第61.75話 俺は絶対勝ってみせる

 愛美あいみが去った数分後、俺の元に姫川ひめかわが来た。


月宮つきみや……さん……」


 姫川が俺の名を呼んだ。


「姫川、どうした?」


 俺は今の自分に出来る限りの笑顔を振りまいてみせた。

 先ほど愛美と話したおかげで、試合に負けたという精神的なダメージは和らぎつつあった。


「月宮さんにお話があるんですけど……お時間頂けますか?」


 普段よりも丁寧な口調で、姫川は言った。

 彼女の深刻な表情に、俺はもしや……と思う。

 もしかして本当に、姫川は、俺に……。


『……告白かもよ?』


 ついさっき愛美に言われた言葉が、俺の脳裏を過ぎる。

 ……くそ。愛美が変なこと吹き込んできたせいで、妙に意識しちまうじゃねえか。


「話ってなんだよ?」


 俺はそわそわとしながら、姫川に問う。

 すると、姫川は何度か深呼吸する。

 ゆっくりと時間をかけて深呼吸をした後、彼女は頬を赤らめつつ、切り出した。


「――単刀直入に言います。私、月宮さんのことが好きです! 付き合ってください!」


 ……愛美の予想は、見事的中していた。

 姫川は本当に、俺に告白をしてきた。

 いくつになっても、こういう雰囲気は苦手だ。

 俺自身、何度か女子に告白というものは受けたことがある。

 それでも、全く慣れる気配がない。

 女の子から告白される度、俺の心は傷ついていく。

 友達だと思っていた女の子から告白され、俺は彼女たちの告白を毎回断ってきた。

 そして、俺が告白を断れば、俺に告白をしてきた女の子は必ず辛そうな表情になる。あまりの辛さに、泣き出してしまう子さえいた。

 そういう女の子たちを見ていると、なんだかこっちが悪いことをしている気分になって、罪悪感にさいなまれる。

 ああ、俺はいけないことをしてしまったんだと。そう思い、俺の心は傷ついていく。

 友達だったその子たちとは気まずい関係になり、だんだんと疎遠になっていく。中には関係が続く女の子もいるけど、やっぱり、今まで通りというわけにはいかない。

 そして、何よりも辛いのは。


 ――俺が好きになった子に限って、俺を恋愛対象として見てくれないという事だ。


 今回もまた、そういう事らしい。


「……姫川。ありがとう。勇気を出して俺に告白してくれたことは、本当に嬉しいよ」


 告白を断る時の常套句を、俺は淡々と述べていく。


「でも、ごめん。俺、好きな人がいるんだ。姫川も知ってるよね?」


 やっぱり姫川は、今にも泣き出しそうな顔をしている。

 いつもそうだ。

 俺に告白してきた女子は、みんなそんな顔をするんだ。


「月宮さんの好きな人は……愛美さん、ですよね?」

「うん。そうだよ。だから、姫川とは付き合えない」


 姫川は俯いて、震える声で呟く。


「……振られることは、正直、わかってました。でも、もしかしたら……なんて、どこかで考えてしまった自分もいて……。それでもやっぱり、振られてしまって。当然、振られることは、悲しくて……。でも、それでも、私は……」


 そこで一度、姫川は言葉を区切る。

 彼女は前を向いて、俺の目を見た。


「――諦めないって、決めたんです!」


 彼女の目は、希望を捨ててはいなかった。

 真っ直ぐに前を向いて、目的地に向かってしっかりと歩いて行く。

 そういう強さが、姫川にはある気がした。


「月宮さん、私とLINEを交換してください。それくらいは、いいですよね?」

「ああ、それは構わないけど……」


 姫川はスマホを取り出して、ニコリと微笑んだ。

 その笑顔に、なんだか俺は、励まされていた。

 俺も頑張ろうと、そう思えた。


「姫川は、諦めなければ夢は叶うって思うか? 努力は報われるって思うか?」


 どうしてだろう。

 そういうことを、彼女に訊いてみたくなったのだ。


「思います。だって、そうでなければ、人生はとてもつまらないものになってしまいますよ?」


 姫川は笑顔でそう語る。

 彼女の言葉に、俺も微笑んだ。


「……もしも、出会う順番が逆だったなら、俺は愛美じゃなくて、姫川に惚れてたかもな」


 そんな言葉が、自然と口をついて出た。


「今からでも遅くないですよ?」


 からかうように笑う姫川。そんな彼女を見て俺は、ああ、君もそんな風に笑うんだなと、初めて知った。

 その笑顔は、愛美にとても良く似ていた。


「……でもそれは、やっぱりもしもの話でしかない。俺は、愛美が好きなんだ。理屈じゃないんだ。……だから、ごめんな。姫川」


 そう。これは俺の持論だが、恋は理屈じゃない。

 だから、もしもの話なんて意味がない。

 確かに、愛美よりも先に姫川に出会っていたら、俺は姫川に惚れたのかもしれない。

 でも実際は、俺は姫川よりも先に愛美に出会い、愛美に恋をしている。

 だから、姫川を好きにはならないんだ。

 その事実は、姫川にとっては残酷なものなんだろうか。


「月宮さんが何と言おうと、私は諦めませんよ。あなたが私の魅力に気づいてくれる日を、いつまでも待っています」

「……そうか」


 力強い姫川の言葉に、俺は微笑んだ。

 この時俺は、決めたんだ。

 部活も、恋も、どっちも俺は諦めない。

 覚悟しろ、野沢のざわりょう。

 覚悟しろ、影谷かげたに隼太はやた


 ――最後に勝って笑うのは、俺だ。

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