第37話 俺はデートの約束をする
中学2年の夏休みのとある日。
俺、
「優希、元気だね」
浜辺で可愛い女の子を片っ端からナンパしている優希を見ながら、美優が言った。
「……だな。俺はもう疲れたよ」
既に海で散々遊んだ俺は、立てかけられたビーチパラソルの影で寝そべりながらそう言った。
つい先ほどまで、俺たち3人はビーチバレーやらスイカ割りやらで遊んでいた。俺と美優は既に疲れ果てているのだが、優希はまだナンパする元気があるらしい。
俺の左隣に座る美優は、麦わら帽子にフリルのあるビキニを着ていた。改めてじっくりと観察してみると、とても綺麗で似合っている。
こんなにも綺麗な人が自分の彼女なのだと思うと、とても誇らしかった。
「ちょっと、どこ見てるの? エッチ」
俺の視線に気づいた美優が、両手で胸元を覆い隠していた。
「別に隠すことないじゃん。普通に似合ってるし」
俺が素直な感想を述べると、
「……なんか
「いや、本当のこと言っただけなんですけど」
「そういうこと、私以外の女子に言わないでよ?」
「言うわけねえだろ、バカ」
俺は体を起こしながらそう言った。
しばらくの間、無言で優希の動向を見守っていた。
あいつ、今日だけで一体何人の女子をナンパしたんだ? 俺なんかより、あいつのほうが絶対チャラいだろ。見た目は眼鏡で、真面目そうな風貌してるくせにさ。
いずれ優希のあの真面目そうな見た目に騙される女性が現れるのかと思うと、不安で仕方ない。
俺が優希を見ながらそんなことを考えていると、唐突に、美優が俺の左手を握ってきた。
俺は突然の出来事に肩をビクリと震わせ、美優のことを見た。
「どした、急に……」
「あのさ……、隼太」
「うん?」
美優はどこか遠くを見つめながら、
「私たち、ずっとこのままならいいね」
彼女のその言葉に、俺はなんと答えればいいのかわからなかった。
「……ずっとこのまま、一緒にいれたらいいね」
俺の方を見ながら、彼女は微笑んだ。
「……ああ、そうだな」
俺は彼女のその笑顔を見て、頷いた。
だけど、その数か月後。
美優は俺を裏切ったんだ。
◇◇◇
プルル。プルル。
けたたましく鳴り響く着信音で、俺は目を覚ました。
どうして今更、あんな夢を……。
「……あれ?」
俺は自分の頬を触り、驚く。
──なんで俺、泣いてるんだろう。
頬を触ると、涙を流していることに気づいた。
泣くような夢じゃないだろ……。
ゴールデンウィーク2日目の朝。現在の時刻は午前7時。
今も着信音は鳴り響いている。
今日こそ昼まで寝ようと思っていたのに……。くそっ。誰だよこんな朝っぱらから。
俺が電話に出ると、
『おっはよーう! 隼太君! あなたの愛する彼女、
「……切っていいか?」
『あっれー? もしかして不機嫌? 低血圧なのかな?』
「用がないなら切るぞ」
『いや、ごめんなさい! もうふざけないので切らないでくださいお願いします!』
電話の相手は愛美だった。
実はゴールデンウィークに入る前、愛美とは連絡先を交換していた。
愛美曰く、「ゴールデンウィーク中に一言も隼太君と喋れないなんて死んだほうがマシ!」とのことである。
「で、なんの用ですか?」
俺が改めてそう
『っていうか隼太君。わりと本気のダメだしなんだけど、せっかくの彼女からのモーニングコールでその反応は冷たくない?』
「冷たい反応されたくないなら、もうちょっと普通のテンションで話しくれよ。朝一番でさっきのテンションにはついていけないって」
『えー? でも彼女だよ? 彼女からのモーニングコールだよ?』
「君はいつから俺の彼女になったの?」
『え? やだなー。私たち、恋人でしょ?』
「ニセのな! ホンモノではないからなっ!」
『ニセでも彼女だもん! そこはちゃんとやってくれないとっ!』
「……わかったわかった。今度からはもうちょいお前のテンションに合わせるよ。それじゃあ、切るぞ」
『ってちょっと待って! そんなことを話すために電話したんじゃないの!』
「……じゃあなんだよ?」
俺が愛美に尋ねると、彼女は声を上ずらせながら、
