第38話 俺は手を抜かない

 ひょんなことから、愛美あいみとデートをすることになった。

 俺が集合時間に間に合うように家を出ようと、玄関で靴を履いていると、


「あれ? 隼太はやたどっか行くの?」


 妹の舞衣まいに声をかけられた。


「ああ。ちょっと出てくる」

「へえ。隼太がどっか行くなんて珍しいね。女?」

「一応女と会う約束はしてるな」


 俺がそう言うと、舞衣はあんぐりと口を開けて、


「……え? マジで……?」


 俺の予想以上に驚いていた。


「マジ……だけど」


 俺が苦笑いをしながらそう言うと、


「ちょっとー!? 正徳まさのり聞いてよー!! 隼太が女に会いに行くってー!?」

「なにっー!? 貴様! いつの間にそんなリア充にっ‼ 兄ちゃん失望したぞ!」


 舞衣が叫ぶと、正徳がどこかから急に現れた。

 昨日も思ったけどさ、正徳のその瞬間移動みたいな能力なんなの? 心臓に悪いからやめてほしいんですけど。


「あんまり大声出すと親に聞こえるだろ。親にバレると面倒だから、言わないでくれよ?」


 俺は小声でそう言った。


「これは帰ってきたら尋問しなくちゃだね」


 舞衣がそうつぶやく。


「だな。まさか俺より先に女ができるとは……。隼太も隅に置けんな。良かったら俺に紹介してくれてもいいよ」

「するか、アホ」


 俺が正徳の言葉を軽くあしらうと、舞衣が、


「あー。もしかしてあれ? 前付き合ってた子と復縁したとか?」


 ふいにそういてきた。

 俺が前に付き合っていた子というのは、言うまでもなく華咲はなさき美優みゆのことだ。

 ……彼女と復縁することはありえないだろう。


「いや、それはないな」

「えーっ!? じゃあ別の女ってことっ!? 高校ではぼっちだとか言っておきながら、意外とやることやってんじゃん! やっぱ隼太ってチャラいわ」


 舞衣が肩をすくめながらそう言った。

 うーん。確かに、ここ1週間くらいで俺の高校生活はかなり変わったな。


「別にチャラくないって。今日会う女子も、ただの友達だし」

「でも、二人きりで会うんでしょ?」

「ま、まあな……」

「うっわー。それでただの友達とか言い張るんだぁー。やっぱチャラいわ」

「うっせ。ほっとけ」

「まあまあ、いいじゃないか妹よ。隼太、その女の子、絶対俺に紹介しろよ」

「だからしねぇって」


 正徳の頼みを断りつつ、俺は玄関の戸に手をかける。


「それじゃ、行ってくる」

「気をつけてね、お兄ちゃん。それと……」


 舞衣は俺に、どこか優しい表情を浮かべると、


「――良かったね。友達出来て。今日は楽しんできなよ」

「おう」


 俺は舞衣からの言葉をしっかりと受け取り、外に出た。

 あんなことを言ってくれるあたり、俺の妹も悪いやつではないのだろうと、そう思った。


 ◇◇◇


 俺が集合時間の約5分前に駅前に到着すると、愛美らしき後ろ姿を発見した。

 俺はその人物に近づいていく。

 その人は、駅前にあるコンビニの窓ガラスを鏡にして、髪の毛を整えていた。


「愛美?」


 おそるおそる、俺はその人に声をかける。


「ひゃ、ひゃいっ!?」


 その人は肩をピクリと震わせた後、俺の方を見た。


「あ、あっ!? 隼太君っ!? ここここ、こんにちはっ!?」

「お、おう……。どうした? 慌てて」


 その人はやはり愛美だった。


「隼太君が急に声かけるからっ! こっちにも心の準備ってものがあるの! というわけで、やり直し!」

「え? やり直しって?」

「だからっ! 私に声をかけてくるとこからやり直し!」

「それやる意味ある?」

「あるっ!」

「……わかった」


 言われるままに、俺はやり直すことにする。

 俺は愛美のことを、下から上へと眺める。

 半袖の白ブラウスに青い膝丈スカートというシンプルな服を身にまとった彼女のことを、きっと誰もが可愛いと認めるに違いない。

 少なくとも俺は、可愛いと思う。

 俺は1度咳払いをし、愛美に穏やかな笑みを向けると、


「よう、愛美」


 軽く手を上げながら、そう言った。


「……あっ、隼太君!」


 まるで今俺の存在に気づいたかのように、彼女は俺に手を振った。


「……………………」

「……………………」

「これでいいのか?」

「え……。これで終わり?」


 これで終わりとは?

 どうやら愛美は、俺にまだ何かを望んでいるらしい。


「なに? まだなんかあるの?」

「え、いや……。隼太君、確認なんだけど、これってデートいいんだよね?」


 愛美のその言葉に、俺は少し考える。

 確かに今日は、デートをするということで俺たちは駅前に集合した。

 だが、実際は俺と愛美は付き合ってはいない。

 付き合ってはいない……が、男女で2人きりで遊ぶというのは、デートと言っても差し支えない気もする。

 とういうところまで俺は考え、


「デートだな。うん。これはデートだ」


 俺はそう断言した。


「……だよね? ならさ、デートの定番ってものがあるじゃん?」

「ほう、例えば?」


 デートの定番とやらがどんなものなのか俺は気になり、そう尋ねる。


「例えば……待った? とか」

「待った……?」

「うん。遅れて来た方が、先に来てた方にそう尋ねるの。これって、かなり定番な流れだと思うんだけど……」

「愛美はそれがやりたいと?」


 愛美は照れくさそうに頬を染めながら、俺の質問にこくりと頷いた。


「なら最初からそう言えよ……」

「言わなくても察してよ!? っていうか、私から言ったら意味ないでしょ!?」

「確かに」


 というわけで、俺は改めて咳払いをし、若干の恥ずかしさを覚えながら、愛美にく。


「愛美……。その、遅れてすまん。……待ったか?」


 いや、俺は集合時間の5分前には駅前に着いていたわけだから、実際は遅れてはないのだが。ま、そういうことじゃないよね。多分。


「ううん。全然待ってないよ! 私も今来たとこ」

「そうか。そりゃ良かった」


 愛美は少し前屈みになり、上目遣いで、


「それじゃあ、今日はどこ行こっか?」


 無邪気な笑みでそう言った。


「ああ。それなんだが……」


 俺は家であらかじめ考えておいた今日のプランを述べる。


「やっぱりデートの定番って言ったら、映画だと思うんだよな……。だから、他にも色々考えたんだけど、映画を観ようと思うんだ」

「へぇ……。私とのデートのために、色々と考えてくれたんだ?」


 からかうような声で、彼女は言った。


「そうだよ。結構色々考えたんだよ。だから、感謝しろよ?」


 俺にエスコートして欲しい。

 愛美からのその頼みを受け入れたからには、俺だってそこに手は抜かない。

 だから俺なりに全力で、愛美が喜びそうなデートプランをあれこれと頭の中で考えた。

 その結果が映画というのは、あまりに無難な気がしてならないが、それもしょうがない。

 だって、愛美を喜ばせようと思ったら、どう考えても無難になるでしょ。冒険し過ぎて彼女をがっかりさせるわけにもいかないわけだし。


「ふふ。私は今すっごい嬉しいよ。だから、隼太君には感謝してる。映画に行くなら、早く行こうよっ!」


 彼女はそう言って、俺の腕を引っ張り走り出す。

 おいおい、これじゃあまるで、愛美が俺をエスコートしてるみたいじゃないか。

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