第62話 俺が誘わなくたって

 六月二日。金曜日。

 今日はついに、月宮つきみやにとって運命の日だ。

 昨日から月宮はテニスの大会に参加しており、昨日は団体戦があったらしい。

 そして今日。大会二日目は、個人戦があるらしい。

 今日は金曜日。つまり、平日だ。月宮は大会のため学校を休んでいるが、俺は普通に学校へ来ている。


隼太はやたくーん」


 一限目の授業が終わったタイミングで、愛美あいみが俺に声をかけてきた。


「愛美、どうした?」

「今日も人少ないねー」


 教室を見渡しながら、愛美は言った。

 この時期はテニス部だけでなく、さまざまな部活の大会が一斉に行われる。

 昨日も今日も、ほとんどの部活が大会に参加するため、必然的に学校に登校してくる生徒や教師が少なくなっていた。

 今日学校に登校しているのは、部活に入っていない生徒か、夏に大会がある野球部の生徒くらいなものだろう。


「隼太君、今日午後からようの応援に行くよね?」


 当然の事のように、愛美が訊いてくる。

 ほとんどの生徒が休んでいることもあり、昨日や今日の授業は午前で終わることになっていた。

 つまり、俺たちは午後からフリーということになる。

 学校側も、午後から時間のある生徒はなるべく大会の応援へ行くことを推奨していた。

 俺の場合、去年なんかはそういうことに全く興味がなかったため、午後からは家でだらだらと過ごしていたものだ。

 だが、今年は少し状況が違う。


「応援行くよね? 隼太君?」

「ああ。行くつもりだよ」


 愛美や月宮たちと知り合って、俺の生活は大きく変わった。

 それが良かったのかどうか訊かれれば、俺は「良かった」と答えるだろう。

 一年の時よりも学校生活が充実している。その実感が、俺にはあった。


「オッケー! じゃあ、隼太君! 午後一時に私の家集合ね? 遅刻厳禁だからね?」

「お前も、一時までに着替えとか済ませとけよ?」

「わかってるよー!」

「ホントにわかってんのか?」


 前は愛美の家の前で相当待たされたからな……。


「愛美さん! 影谷かげたにさん!」


 俺と愛美が話していると、姫川ひめかわさんが俺たちの会話に乱入してきた。


真莉愛まりあちゃん! どうしたの?」

「お二人も今日、月宮さんの応援に行くんですよね!? 私も是非、ご一緒させていただけないでしょうか?」

「いいね! 真莉愛ちゃんも一緒に行こう! この前みたいに、駅前で待ち合わせでいいかな?」

「はい! 是非!」

「あ! 待って。私今良いこと思いついちゃった! 真莉愛ちゃん、やっぱり私の家まで来てくれない?」

「え? 愛美さんのご自宅ですか? でも私、愛美さんの家を存じ上げないのですが……」

「大丈夫! 隼太君が案内してくれるって! ねー、隼太君!」


 ニコっと俺に微笑みかける愛美。

 その笑顔は、俺に有無を言わせないものだった。


「……わかったよ。俺が姫川さんを愛美の家まで案内すればいいんだな。じゃあ、姫川さん、十二時半くらいに学校来れるかな? 一回学校で待ち合わせして、そこから愛美の家に向かおうと思うんだけど……」

「了解です! 十二時半に学校集合ですね!」


 姫川さんは終始笑顔で、今日をずっと楽しみにしていたみたいだった。

 ……月宮、これは負けたらヤバいかもな。なんて、俺はいらぬ心配をしてしまう。

 愛美と姫川さんが今日の事について話し合っている中、俺は一人、とある生徒の席へ目を向ける。

 そいつはやっぱり、いつもみたいに一人で読書していて。

 華やかな雰囲気をかもし出している愛美たちとは大違いで。

 まるで、去年の俺を見ているみたいだった。

 今もずっと孤独な彼を見ていると、俺は無性に悲しくなってしまう。

 あいつも誘ってやろう。

 俺はそう思って、彼のもとへ向かおうと一歩足を踏み出した。その、刹那――。


黒崎くろさきくーん! ちょっとこっち来てよー!」


 俺の彼女である愛美は、そいつに声をかけていた。

 一人で読書していた黒崎は、愛美に声をかけられたことに動揺しながらも、俺たちの方へ近づいてくる。

 黒崎は俺の隣に立つと、愛美に話しかける。


「な、ななななんでしゅか太陽たいようさん?」


 黒崎はありえないくらい挙動不審で、笑ってしまうくらい噛んでいたけど。


「黒崎君も、一緒に陽の応援、行こうよ!」


 愛美はそんな黒崎にも、みんなと変わらない笑顔で話しかけていて。


「え、あぅ……。ぼ、僕が、ですか? え、え……。僕を誘ってくれるんですか? え、お、おい影谷! 僕はどうすればいい!?」


 俺の裾を掴んだ黒崎を見て、相変わらずだなぁなんて俺は思う。

 それでも、黒崎の周りの環境も、確実に変わってきている。

 そうだよ。黒崎はもう、一人じゃないんだ。


「それはお前が決めることだろ? 黒崎」


 俺は彼に微笑んで、そう告げる。

 黒崎、お前はまた一歩、成長するんだ。


「ぼ、僕が……」


 黒崎は俺の裾を掴むのをやめ、愛美のことを見る。

 それはまるで、親離れする子供を見ているようだった。


「どうする? 黒崎君?」


 愛美もまた、黒崎を見て微笑んだ。


「私は、できれば黒崎君にも応援に来て欲しいけど。無理にとは言わないよ」

「わ、私も、影谷さんよりは黒崎さんと一緒に応援行きたいです!」


 なんか姫川さんが軽く俺を傷つけに来てたけど、それでも、愛美だけでなく姫川さんも、黒崎と一緒に応援へ行きたいようだった。

 二人の言葉に、黒崎は――。


「僕なんかが、一緒に行っていいなら……一緒に、行きたい……です……」


 最後の方は小さな声になってしまったけど、黒崎は確かに、自分自身の言葉と意思で、そう言った。


「よしっ! じゃあ決まりだね! 黒崎君も一緒に行こう! ってことで隼太君、真莉愛ちゃんと一緒に黒崎君も私の家まで連れてきてね?」

「わかったよ。じゃあ黒崎、今日の十二時半頃、学校に来てくれるか? 愛美の家まで案内するから」

「あ、ああ……。わかった……」


 そう言って、黒崎はほんの少しだけ微笑んだ。


 俺は黒崎に、去年の自分を重ねてしまっていたけど、どうやらそれは間違いだったみたいだ。

 今の黒崎は、去年の俺とは違う。

 黒崎は黒崎なりに、他人に歩み寄ろうとしているんだ。


「黒崎……」


 俺は黒崎を見て、呟いた。


「なんだよ……影谷」


 ぶっきらぼうに応じる黒崎。


「愛美に惚れんなよ?」


 俺はニヤッと笑いつつ、黒崎をからかった。


「ほ、惚れるかバカ! っていうか、僕なんかが誰かに惚れても、叶わぬ恋だってのは理解してるんだよ! 叶う事のない無駄な恋なんてするわけないだろ!」


 はっきりとした口調で、黒崎はそう言った。

 黒崎が恋をしない理由はひどく悲しいものだったけど、黒崎ならいつか、そんな自分も変えられるはずだと、俺は信じてる。

 ……愛美、黒崎を誘ってくれてありがとな。

 俺は心の中で、親愛なる彼女に感謝した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る