第60話 俺の彼女がうざい

 週明けの月曜日。朝。

 俺は、愛美あいみの家の前に立っていた。

 彼女と一緒に登校するためだ。


隼太はやたくーん! お待たせー!」


 玄関の扉を勢いよく開け放ち、愛美が俺の元へ駆け寄ってくる。


「もう恋人のフリをする必要がないって思うと、朝からすごく幸せだよー! そう! 私たちはもう、ホンモノの恋人同士! 学校行ったら、あおたちにも報告しようね!」


 俺に腕に抱きついてきて、愛美はそう言った。


「そうだな。俺も、黒崎くろさき月宮つきみやに報告しないと」

「えっと、真莉愛まりあちゃんには言わなくていいのかな?」

「ああ。あの人は、俺たちが前までニセモノの恋人だったってことを知らないから、大丈夫」

「そっか! ふっふ~。ああ~。幸せ~。ね、ね! 行ってらっしゃいのチューしよっか?」

「いや、俺たちは今から一緒に学校へ行くわけだが……」

「もう、そんなことどうでもいいの! 要するに、キスしたいだけだから!」

「あ、ああ……」


 俺たちは恋人同士なんだ。

 キスくらいしても、おかしくないよな?


『ねえ、美優みゆ……。キスとか、してみる?』

『う、うん。そう、だね。してみる?』


 俺の脳裏に、過去の記憶がぎる。

 思い出したのは、美優と交わした初めてのキス。

 俺と美優が付き合って、初めてのデートの帰り。

 俺も美優も、その時初めてのキスをした。


「俺は……何を……」


 頭をぶんぶんと横に振って、過去の思い出を振り払う。

 思い出はあくまでも思い出。今は今だ。

 今の俺の彼女は愛美であって、美優じゃない。


「隼太君。元カノのことは、忘れてよ?」


 愛美に見透かされていた。


「ああ、わかってる。当たり前だろ……」

「うん……」


 そうして俺は、愛美にキスをした。


『ごめんね、隼太君』


 その過去を、俺は乗り越えたはずだ。

 もう、過去に惑わされるのはやめろ。

 唇を離し、俺と愛美は微笑んだ。


「じゃあ、行こっか! 隼太君!」

「ああ、そうだな」


 学校へ向かうため、俺たちは歩き出した。

 どうして俺はいまだに、美優のことを思い出すのだろう……。

 何かが引っかかる。

 俺は何か、重要なことを忘れてはいないだろうか。

 胸の奥に何かがつっかえている気がするけれど、その正体はわからないままだった。


 ◇◇◇


 学校に着き、朝のうちに碧たちや黒崎には、俺と愛美が正式に付き合うことを伝えた。

 月宮にはまだ伝えていない。今日の昼休みに伝えるつもりだ。

 午前の授業中。


「隼太君隼太君」


 授業が始まってすぐ、隣の席の愛美が小声で俺に話しかけてくる。


「なんだよ?」


 俺も小声で応じる。


「教科書忘れちゃった。お願い、見せて」

「え、マジか……。わ、わかったよ」

「じゃあ、机くっつけようか」


 そう言って、俺と愛美は机をくっつける。

 俺は自分の教科書を愛美にも見える位置に置く。

 先生が黒板に板書した文字を、俺は黙々とノートに写す。

 しばらくはちゃんと授業を受けていたのだが、俺は途中で集中力が切れてしまった。

 集中力が途切れると、今までは気づかなかった隣の席からの視線が、妙に気になり始めた。

 俺は隣、つまり愛美の方を見る。


「ふふ。やっとこっち向いた」

「へ?」


 俺と愛美の目が合った。俺の口から変な声が漏れた。


「さっきからずっ~と見てたのに、全然こっち向いてくれないんだもん」

「今は授業中だろ。授業に集中しろよ」

「でも私、隼太君より成績良いし」

「それとこれとは別だ」


 俺は愛美から視線を外し、先生の話に耳を傾ける。……が、愛美からの視線が気になって先生の話が入ってこない。


「なんだよ?」


 ずっと見られていると気分が悪いので、俺は愛美に問う。


「ん~? べっつに~? ほら、隼太君は授業に集中しなよ」

「見られてると集中できない。用があるなら言え」

「わかった。じゃあ、周りに迷惑かけないように、筆談しよっか?」

「いいだろう」


 愛美は自分のノートに何かを書いて、俺に見せてくる。


『授業中にいちゃいちゃするのって、なんかドキドキするね』


 俺は顔をしかめつつ、自分のノートに文字を書き、愛美にそれを見せる。


『余談はいいから、用はなんだ?』

『用はないよ? ただ、授業中も隼太君とイチャイチャしたいなーと思って。構ってほしいなーって思って』

『無理。さよなら』


 俺はそれだけ書いて、黒板を見る。

 すると、愛美が俺の肩をぽんぽんと叩いて、


「隼太君」


 愛美が俺に耳打ちしてきた。いい加減うざい。


「……なんだ?」


 俺は不愛想に応じる。


「好き♡」

「……わかったから、黙れ」


 ホント、こういう時の愛美ははっきり言って面倒臭い。端的に言ってうざい。

 俺は学校ではイチャイチャしたくないんだよ。周りからの視線も痛いし。


「あー。今面倒臭いって思ったでしょ?」

「わかってるなら今すぐやめろ。授業に集中しろ」

「大丈夫。周りの人にはイチャイチャしてるのバレてないから」

「バレるバレないじゃないんだよ。人前でイチャイチャしたくないんだよ。わかるだろ?」

「イチャイチャしてるのが周りにバレそうでバレない。そういうスリルがあるのも楽しくない?」

「スリルがあることをする意味がわからん」

「例えば、こういうのとか」


 愛美はそう言うと、消しゴムを床に落とした。

 机の下に落ちた消しゴムを、愛美は屈んで拾おうとする。

 その際、愛美が穿いている短いスカートの隙間から、パンツが見えそうになる。しかし、ギリギリのところでパンツは見えない。太ももはエロい。

 消しゴムを拾い終えると、愛美は再び席に座る。


「見えそうで見えなかったでしょ? 隼太君の視線は私の太ももに釘付け!」

「いや、確かに見えそうで見えないってのはスリルあるけどさ。イチャイチャとは違くね?」

「あ、やっぱり見てたんだね?」

「え……。い、いや……」

「もう遅いよ隼太君」

「うん。まあ、見てたけど。はい、見てました」

「正直でよろしい」


 でもこれは仕方ないよね?

 目の前にパンツ見えそうなJKがいたら、みんなその人のこと見るよね? え、見ない? 嘘をつくな! 見るだろ! むしろ見ろ‼

 パンチラは世界を救う! 知らんけど!

 俺が頭の中でそんな訳の分からないことを叫んでいると、隣に座る愛美が伸びをした。


「ふぅー。それじゃ、十分楽しめたし、私もそろそろ授業に集中しようかなー」


 そう言って、彼女は机を動かし、俺から離れた。


「おい。愛美、教科書はいいのか?」


 俺がそう問うと、


「あ、なんかねー。教科書鞄の中に入ってた。見落としてたみたい。てへぺろっ☆」


 と、舌をちょろっと出して、可愛らしく右手で頭をコツンと叩く愛美。うぜぇ……。

 てめえ絶対わざとだろ。わざと教科書忘れたふりしただろ。


「後で覚えとけよ……」


 俺は怒りをあらわにして呟いた。

 というわけで、本日の教訓。

 授業中にイチャイチャしてるカップルは滅びろ! 以上‼

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