第56話 俺は覚悟を決める

 月宮の応援へ行った日の夜。

 俺が正徳まさのりと格ゲーで対戦していると、スマホから着信音が鳴った。


「あ、電話だ」

「誰から? 女?」

「なんですぐそういう発想になるかな?」


 一度格ゲーを中断し、俺はスマホの画面を見る。

 知らない番号からの着信だった。


「あー、知らねえ番号だな。誰だろ?」

「女だったら俺と電話変われよ? そいつは俺の彼女候補だから」

「絶対変わらねぇ!」


 相変わらずな正徳の言葉に嘆息しつつ、俺は電話に出る。


「もしもし」

『あの……影谷さん……ですか?』


 女性の声だ。それも、聞き覚えのある声。


「女か!? 女だな!? よぉーし、今すぐ兄ちゃんと電話変われ!」

「あーもー! うっせえな黙ってろ!」


 正徳がうるさくて会話に集中できないので、俺は彼を部屋から追い出した。


「電話終わるまで入って来るなよ!」


 そう正徳に念押しして、俺は改めて電話相手と会話する。


『すみません……。お取り込み中でしたか?』


 スマホ越しに、女性の申し訳なさそうな声が響く。


「いや、もう大丈夫だから。というかその声、姫川さん……だよな?」


 確認のために俺はそう訊いた。

 電話相手の女性は、明らかに姫川さんの声だった。


『はい、そうです。ということは、やはり影谷さんの電話番号で間違いないみたいですね』

「ああ、問題ない」

『先ほど、影谷さん以外の男性の声が聞こえてきましたけど……』


 それは恐らく、正徳の声の事だろう。


『愛美さんや黒崎さんだけでなく、家でも男の人に手を出してるんですか? 相変わらず最低ですね!』

「うん。姫川さんも大概だよね。なんでそういう発想になる? 家族だろうという発想がなぜ出てこない?」

『それは私が腐女子だからです!』

「腐女子って男同士ならなんでもイケるの? 俺には理解できない……」

『ホモはいいですよ、影谷さん! 良ければ今度、BL本をお貸ししましょうか?』

「遠慮しとくよ……」


 これ以上姫川さんのホモ談義が続くのは勘弁してほしいので、俺は話題を変える。


「俺の番号知ってたみたいだけど、もしかして愛美あいみから聞いたのか?」

『はい。少し影谷さんと話したいことがあったので』

「そうか。その話ってのは……?」

『ホモの魅力についてなんですが……』


 その瞬間、俺は通話終了のボタンをタップする。


「ふぅ……。今日も平和だなぁ……」


 俺が窓から美しい夜空を眺めていると、


 ――プルルルルルルル! プルルルルルルル!


 再びスマホから着信。

 俺は通話開始ボタンを押し、


「この電話番号は現在使われておりません。腐女子と話すことは何もありません」

『ひどいじゃないですか! 急に切らないでください!』

「この電話番号は――」

『そういうのいいですから! 影谷さんにホモの魅力語っても仕方ないことくらいわかってますよ! ちょっとした冗談じゃないですか!』

「なんだ冗談か。腐女子って冗談も言えるんだな。感心感心」

『影谷さん、今全世界の腐女子を敵に回しましたよ!? 腐女子怒ると恐いですよ!?』

「怒ってもBL本渡せば機嫌直るでしょ。腐女子チョロいわー」

『ぐぬぬ……。否定はしきれない……』

「できれば否定してほしかった」

『そんなことはどうでもいいんですよ! そろそろ本題に入ってもよろしいですか!?』


 姫川さんが怒ったように口にする。


「むしろ話題逸らしたのは姫川さんの方だけどな? それで、本題ってのは?」

『今日のことについて……なんですが……』

「まあ、そうだろうな」


 姫川さんが俺に電話してきてまで話すことなんて、それ以外にはありえないだろう。


『一応、影谷さんには報告しておこうと思いまして……』


 なんとなく予想はついているが、俺は姫川さんの言葉を待つ。


『私、今日、影谷さんが帰った後、月宮つきみやさんに告白してきました……』

「……そうか」


 やはりその話か。

 姫川さんは先日、テニスの応援へ行った日に月宮に告白するんだと宣言していた。

 宣言通り、今日告白してきたらしい。


「結果は……訊いてもいいのか?」


 そう言ってから、俺はしまったと思った。

 俺が口にした言葉は、どこか否定的なニュアンスが含まれていて、「振られたんだろうな」という気持ちが透けていた。

 それは、姫川さんに失礼というものだろう。


「ごめん。ちょっと聞き方が悪かったかも……」

『いえ、いいんです。結果は影谷さんの予想通りですよ。ええ、私は振られましたよ』

「……………………」


 こういう時、なんと声をかけてあげるのが正解なのだろう。俺にはわからない。


『はは。影谷さんが気にする事ないですよ。影谷さんも言ってたじゃないですか。1回目は振られるだろうって。勝負は2回目だって』

「……確かに言ったけどさ」

『何ですか? まさか今さら、あの時の言葉はでたらめだったなんて言わないですよね?』

「言わねえよ。でも、2回目で100パーセント成功するとも思ってない」

『絶対に成功させてみせますよ! 2回も振られるなんて、惨めすぎますからね』

「策はあるのか?」

『とりあえず、1日1回は月宮さんと会話することを目標にします。LINEも交換したので、そちらの方でも積極的に会話していきたいと思ってます』

「おお、LINE交換したのか。やるな」

『はい! 頑張りましたよ私! これで月宮さんも、私のことを意識せざるを得なくなったはずです! 絶対私に惚れさせてみせます!』

「おう、頑張れよ」

『影谷さんも、協力してくださいね?』

「協力って、俺は応援するくらいしかできないだろ」

『いえ。例えば、月宮さんと私が2人きりになれるようなシチュエーションを用意するとか、色々あるじゃないですか!』

「……まあ、気が向いたら協力するよ」

『あ、それ協力しない人の言い方ですよ?』

「心配しなくてもちゃんと協力するって」


 言いながら、俺は考える。

 俺がもし、姫川さんに協力できることがあるとするなら、何ができるだろうか。

 1つ思い当たる節がある。

 それは、俺と愛美が本当の恋人になることだ。

 俺と愛美が本当の恋人になれば、月宮も愛美のことを諦めて、姫川さんのことを選ぶかもしれない。

 でも、そんな形で月宮と姫川さんが結ばれたとして、二人は幸せなのか?

 そこに妥協がないと言い切れるのか?

 ……いや、そんなところまで俺が考える必要はないのだろうか。

 でも、どうせなら。

 俺は願う。

 姫川さんにも、月宮にも、二人が納得のいく形で幸せになってほしい。妥協なんてしてほしくない。

 ああ、やっぱり俺は、いつまでたっても理想論が捨てきれない。

 妥協のない世の中なんて、ありえないのに。

 どこかで、誰かが妥協しなくてはならないはずなのに。

 それでも俺は、願ってしまう。

 いや、とにかく俺にできることは……。


「姫川さん、俺は君に協力するよ」

『はい。よろしくお願いしますね!』


 そうして俺は、通話を切った。

 俺に、できることは……。

 俺はすぐに、愛美に電話をかける。


『もしもし隼太君!? どうしたの!? 隼太君から電話してくるなんて初めてじゃない!? 明日は雪かな!?』

「俺だってたまには電話するっての。それより、愛美――」

『ん? どしたの隼太君?』

「――明日、俺とデートしてくれ」


 俺は覚悟を決めた。

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