第45話 俺たちは恋バナする

「あの、月宮つきみやさん。この問題わかりますか?」


 姫川ひめかわさんが珍しく、他人に問題の解き方をいていた。

 学年5位常連とはいえ、わからない問題くらいあるよな……。


「ん~。一応解いてみるけど、姫川にわからないってことは、俺もわかるか微妙だぞ?」

「はい。ですが一応、お願いします」


 姫川さんを観察していると、やや頬が上気じょうきしており、さらに急にそわそわとしだした。

 普段落ち着いた様子なだけに、少し珍しかった。

 そして姫川さんは、誰にもバレないように小さくガッツポーズしていた。

 ん……? なんでガッツポーズ?


「じろじろ見てなんですか影谷さん? キモいですよ?」

「キモい……。地味に傷つくこと言うなぁ……」

「じろじろ見てる方が悪いと思いますけど。わからない問題なら、愛美あいみさんにけばいいでしょう?」

「別に、ただ……。姫川さんにもわからない問題があるんだなぁ……って思ってただけだよ」

「は? なんですかそれ? あるに決まってるじゃないですか。まあ、あなたのように基礎問題もわからないのは論外ですけど」

「ねえ、俺姫川さんに何かしたかな? 俺にだけ態度きつくない?」

「ふふふ。嫌よ嫌よも好きのうち、ですよ?」

「へぇ、じゃあ姫川さんは俺のこと好きなの?」

「そんなわけないじゃないですかバカなんですか死んでください。後キモいです。それから臭いです」

影谷かげたに隼太はやたに1億のダメージ!」


 俺はその場で倒れ込む。

 女子にここまで言われて凹まない男子っているの?


「もう~、真莉愛まりあちゃん。そこら辺で許してあげなよ~。隼太君死んじゃうよ?」

「愛美……。お前仮にも俺の彼女だろ……。もうちょい姫川さんの言葉否定しろよ……」

「いや、隼太君がじろじろ見てるのが悪いよ」

「さすが愛美さん! よくわかってます!」

「俺の味方はいないのか……」


 俺はなんとか体を起こし、勉強を再開する。


「姫川、わかったぞ」


 ずっと問題を解いていた月宮が、姫川さんに声をかける。


「本当ですか!」

「おう。いいか? 姫川の解答は、そもそもここの前提が間違っていて……」

「……なるほど! だから……」


 月宮が姫川さんに解き方を丁寧に教えている。俺には呪文にしか聞こえない言葉も、彼らには理解できるらしい。

 姫川さんはやっぱりどこかそわそわとしていて、髪の毛先を頻繁にいじっている。

 たまに月宮の顔を見つめては、顔を赤くし、髪の毛先をいじる。

 そういう行動を何回か繰り返していた。


「ちょっと~、隼太く~ん」


 隣に座る愛美から声をかけられる。


「どした?」

「真莉愛ちゃんのこと見過ぎ……」

「……ああ、ごめん」

「むぅ~。隼太君はああいうのが好きなの?」

「ああいうのとは?」

「ああいう、ハーフっぽい顔」

「いや、別に……」

「じゃあどんな子が好きなの!?」

「……愛美が好き」

「……えっ!? それホント!?」


 愛美のことは可愛いとは思うが、好きかどうかと言われると微妙だ。

 だが、今この場には姫川さんもいる。

 徹底的に恋人を演じた方がいいだろう。


「ホントホント。だから心配すんな」


 もちろん、演技だ。


「えっ……。や、やった~……。えへへ、ふふふ。え、じゃあさ、結婚する?」

「それもいいかもな~」

「え? え? ホント? 言ってみるもんだなぁ……」


 いや、なんかこいつ、勘違いしてないか?

 俺は念の為、愛美の耳元で、愛美にだけ聞こえるように、


「演技だよ演技だよ! 姫川さんにバレるわけにはいかないだろ?」

「え……? ……なんだぁ。…………はぁ」


 この反応……やはり勘違いしていたらしい。

 それから、愛美は何故か俺の制服の袖を引っ張り、


「ねね、今の、もう1回、耳元でささやいてくれない?」

「は? 今のって?」

「愛美が好きって……」

「……………………一応訊くけど、なんで?」

「耳元で囁かれるの、すっごい良かった……」

「そうかわかった。やらない」

「なんで!?」

「変な性癖に目覚められても困るからな」

「いけずぅ~」


 そこで会話が途切れ、俺たちはまた黙々と勉強する。

 たまに愛美にわからない問題を教えてもらいながら、1時間以上は勉強していただろうか?

 愛美は疲れをとるように伸びをする。

 その際、月宮は制服越しに強調された愛美の胸に目が釘付けだった。わかるぞ月宮。正直俺も結構見てた。

 そして、


「ちょっと疲れてきた~。ねぇ、少し息抜きしない?」


 愛美がみんなに向けてそう言うと、


「息抜きとは、具体的に何を?」


 姫川さんがそう尋ねる。


「学生といえば……わかるでしょ?」

「全くわかりませんが?」

「恋バナだよ恋バナ~」

「こ、恋バナですか……」


 姫川さんのペンを動かす手が止まる。


「おいおい、ちょっと待てよ愛美。お前と影谷は既にゴールインしてるんだから、この場合、恋バナの対象は俺と姫川に限定されちまうんじゃ?」


 月宮が焦ったように抗議する。自分に話の矛先が向くのが嫌なのかもしれない。


「そうかもね~。でもいいじゃん、別に。それか、私と隼太君の惚気でも聞く?」

「いや、遠慮しとくわ……」


 好きな人の惚気聞かされるとか、普通は地獄だよな……。月宮、お前も大変だな……。


「と、いうわけで! 私から質問で~す! ズバリ、真莉愛ちゃんは好きな人いるんですか~?」


 愛美は前屈みになって、姫川さんに尋ねる。

 月宮は少しホッとしたような顔をしている。


「え、えぇっ!? わ、私ですか!?」

「そうです! 真莉愛ちゃんです!」

「私の恋愛なんて誰も興味ないですよっ!? ですよね、影谷さん?」


 有無を言わせぬ圧力で、姫川さんが俺に話を振る。

 あ、これアレだわ。興味あるって言ったら殺されるヤツだわ。


「ぜんっぜん興味ないな! なんかもう、びっくりするくらい興味ない! うん、興味ない! ってか、恋バナ自体に興味ないわ!」


 俺は冷や汗をかきながらそう答える。


「え~? じゃあ、ようは? 好きな人いないの?」


 愛美が標的を月宮に移す。


「……俺は」


 月宮……。お前はどうする?


「俺は、好きな人なんていねぇよ……」


 月宮は愛美から顔を背けながら、そう答えた。いや、そう答えるほかなかったのだろう。


「ですよね~。なんか、陽は好きな人いなさそうだもん! 部活が恋人……みたいな?」


 愛美さん? さてはあなた、意外と鈍感ですか?


「そ、そうなんですね! 月宮さんは好きな人いないんですねっ!?」


 姫川さんは小さくガッツポーズしている。

 う~ん。これは……。


「おやおや? その言い方、やはり真莉愛ちゃんは好きな人がいるのかなっ!?」


 愛美の興味は、またも姫川さんへと戻る。


「………………。……えぇ。そうですよ? この際だから言いますが、私には好きな人がいます」


 姫川さんは意外にも、はっきりとそう告げた。


「おお! やっぱり! ちなみにお相手は?」

「それは……ごめんなさい。それは言いたくないです」

「……そっか~。それじゃあ仕方ない」


 姫川さんが答えるのを渋ると、愛美はあっさりとその場を引いた。


「さて、それじゃあ、ちょっとした休憩にもなったし、勉強再開しますか!」

「あ、愛美さん! 最後に、私からもいいですか?」

「うん? なに~?」


 姫川さんは愛美に何か訊きたいことがあるようだ。


「愛美さんと影谷さんは、どちらから告白したのでしょうか?」

「ああ。それは、私からだよ」


 愛美は、以前あおたちに同じ質問をされた時にもそう答えていた。

 つまり、なのだろう。


「そうですか……。愛美さん、やはり、好きになった方から告白すべきでしょうか?」


 姫川さんは真剣な眼差しでそう尋ねる。

 彼女は、迷っているのかもしれない。

 好きな人に告白しようかどうかを。

 そして、俺の予想が正しければ、姫川さんの好きな人は恐らく……。


「……そうだね。そうするべきじゃないかな? 私も最初は、隼太君にすごく嫌われてたけど、今ではこんなにも、仲良くなれたわけだし」


 愛美のその言葉に嘘はないのだろう。

 俺は確かに、最初は愛美を嫌っていた。だが今は、いい友達だと思っている。

 愛美は俺の腕に、自分の両腕を絡めて、


「告白することで、変わることもあると思う。最初の1歩って、結構大事だよ……。だから……頑張ってね、真莉愛ちゃん! 応援してるよ!」

「……はい。ありがとうごさいます。私、頑張ります」


 愛美の言葉を聞きながら、俺は1人考えていた。

 もしも、俺の予想が当たっていたのだとしたら……。

 この世界は、あまりに残酷だ。

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