第49話 俺たちの点数

 高校2年になって初の中間テストは、5日間、つまり月曜から金曜までの1週間を使って行われた。

 テストの科目数は高校によって違うと思うが、うちの高校は12科目ある。

 地獄のテスト期間はあっという間に過ぎ去り、今日は、テスト期間が終わった後の月曜日。

 要するに今日は、様々なテストの返却が行われる日だ。

 で、テストが返却された後、何が起こるのかというと……。


隼太はやた君! さっき返された数学のテスト、何点だった?」


 こういうことが起きる。

 授業後の休み時間、愛美あいみが俺にテストの結果をいてきた。

 今までは友達なんていなかったから、この手の話を誰かとすることはなかったのだが……。


「……愛美は何点だったんだよ?」


 俺は恐る恐るそう尋ねた。


「んー? 私は77点だったよ! ラッキーセブン! しかもゾロ目!」


 ニコニコと自分の点数を告げる愛美。

 今回の数学のテストの平均点は60点だ。

 つまり愛美は、平均より少し上ということになる。


「そうか。良かったな。それじゃあ、強く生きろよ!」


 俺はそう言って、その場を去ろうとする。

 しかし、愛美に肩をつかまれてしまう。


「で、隼太君は?」

「……ん? え? 隼太って誰のこと?」


 俺はすっとぼけて見せる。っていうか、察してくれない?


「私の点数だけ知ろうなんて甘いよ? ちゃーんと、隼太君の点数も教えてね?」


 満面の笑みで彼女は告げる。その笑顔、恐い。


「私とあんなに勉強したんだし、大丈夫だよね?」


 やめてくれ! もうこれ以上は訊かないでくれ!


「……赤点ではなかった」


 俺はぼそぼそとした声でそう言った。

 うちの高校の場合、赤点は平均点の半分以下。

 つまり、平均点が60点なら、30点以下は赤点となる。

 つまり俺は、31点以上はあるということである。勝ったな! ガハハっ!


「赤点じゃないのなんて当然だよね? ねえ、隼太君? 君は何点だったのかな?」


 俺は冷や汗をだらだらと流す。

 これはもう……言うしかないのか……。

 俺は覚悟を決めて、愛美にテストの点数を告げる。


「……44点」

「……はあ」


 なんかため息吐かれたんですけど。

 愛美は呆れたように俺を見て、


「……あんなに教えたのに。……なんで?」

「いや、それは俺にもよくわからないというか……。でも、愛美に教えてもらった問題は解けたぞ」


 俺は自分の答案用紙を愛美に見せる。

 彼女に教えてもらった問題は解けていることを証明するためだ。


「確かに教えた問題は解けてるね……。でも、この問題! 解き方は正しいのに計算間違えてる! こういうケアレスミスはもったいないよ?」

「見直す時間がなかったんだよ! 仕方ないだろ!」

「……まあ、私が教えた問題は解けてるから、今回は許す」


 俺は愛美から許しを得た。た、助かった……。

 いや、そもそもこれ、許す許さないの問題なの?


「いいえ、許しません!」

「うわっ!? びっくりした!?」


 俺が安堵していた矢先、姫川ひめかわさんが俺たちの会話に急に入ってきた。

 うちの兄貴みたいなことしてくるなよ……。


「ちょっと影谷かげたにさん! これはどういうことですか!? 私が教えた応用問題! 解けてないじゃないですか!」

「あー、これ? でもこれ、姫川さんが教えてくれた問題と微妙に解き方違うし……」


 俺は問題用紙に指さしながらそう言った。


「でもこれ、類似問題ですよ? それくらいは自分の頭でなんとかしてくださいよ! 私が影谷さんのために費やした時間はなんだったのですか!?」

「……す、すまん」


 俺は姫川さんに謝る。


「そういえば、真莉愛ちゃんは何点だったの?」


 愛美が姫川さんにそう訊いた。

 確かに、姫川さんの点数は少し気になるな。


「100点ですね」

「……え?」

「100ですね」

「えぇええええええええええ!? 真莉愛ちゃんすごっ!? クラスで唯一の100点って、真莉愛ちゃんのことだったんだ!?」


 愛美が驚きの声を上げる。

 100点とか、小学生以来とったことないんですけど。スゴすぎでしょ。


「まあ、数学は明確な答えがちゃんと用意されてますから、ある意味当然です。それよりも問題は現代文の方ですね。私、筆者の心情を読み取るのが苦手でして……」


 そこから姫川さんと愛美の雑談が始まったので、俺はその隙にその場から逃げ出す。

 そして俺は、とある人物に近づき、話しかける。


黒崎くろさき、お前は数学何点だったんだ?」


 黒崎は1人で本を読んでいた。

 黒崎は読んでいた本を閉じながら、


「テストなんてくだらんものに、僕は興味はない」

「いいから、答えろって」


 テストの点数をあまり他人に言いたがらない人には、2種類の人間がいる。

 それは、テストの点が悪い奴か、あまりにもテストの点が良すぎる奴だ。

 果たして黒崎はどちらだろうか?

 俺は、黒崎がどのくらい勉強ができるのかを知らない。

 それ故に、彼がどのくらいの点数をとっているのか、少し興味があった。


「僕の点数が知りたければ、貴様から言え」

「……44点」

「44点だと? 平均以下じゃないか! 雑魚め!」

「うっせぇな! 早くお前の点数を教えろよ!」

「…………点」

「え? なんだって?」


 黒崎の声が聞き取れず、俺は聞き返す。


「…………点」

「いや、聞こえないって。もうちょい大きな声で……」

「29点だって言ってんだよ! ちくしょう!」


 黒崎はやけくそになったのか、そう叫んだ。


「……お前それ、赤点じゃん」

「うっせぇよ! ああ、もう! だから言いたくなかったんだ! どうせ僕のことを笑ってるんだろ!? いいよ、笑えよ!」

「別に笑ってねえよ」


 他人を笑えるほど、俺も高い点数はとってないしな。

 ……そうか。黒崎は、勉強ができない側だったか。


「……なあ、黒崎。お互いに高め合う関係も素晴らしいけど、傷を舐め合う関係も、悪くないと思わないか?」

「……は? 何言ってんのお前……」


 きっと、こんなセリフを吐けてしまう俺は、負け組だ。

 でも、しょうがないだろ?

 だって俺と黒崎は、負け続けてきたのだ。

 勉強も、運動も、人間関係でさえも、俺たちは敗北してきた。

 それを、ただの努力不足だと笑うやつもいるだろう。

 そんなことは、わかってる。

 だけど俺たちは、やっぱり勝てなくて……。

 いつしか負け犬根性が染み付いて、性格が歪んでしまった。

 だからこそ、今の俺と黒崎がある。

 俺たちは、他の人よりも遥かに多く、敗北を味わってきた。

 だから俺は、敗北してしまった人達に、せめて俺だけは、優しくありたいと思うのだ。

 例え、世界の多くの人間が、そんなのは間違っていると叫んでも。

 俺だけは、負けてしまった人たちに、優しくありたい。

 勝つことが全てじゃないと、伝えたい。


「ま、テストの点数が悪くてもさ、案外どうにでもなるさ」

「……影谷。お前それ、学生としてどうなの?」

「俺より点数の悪い奴に言われたくない」

「うるせぇ。反論できないのが余計タチ悪い」

「ところで黒崎、なんの本読んでんの?」

「ああ……これか……」


 その後、俺たちは本の話で盛り上がった。 

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