第48話 俺は感謝している

「それで、一体何を買いに行くんだ?」


 正徳まさのりが運転する車に揺らされながら、俺は隣に座る舞衣まいにそう尋ねた。

 俺たちは現在、近くのショッピングモールに向かっている。

 舞衣がそこに行きたいと言ったからだ。


「では、鈍感なお兄ちゃん2人に問題です。明日は何の日でしょうか?」


 明日? 明日って……別に普通の日曜日だよな? なんかあったっけ?

 誰かの誕生日ってわけでもないし……。


「……わからん。正徳わかるか?」


 考えても思いつかなかったので、俺は正徳に助けを求める。


「いや、俺もわっかんねぇな……」


 運転席に座る正徳が、前を向いたままそう言った。

 それを聞いた舞衣は、呆れた顔をして、


「……はあ。ホント、なんで男子ってこういうのに疎いのかな……。私的には結構大事にしてるイベントなんだけど……」


 舞衣は大きなため息を吐いて、


「ヒント! 明日は5月の第2週の日曜です! これでわからなかったら死んだ方がいいよ」


 ヒントを出してくれるのはありがたいが、中々に辛辣だった。

 しかし、俺はそのヒントを貰ったことで、1つの答えに辿り着いた。


「もしかして、母の日?」

「ピンポーンピンポーン! 大正解!」


 舞衣は俺に拍手を送りつつ、続ける。


「とういうわけなので、母の日のプレゼントを、今から買いに行こうと思いまーす!」

「なんだよ……。そういうことか……」


 テストのことで頭がいっぱいで、明日が母の日だなんてことをすっかり忘れていた。


「3人からのプレゼントかぁ……。素敵だと思うけど、当てはあるのか?」


 正徳がそういてくる。


「ないけど、それを一緒に探すために、2人を誘ったんでしょ?」

「ふふふ。仕方ない……。俺のプレゼントフォルダが火を噴くぜ!」


 正徳がよくわからないことを言っていた。


「プレゼントフォルダってなんだよ……」

「俺に彼女ができた時に、プレゼントに渡したい物の画像がたくさん保存されてるフォルダのことだよ」

「なにその悲しいフォルダ……。ちなみに役に立ったことは?」

「彼女できたことないのに役立つわけねぇだろ」

「……悲しいなぁ」


 正徳の闇を知ってしまった。


 ◇◇◇


 そして日曜日。

 今日は母の日だ。

 俺たちは昨日買ったプレゼントを用意して、3人で母のもとに向かう。


「なんか、こういうのって照れくさくないか?」


 プレゼントを渡す直前になって弱音を吐く俺。


「そういうこと言ってるから、いつまで経っても隼太は隼太なんだよ」


 舞衣が俺にそう言った。なんかよくわからんけど、罵倒されてることだけはわかる。

 台所で昼食の用意をしている母さんに、舞衣は声をかける。


「お母さん! 今ちょっとだけ時間いいかな?」


 舞衣の明るい声に、母さんが振り向いた。


「あら? どうしたの、3人揃って」


 母さんは優しい笑顔で俺たちにそういた。

 舞衣は後ろ手に隠していたプレゼントを、母さんの前に差し出した。


「お母さん! 母の日のプレゼント! 私たち3人から!」


 舞衣が母さんに差し出したのは、赤いカーネーションの花束だ。


「……まあ。綺麗なカーネーション」

「……造花だけどね。ずっと飾っておける方がいいと思って」


 舞衣は照れたように笑いながら、そう言った。

 造花。つまりは偽物の花。枯れることなく、ずっと手元に残しておける。

 枯れてしまうのは悲しいからと、俺たちは造花を選んだ。


「本当はもっと実用的なものの方がいいかなとも思ったんだけど……。でも、お母さんが喜びそうな物ってあんまりわからなくって……。だから、無難かもしれないけど、赤いカーネーションを選んだの。3人で」


 舞衣が母さんにそう説明する。

 何時間も悩んだ末、俺たちはそういう決断をした。そして、何よりも……。


「赤いカーネーションの花言葉は『母への愛』だから、シンプルに私たちの想いが伝わればいいなって思って」


 舞衣がそう言っている間に、母さんの目が徐々にうるんでいくのがわかった。


「お母さん、いつもありがとう。こういう機会でもないと、ちゃんと伝えられないからさ。本当に、感謝してるの」


 舞衣は最後にそう締めくくり、俺と正徳の背中を叩く。


「ほら、2人も!」


 舞衣に催促されて、正徳が口を開く。


「ま、まあ……。大学の学費も払ってもらっていることだしな……。か、感謝はしている……。あ、ありがとう」


 顔を真っ赤にしながらそっぽを向いて、正徳は感謝の言葉を伝えた。

 次は俺の番か。


「俺も、いつもありがとう。あんまり良い言葉は思いつかないけど、とにかく……そうだな……。産んでくれてありがとう……みたいな?」


 俺は右手で首を触りながら、そう言った。

 実際、感謝はしているのだ。

 それは母さんだけでなく、家族全員に。

 中学の頃。俺が辛かった時。

 家族がいたから、俺はぼっちでも耐えられた。

 例え学校で1人でも、家に帰れば家族がいる。そう思うだけで、毎日を頑張れた。

 あの時、もしも家族がいなかったら、俺はどうなっていたかわからない。

 だから、本当に、感謝してるんだ。

 母さんにも、父さんにも、舞衣にも、正徳にも。

 俺は彼らに、何をやっても返しきれないくらいの感謝をしていた。

 俺たち3人の言葉を聞いた母さんは、その場で泣き崩れてしまった。


「うぅ……。みんなこんなにも良い子に育って……。お母さん嬉しいよ。……ありがとね、みんな。このお花、大切にする」


 母さんは舞衣から受け取った花束を抱えてそう言った。

 俺たち3人は、お互いに仲良く微笑みあった。

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