第57話 俺の兄妹と茶番

 翌日の日曜。

 俺は日曜なのに珍しく早起きして、出かける準備をしていた。

 日曜に早起きしているだけでも十分珍しいのに、今日は朝から出かけるのだ。もはや事件だった。

 そう思っていたのは、どうやら俺だけではないようで……。

 午前八時。俺が玄関で靴を履き替えていると、寝起きの妹・舞衣まいが話しかけてきた。


「あれー? 隼太はやた、こんな時間からどっか行くの?」

「おう、ちょっとな」

「女?」

「どいつもこいつもそういう発想ばっかだな!」


 昨日正徳まさのりも似たような事言ってたぞ。


「で、女なの?」

「う、うん。まあ、一応女だな。女子と会う約束してる」


 嘘はつきたくなかったので、俺は渋々そう告げる。


「――!?」


 途端、今まで寝ぼけまなこだった舞衣の表情が一転し、この世の終わりみたいな顔つきになる。


「正徳お兄ちゃーーーーーーーーーーーーーーん!! 大事件発生‼ 隼太が! 隼太がぁ! 大人の階段のぼっちゃうよぉおおおおおおおおおおおおおおおお‼」

「な・ん・だ・とぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 突如、正徳がピシュンという効果音を鳴らしながら舞衣の隣に現れる。

 だから、あんたのその瞬間移動みたいな能力何なんだよ! いい加減説明しろ!


「隼太ぁ! 貴様ぁ! やはり昨日の電話は黒だったかっ! 女だったか! この野郎てめぇ今すぐぶち殺す! 殺されたくなかったら今から会いに行く女を兄ちゃんに紹介しやがれこの童貞!」

「童貞は関係ないだろ! 後、絶対に紹介しないからな!」


 正徳の言葉に対し、俺はそう返す。

 俺と正徳が言い合いをしている横で、舞衣が、


「隼太が休日に二日連続で出かけるってだけでも事件なのに、女に会いに行くなんてもはや犯罪だよ! 信じてたのに! 私は隼太お兄ちゃんを信じてたのに! 裏切られた気分だよ!」

「何にだよ! 何に裏切られたんだよ!」


 俺は舞衣にもツッコむ。


「私の気持ちだよ! 隼太は、私の知ってる隼太お兄ちゃんは、二次元の女の子に恋して、クソキモい性癖を持っていて、ひきこもりでオタクで清潔感が全くない一生童貞魔法使いにまっしぐらな人生なんだろうなって思ってたのに! 裏切ったな! 私を裏切ったな!」

「俺に対する偏見がひどすぎるだろ! 舞衣は俺のことそんな風に思ってたの!? 兄ちゃん普通にショックなんだが!」

「隼太が中学生の頃、隼太に彼女ができた時は、どうせすぐ別れるんだろうな、まあ、せいぜい束の間の幸せを満喫しなよ童貞。どうせすぐに捨てられる。って思ってたらその通りになったからざまぁとか思ってたけど、まさか隼太、高校でも彼女作るつもり!? 夢見すぎだよやめときなって!」

「てめぇ、俺が元カノと破局した時そんな風に思ってたのか!」


 舞衣や正徳は、俺にかつて彼女がいたことを知っている。すぐに破局してしまったことも、知っている。

 だけど二人とも、その詳細は知らない。

 俺が人を信じられなくなるくらいひどい仕打ちを受けたことを、二人は知らない。

 そもそも二人は、俺が人を信じられなくなっていたということを知らない。

 二人は、中学の頃の俺が、自分自身でぼっちの道を選んだと思っている。

 裏切られて、人が信じられなくなって、その結果俺がぼっちになったということを、二人は知らない。おしえる気もない。だってそれは、家族には関係ないことだから。


「もしかしてだけど、今日会う女の子って、ゴールデンウイークの時にも会った子? あの時も女の子に会いに行くとか言って、隼太出かけてたよね?」


 舞衣がそう疑問を投げかけてくる。


「ああ。そうだな。ゴールデンウイークに会った女子と同じだ」

「うっわぁ。それもう完全にデキてるじゃん。ホテルに直行じゃん。どうする? 今日の夕飯いらないってお母さんに伝えとこうか?」

「いや、普通に夜には帰ってくるから! 夕飯いるから! 母さんに変な事言うんじゃねえぞ?」

「えー? どうしよっかなー?」

「言わないでくださいお願いします!」

「じゃあ、条件を一つ。今日帰ってきたら、正徳と私に、今日何があったか細かく報告すること。そうすれば、お母さんとお父さんには黙っておいてあげてもいいよ」

「くっ……。わかった。じゃあ、それで」


 俺は込み上げる悔しさを必死に抑えて、条件を呑んだ。

 両親に話されるよりはマシだ。


「隼太、一応訊いておきたいんだが……」


 正徳がそう切り出したので、俺は応じる。


「ん? なんだよ?」

「昨晩お前が電話していた相手と今日会う女子は、同一人物か? 正直に答えろ。さもなくば殺す」


 殺すなんて言うのは冗談なんだろうが、正徳がそれを言うと冗談に聞こえないから恐い。だって瞬間移動するんですよ、うちの兄貴。そのうちかめはめ波とか使ってきそうじゃんこの人。

 というわけで、俺は正直に答えることにする。


「いや、昨日の電話相手と今日会う子は別人だ」


 俺が言うと、正徳より先に舞衣が反応する。


「うっそ!? 隼太……女の子二人も手玉に取ってるの!? 中学の頃からは想像もできない……。人って変わるんだ……」

「別に手玉に取ってるわけじゃないんだが……」


 と俺は言った。次に正徳が


「よぉーしわかったぞ隼太。悪いことは言わない。どっちかを兄貴であるこの俺に紹介するんだ! っていうか是非紹介してください俺も彼女欲しい女子高生と付き合いたい!」

「あのな……。そういうのマジで無理だから。彼女欲しいなら大学で作れよ……」

「はっはっはっ! こんな銀色の髪に赤と黄色のカラコンつけた中二病みたいな大学生に、近寄ってくる女がいるとでも?」

「自分で言うな自分で! っていうか、わかってるならその髪色とカラコンやめろよっ!」

「馬鹿野郎! そんなことしたら、今まで必死に築き上げてきた俺のキャラがなくなるだろうか! 俺は中二病キャラになるって決めたの! リア充は闇の炎に抱かれて消えろ!」

「キャラって言っちゃったよこの人……」


 俺は出かける前からくたくたになっていた。


「はあ……。待ち合わせの時間に遅れたくないから、俺そろそろ行くわ。それじゃ」


 ため息をつきながらそう言って、俺が家を出ようとすると、


「――隼太!」


 妹の舞衣の声が聞こえて、俺は彼女を見る。


「なんか、最近の隼太は、前より楽しそうだよね。私は、今の隼太の方が好きだよ」

「そ、そうか」


 俺は照れながら応じる。


「私たちのことは気にせず、楽しんできてね」

「舞衣……」

「そうだぞ隼太。せっかく女の子に会いに行くんだ。何をするのかは知らんが、楽しまなきゃ損だからな。楽しんで来い」

「正徳……」


 俺は良い兄妹を持ったな。

 そう思いつつ、俺は玄関の扉を開けた。


「それじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 そして、俺が外に出て、扉を閉める直前。


「帰ってきた後の報告は忘れずにね! じゃないとお母さんにあることないことチクるから!」


 ……そこは譲ってくれないんだね!

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