第44話 俺は誘惑される

 俺たち4人は机をくっつけると、各々ノートを開き、本格的に勉強会が始まる。

 ちなみに、俺の隣に愛美あいみが座り、俺の向かいには姫川ひめかわさん。そして、愛美の向かいには月宮つきみやが座るという座席位置だ。


「テスト期間だから他にも人がいるかなと思ったけど、俺たち以外誰もいないな……」


 俺はそうつぶやく。

 この学校、勉強意欲薄いんですかね?


「普通はこの時期、みんなは図書室か自習室で静かに勉強するからな。だから、図書室とかは満席だと思うぜ? 俺らみたいに教え合いながら勉強する奴は、近くのファミレスとかで勉強するのが定石だな」

「ふーん。だから教室には人がいないのか」

「そういうこと」


 月宮の解説を聞いて、俺は納得する。

 この学校の図書室って結構広いイメージがあるけど、それが満席になるってことは、みんな頑張ってるんだなぁ……。みんなが頑張ると、平均点が上がるんだよなぁ……。……はぁ。


「ねえねえ隼太はやた君。この問題わかる?」

「いやなんで俺にくの?」


 愛美が俺に教科書を見せながら尋ねてくる。

 俺、この中で1番成績低いからね? 1番戦力外だからね?


「彼女の私としては、隼太君に教えてもらいたいわけですよ!」

「……うぐぐ」


 愛美にそう頼まれたので、俺は教科書を見ながら問題について考える。

 ぽくぽくぽくチーン。


「わからん」

「……そっか。残念」

「……すまぬ」


 なんかアレだね。質問されたのにそれに答えられないのって、すごく申し訳なくなるね。


「ああ、この問題は……」


 月宮が教科書を見て、愛美に教えようとしている。


「おっ、さすが学年30位!」

「……学年5位の前でその煽りはやめろよ」

「あっ! 私のことは全然気になさらないでください!」


 俺を除いた3人が楽しそうに会話している。俺だけすごい場違い感……。


影谷かげたにさん? あなたはもっと必死になった方がよろしいのでは?」


 姫川さんが俺のことを煽ってくる。

 ……こいつ、例の写真を持っているからなのか、俺に対しては強気だ。愛美や月宮とは態度が全然違う。


「……くっ。悔しいけど、1問目から全くわからん」


 俺は数学のプリントを姫川さんに見せる。


「え? ここ超基礎問題じゃないですか! 今まで授業で何を聞いてたんですか?」

「……すみません」

「仕方ないですね。あなたがどうしても教えて欲しいなら、教えて差し上げないこともないですけど?」

「……教えてくれ。頼む」

「それが人に物を頼む態度ですか?」

「くっ……!」


 俺は羞恥にさらされながらも、愛美と月宮は別の問題を解いているため、今は姫川さん以外に頼む相手がいなかった。


「ほら、もっと、ちゃんとお願いしてください」

「お、教えてください。お願いします」

「私はバカでどうしようもない男です」


 復唱しろということだろうか?


「私はバカでどうしようもない男です……」

「……ふむ。そこまで言うなら仕方ありませんね」


 ちくしょう! こいつ殺したい!


「なんか、隼太君と真莉愛ちゃん仲良いね?」


 俺と姫川さんの会話を聞いていたのか、愛美がそう言ってくる。


「どこらへんが仲良いと思ったの?」

「え? なんかお互い素でいる感じがしたから」

「え? 俺のさっきの態度を素だと思ったの?」

「いや~、まさか隼太君にM趣味があったとは! 今度から私もSな感じで接したほうがいいかな?」

「変な誤解するな! 俺にM趣味はない!」

「そうですよ愛美さん! 影谷さんはMではなくホ……」

「おいぃいいいいいいい! だからそれは違うって言ってるだろ!?」


 俺は慌てて姫川さんの口を手で塞ぐ。


「なーんか、私の知らない秘密がありそうだね?」


 愛美がジト目でこちらを見ていた。

 ヤバい。姫川さんは取り扱い注意だ。


「お? これは修羅場か?」


 月宮が楽しそうにケラケラと笑っていた。


「なんでもないって! 俺が愛美に隠し事なんてするわけないだろ?」


 なんかこの言い方だと、すっごい隠し事がありそうだな……。


「ホントかなー? まあ、いいや」


 愛美が話を終わらせてくれたので、お互い勉強に戻る。

 愛美は月宮に、俺は姫川さんに勉強を教えてもらう。

 なんだかんだ、姫川さんは学年5位以内をキープしているだけあって、教え方もかなりわかりやすかった。


「すげぇ……。こうやって解くのか……。ありがとう、わかったよ」

「どういたしまして」


 俺は素直に感謝を述べた。


「隼太君!」

「……はい?」


 愛美がこちらを見て、唇を尖らせている。


「イチャイチャし過ぎ……」

「え? イチャイチャ? 別にしてないけど……」

「む~。なんかヤダ! 隼太君、次からは私が教えてあげる!」

「え? ……お、おう」


 これが嫉妬というやつですか?


「じゃあ……愛美。この問題を教えてくれるか?」

「あっ! そこなら私もわかるよ! えっとね~、これは~」


 愛美は俺との距離を詰め、俺の腕に胸を押し付けてくる。


「ここを~、こうして~」


 グイグイ。グイグイ。愛美はさらに俺に胸を押し付けてくる。

 いや、これはもう勉強どころじゃない! 胸にしか目がいかない!

 月宮と姫川さんを見ると、2人はジト目でこちらを見ていた。

 月宮からはさながら、「恋人のフリってそこまでやるの?」という威圧を感じる……。

 そして姫川さんは、俺のことをゴミを見るような目で睨んでいた。こ、こわい……。


「ちょっと~、愛美さん? それはわざとやってるんですかね?」


 俺が愛美に注意を促す意味も込めて尋ねると、


「ん? なにが~?」


 ……白々しい! 絶対わざとだ!

 すると愛美は、俺にしか聞こえないようなかなり小さい声で、


「隼太君はおっぱいが大好きだから、こういうの好きでしょ? 揉んでもいいよ?」

「……くそビッチ」


 俺もまた、愛美にしか聞こえないような声で言った。


「その程度の罵倒、私には通用しません」

「いいから離れろアホ。2人が見てんだよ」

「見られてるからいいんじゃない?」

「えぇ……」


 どうすれば離れてくれるの?


「ゴホン! ちょっと影谷さん? 愛美さんの胸に目がいきすぎでは?」


 姫川さんはわかりやすい咳払いをした後、俺を蔑むようにそう言った。


「え? 俺が悪いの?」

「当然ですっ! せっかく愛美さんが丁寧に教えてくださっているというのに! あなたという人はっ!」

「キャッ♡ 隼太君ってば私の胸見てたの? ちょっと! 今は真莉愛ちゃんたちもいるんだから、そういうのはやめようよっ! 確かに、この前ののことが忘れられないのはわかるけど……」


 愛美が自分の胸を両手で覆い隠して、俺から距離を取る。こいつ……。


「ちょっと影谷さん!? この前のアレとはなんですか!?」

「なんもねぇよ! 俺が聞きたいわ!」

「そんな……。私は初めてだったのに……」

「影谷さんっ!?」

「愛美! お前は誤解を受けるような言い方するな! 初めてってのはアレか!? この前のデートのことかっ!?」

「うんっ! そうだよっ!」

「この前のデートで一体何が!? まさか、影谷さん……」


 姫川さんの俺を睨む目がより強くなる。


「待て待て! 俺は何もやましいことはしていない! この前普通に! 初デートで映画を観に行ったりしただけだ! やましいことはマジで何も無かった!」

「初デートだとっ!? 影谷っ!! お前それは本当か!?」


 しばらく傍観していた月宮が突如席から立ち上がり、興奮した様子で言った。


「初デートしたのはマジだ……」


 俺は月宮に若干の申し訳なさを感じつつ、そう告げた。


「お前っ! それはっ……!」


 月宮が言いたいことはわかる。月宮はきっと、「恋人のフリなのにプライベートでデートするのか?」ときたいのだろう。しかし、姫川さんがいる手前、声に出すことはできない。


「月宮……。言いたいことがあるなら後でいくらでも聞く」


 今の俺には、そう言うことしかできなかった。

 その後、なんとか姫川さんの誤解も解け、勉強会が再開する。

 勉強会はもうちっとだけ続くんじゃ!

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