が……」

「いいからいいから! では、出発進行~!」


 そして、愛美が先導して歩き出した。

 俺たち三人も、仕方なく愛美について行く。

 俺は、隣を歩く黒崎に声をかける。


「黒崎……」

「なんだよ……。やっぱり僕を笑うのか?」

「お前……愛美と自然に喋れてたじゃん」

「え……。ああ……確かにそうだな……」


 どうやら黒崎は気づいていなかったらしい。

 愛美の方も狙ってやっているのかは知らないが、上手いこと黒崎と仲良くなることに成功したらしい。

 黒崎が気軽に話せる相手が増えたことを嬉しく思いながら、俺は駅前へと向かうのだった。

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