『いやっ、あの、さ……。私前にさ、隼太君のこと好きって言ったじゃん?』
「ん……。お、おう」
急な話の展開に、俺は言葉に詰まる。
改めて告白されたことを確認されると、こちらもなんだか照れてしまう。
俺はまだ、愛美にあの時の告白のちゃんとした返事をしていない。
要するに、キープしているのだ。
うん。この説明だけだと、俺ってすごく最低な奴だね。まあ、否定はできないけど。
『その、なので……。というか、まあ、私はいまだに隼太君のことが本気で好きなわけですよ』
「うん。それで……?」
愛美のやつ、よくもそんな恥ずかしいことを堂々と言えるもんだな。
やはり、彼女のメンタルはかなり強いのだと思う。
なんたって、俺は彼女を散々突き放したのに、それでもまだ俺のことを好きと言ってくれるのだから。
そんな彼女の心が、弱いわけがない。
『私としては、せっかくのゴールデンウィークに、好きな人とどこかに遊びに行けたら最高だなぁ……とか、思っているわけです』
「お、おう。要するに?」
俺は彼女が何を言いたいのかなんとなく察しつつも、彼女に先を促す。
『要するに! 隼太君! 私とデートしてください!!」
もしかしたら、愛美はゴールデンウィーク中に俺に何かしらのアクションを起こしてくるかもしれない。
そんな予感が、休みになる前から少しだけしていた。
しかしまさか、ニセの恋人の立場を利用してではなく、素の愛美でデートに誘われるとは思っていなかった。
俺はてっきり、「私たちは恋人なんだから、デートくらいするのは当たり前だよね!」くらいのノリでデートに誘ってくると思っていた。
そういう誘い方をしなかったのは、彼女なりの誠意なんだろうか。
だとしたら、俺は彼女の頼みを無下にはできない。
「……わかった。いいよ。いつにする?」
『え……。本当にしてくれるの?』
「まあ、ちょうど俺も、今年のゴールデンウィークは誰かと遊びたいと思ってたしな」
『や、やった! 愛してるよ! 隼太君!』
「そういうのはいいから、いつデートする?」
『む~。別にふざけてるわけではなくて、愛してるっていうのは本当なんですけど?』
「わかったよ。それで、いつにする?」
『今日! ……とかは無理?』
「今日か……」
今日は……というか、俺はいつも予定ががら空きなので、特に問題はないだろう。
「わかった。じゃあ、今日の午後からでいいか? 場所は?」
『あ~。それなんだけどね? 私から誘っておいて何なんだけど……』
「おう、なんだ?」
『できれば……行き先とか諸々は、隼太君にエスコートしてほしいなぁ……みたいな?』
「……………………」
『ダメ……かな?』
甘えるような声で愛美は言った。
男にエスコートされたいっていうのは、女の子としてはわりとありがちな願いなのかもしれない。
せっかくのデートだ。やるならとことんやってやろうじゃないか。
「オーケー。わかった。じゃあ、今日の午後1時に駅前集合でどうだ?」
俺は彼女からの提案を快く受け入れ、待ち合わせ場所を指定した。
『了解です。それじゃあ、1時に待ってるよ。愛しの隼太君♡』
その言葉を最後に、通話が切れた。
通話が切れた後、俺は少し考える。
愛美は俺のことを好きだと言った。
彼女のその想いは素直に嬉しい。彼女を傷つけたくないとも思う。
だが……、俺は彼女のことを好きなのか?
そこがイマイチ、わからなかった。
そもそも、だ。
仮に、俺と愛美が付き合うことになれば、そりゃ愛美は幸せになるだろう。
でも、俺と愛美が付き合うことで、傷つく人も大勢いることを、俺は知っている。
例えばそれは、
彼は愛美のことが好きで、だからこそ、俺と愛美が付き合えば当然傷つくことになるだろう。
誰かの幸せと引き換えに、誰かが傷つく。
それは仕方がないことだとわかっているはずなのに、俺はどうしても、考えてしまう。
誰もが幸せになる、そんな世界はないのだろうか……と。
そんな理想を叶えてくれる神様が、どこかに存在していればいいのに……と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます