第61話 俺と月宮陽

 昼休み。

 俺は人気ひとけのない特別棟に月宮つきみやを呼び出していた。


「月宮、お前に報告があるんだ」


 月宮と二人きりの空間で、俺は彼にそう切り出した。


「……なんだよ?」

「もしかしたら、俺が今からする報告は、お前を傷つけてしまうかもしれない。それでも、いいか?」


 俺は彼の目を見据え、そう言った。


「ああ、いいよ。なんとなく、覚悟はできてる」


 月宮は拳を握り締めながらそう応じる。

 恐らく月宮にとって残酷な真実を告げるため、俺は口を開く。


「――俺と、太陽たいよう愛美あいみは、正式に付き合うことになった」


 俺がそう口にした瞬間、


『俺と美優みゆは、付き合うことになったんだ』


 蘇る、あの日の記憶。

 俺のかつての親友・新庄しんしょう優希ゆうきが、俺に告げた言葉。

 その言葉と、俺が今発した言葉は、とても良く似ていた。

 ……だからなんだっていうんだ。

 あいつと俺は違う。絶対に。

 俺の言葉に、月宮は薄く笑った。


「ふっ……。そうか……。ついに、優柔不断男が決断したってわけか」


 月宮は前に、俺の事を優柔不断男だと言った。

 それは、愛美のことが好きなのかどうかわからないと言った俺に対して、彼が放った言葉だ。


「やっぱり影谷かげたには、愛美のことが好きだったんだな」

「ああ、そうだ」


 そうだ。俺はずっと、愛美のことが好きだったんだ。


「まあ、いずれこうなるとは思ってたさ」


 月宮はどこか遠くを見ていた。


「影谷と愛美が正式に付き合う。そういう日が来るって、わかってた」

「月宮……」


 俺は、彼になんと声をかけてあげればいいのかわからない。


「同情なんてするなよ、影谷。お前は何も間違っていないんだから」

「………………」


 何も、間違っていない。

 そうなのかな……。俺は、間違っていないのかな。

 愛美と俺が付き合って、それで、これからどうなるんだろう。

 月宮はどうするのだろう。姫川ひめかわさんはどうするのだろう。

 いや、他人の心配なんてしても、しょうがないよな。


「俺も、そろそろ決着をつけるよ」


 月宮はそう呟いた。


「決着をつけるって……どうするんだよ?」

「告白するのさ、愛美に」

「告白……か」

「別に、彼氏がいる女に告白しちゃダメなんてルールはないからな」

「まあ、そうだけど……」

「怖いか? 影谷?」

「怖いのは、月宮の方じゃないのか……」


 俺は、月宮の顔が見れなかった。

 月宮は今、何を考えているのだろうか。

 わからない。俺にはわからないんだ。


「……そうだな。愛美に告白するためには、まず、テニスを頑張らなくちゃな」


 月宮の言葉に、俺は首を傾げる。


「テニス……? 告白と何か関係があるのか?」

「関係ないけどさ……。俺、ずっと前から決めてるんだよ。テニスで良い結果残せたら、愛美に告白しようって。だから、六月の県大会で納得できる結果が残せたら、愛美に告白するよ」

「残せなかったら……?」

「その時は……告白はしないで、そのまま愛美の事は諦めるよ」

「いいのかよ……それで……。後悔は、しないのかよ!」


 自分の事じゃないのに、俺は叫んでいた。

 きっと月宮は、ベスト8に残ったくらいじゃ納得しない。それは、今までの月宮を見ていればわかる。

 だからといって、月宮がそう簡単にベスト8以上の結果を残せるとも、俺には到底思えない。

 好きな人に自分の想いを伝えられないまま、その人の事を諦めるなんて、後悔しないわけがないんだ。

 月宮は絶対、後悔する。


「後悔なんてしないさ。俺自身が決めたことなんだから」

「本当にそうか!? 絶対後悔しないって、言い切れるのか!?」

「何熱くなってんだよ……影谷」


 月宮にそう言われ、俺は冷静になる。


「ああ……いや、ごめん。そうだな……。俺が口出しすることでは、ないよな……」

「なあ、影谷。お前はさ、多分、俺が大会で良い結果を残せないと思ってるだろ? だから、後悔しないのかなんていたんだろ?」

「まあ、そうだな。俺は、そう簡単に結果を残せるほど、スポーツは甘くないと思ってるよ」

「じゃあ、六月の大会。楽しみにしててくれ」

「月宮……?」


 俺が月宮の顔を見ると、彼は爽やかに笑った。


「――俺が優勝する姿、見せてやるよ」


 その自信満々な笑みは、男の俺でも見惚れてしまうくらいに、カッコ良かった。

 姫川さんはきっと、月宮のこういう姿に惚れたのだと思う。


「だから」


 月宮は、俺の胸に拳を突き付けた。


「覚悟しとけよな、影谷。テニスでも、恋愛でも、最後に勝つのは、俺だ!」

「……ああ、受けて立つぜ。月宮!」


 俺も彼の胸に拳を突き付けた。


「まあ、影谷は何か特別な事するわけじゃないけどな」


 月宮はおどけてそう言った。

 確かに、俺はテニスをするわけでもないし、他の何かをするわけでもないけど。


「六月の大会、応援くらいはしてやるよ」


 俺はそう言った。


「ふっ。なんで上からなんだよ」

「だって、お前が大好きな愛美は、俺の彼女だからな。上からでも問題ないだろ?」


 俺は煽るようにそう口にした。


「ふふっ」

「ははっ」


 そして俺たちは、二人で笑い合った。

 この日、月宮との距離が少し縮まった気がした。

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