第48.5話 僕にとって、母の日は……

 今日は母の日。

 世の中の子供のどれくらいの人が、母の日をちゃんと認識しているのだろうか。

 多くの人は、母の日をどのように過ごしているのだろうか。

 例えば僕──黒崎くろさき洋介ようすけ──の場合。

 僕は、昨日のうちに買っておいた赤いカーネーションを持って、仏壇の前に立つ。

 その仏壇には、2人分の写真立てが置いてある。

 僕の母と父の写真が、飾られているのだ。

 僕は仏壇の前に正座し、しばらく母の写真を眺める。

 僕は母親を、写真でしか知らない。

 僕の母は、僕が産まれると同時に亡くなってしまった。

 だから僕は、母親がどんな人だったのかもわからない。

 父親が母親のどんなところに惚れたのか、僕は知らない。

 母の写真を見る限り、優しそうな人だなということはわかる。それすらも、想像でしかないけれど。

 僕は仏壇に置いてある空の花瓶に、昨日買ってきた赤いカーネーションをす。


 今頃、影谷かげたにも母親にプレゼントを渡しているのだろうか?


 そんなことを考えてしまったのは、僕が昨日、花屋で影谷のことを見かけてしまったからに違いない。

 昨日、花屋に赤いカーネーションを買いに行った僕は、影谷を目撃した。

 影谷は、銀髪の目立つ男と、小柄な女の子と一緒に、花を選んでいた。

 僕は影谷にバレないように身を隠し、彼らの会話に耳を傾けた。


「結局花にするのかよ?」

「だってそっちの方がよくない? 素直に気持ちが伝わると思うし」

「さすが俺の妹! 名案だな!」

「そういうのはいいから、どの花が良さそうか選んでよ」

「今ネットで調べたけど、赤いカーネーションが良さげじゃね? 花言葉に『母への愛』っていうのがあるらしいし」

「おお! いいね! それにしよう!」

「いや、しかし待て妹よ! 本当にそれでいいのか?」

「お、正徳まさのり舞衣まいの意見に反論するなんて珍しいな」

「反論ではない! 赤いカーネーションを買うのはいいが、枯らさないようにちゃんと水やりできるのか?」

「それくらいできるよ! ……でも、そっか。本物の花だと、いつか枯れちゃうのかな」

「……確かに。せっかくプレゼントするんだもんな。ずっと手元に残るほうがいいよな」

「そっか……。うーん。ちょっと待って、もうちょい考える」


 彼らの話を聞く限り、恐らく彼らは、母へのプレゼントを選んでいるのだろう。

 ということは、あの銀髪男と小柄な女子は、影谷の兄妹か?

 ……そうか。影谷にはちゃんと、家族がいるんだよな……。

 それを少し羨ましく思いつつ、僕は彼らから目を背けた。

 昨日のことを思い出しながら、僕はりん棒を持ち、りんをチーンと鳴らした。

 そして静かに手を合わせ、目を閉じる。


 ──母さん。僕にもたった1人だけ、友達ができたよ。

 今でもあなたは、天国から僕のことを見守ってくれているのでしょうか。

 もしもあなたが生きていたら、今頃僕らは、どのように過ごしていたのでしょうか。


 僕はたまに、夢を見る。

 家族3人で、仲良く暮らしている夢を見る。

 たった1度でいい。

 たった1度でいいから。

 僕にも、家族団欒と呼べる日があれば良かったのに。

 そういうことを、定期的に考える。

 僕は目を開け、立ち上がる。

 仏壇の置いてある和室から出ると、ばあさんが立っていた。


「……ばあさん」


 僕を引き取ってくれたお隣さんの老夫婦。

 僕は、家族よりもその老夫婦と過ごした時間のほうが長い。

 それなのに。

 僕はいまだに、じいさんとばあさんに遠慮が抜けない。


「洋介くん……」


 ばあさんとじいさんは、僕を実の子供のように大切に育ててくれた。

 僕が今高校に通えているのも、彼らのおかげだ。

 だから、感謝はしているんだ。

 感謝しているなら、伝えるべきだよな。


「……ばあさん。今日は、母の日なんだ。知ってる?」

「……ああ。知ってるよ」

「だからさ、ばあさんに、伝えたいことがあるんだ……」


 僕は照れ隠しするように頬をぽりぽりと掻きながら、


「いつもありがとう。僕がちゃんと高校生になれたのは、じいさんとばあさんのおかげだよ」

「……………………」

「僕にとってあなた方は、本当の親みたいなものだから……」

「……ありがとう。洋介くん」

「…………うん」


 そう言って、僕は自室に戻って行った。

 ばあさんは、和室の中に入って行った。

 和室の中で、チーンとりんを鳴らす音が聞こえた。

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