第36話 俺の家族とミッション!

隼太はやた、起きて!」


 ゴールデンウィーク初日の休み。

 俺の優雅な眠りは、妹の叫び声に妨げられた。

 妹の舞衣まいによって俺はかぶっていた毛布を剥がされる。


「うぅ〜、なんだよ……。朝っぱらから」


 俺はベッドの上でうずくまる。


「もう11時だし、さっさと起きて!」

「今日は昼まで寝るつもりだったの!」

「そんなの知らない! いいから起きて!」


 俺は舞衣に腕を引っ張られる


「痛い痛い! わかった! 起きるから離せ!」


 俺はしょうがなく起き上がり、寝癖が大量にできているであろう頭をポリポリとく。


「やっと起きた。もうちょっとしっかりしてよ」

「……いいだろ、別に。休みの日くらい」

「よくない! 今日は隼太にミッションがあるの!」

「……ミッション?」


 舞衣が何を言っているのかよくわからず、俺は聞き返す。


「そう、ミッション! 超重大なミッション!」

「……はあ、そうですか」


 どうせくだらないことなんだろうなー、とか思いつつ俺は舞衣の言葉を聞き流す。


「今日は兄妹3人で、そのミッションに取り組みます!」

「兄妹3人? ってことは、正徳まさのりもやるの?」


 俺の家族は、母、父、兄、妹、俺の5人家族だ。

 正徳とは、俺と舞衣の兄貴のことである。


「ま、妹の頼みとなっちゃあ仕方ないよな!」

「うおっ!? びっくりした!?」


 突然どこかから俺の隣に現れる正徳。

 相変わらず、銀色に染めた髪が目立っている。

 うちの兄貴は現在大学2年生。大学は実家から通っている。

 彼は大学に入ってからあらゆる色に髪の毛を染め、現在は銀髪で落ち着いている。

 家族で一緒に外へ出かける時にめちゃくちゃ目立つので、正直銀髪はやめてほしいです。

 さらに、大学に入ってから何故かカラーコンタクトをつけ始め、左眼が赤、右眼が黄色というオッドアイになっている。

 どうやらうちの兄貴は、少し遅めの中二病にかかってしまったらしい。

 ちなみに、妹の舞衣は現在中学3年生だ。


「うちの可愛い妹の頼みだ! 隼太もやるよな!?」

「……このシスコンめ」


 俺が正徳に呆れていると、


「お兄ちゃん、お願い♡」


 舞衣がキラキラとした目で俺を見る。あざとい可愛い妹最高!(洗脳済み)


「よし、やりますかっ!」

「さすが隼太!」

「わーい! お兄ちゃん大好きぃ!」


 みんな、あらかじめ言っておくが今回は日常回だ。許せ。


 ◇◇◇


「で、そのミッションってのは?」


 俺は着替え等を一通り済ませてから、改めて舞衣と正徳にそう切り出した。

 ちなみにこの2人、俺の着替え中もニコニコと俺の部屋に居座っていた。勘弁してくれ。


「ふっふー。それ、聞いちゃうかー。それ聞いちゃうのか隼太ー」


 舞衣が何やらノリノリでそう言った。


「いや聞かねえと何も始まらんだろ」

「いいの? 本当に聞いちゃっていいの? 高いよ?」

「金取るのかよ!」

「……えっ!?」


 俺がツッコむと、舞衣が驚いたように目を見開いた。


「どうしてわかったの?」

「いや、何が?」


 俺は訳が分からずそう尋ねる。


「金を取るって、どうしてわかったの?」

「は? いやいや、お前が高いよとか言うから……」

「そうなんだよ! 今回のミッションはズバリ、金を取るんだよ!」

「……は? 何言ってんの?」


 舞衣が何を言っているのかイマイチ分からない。

 正徳の方を見ると、彼はニコニコしているだけで何も言わない。なんか喋れよ。笑顔で無言ってのが1番怖いんだからな。


「今日、私たちで取り組むミッションとは……」

「ミッションとは……?」


 舞衣は俺と正徳を交互に見て、


「3人で協力してお父さんからお金を巻き上げる!」


 なかなかに最低なことを平然と言っていた。


「いや普通にダメだろ。何言ってんの君?」

「いいんじゃない?」

「は?」


 正徳が舞衣の提案にノっていた。


「いや、なんで正徳が乗り気なんだよ。あんたが1番止めなきゃダメだろ! 兄として!」

「いやぁ、最近金欠でさぁ……。丁度お金欲しかったんだよねぇ……」

「えぇ……」

「さすが正徳! わかってるぅ!」

「ま、可愛い妹の頼みだしな……!」


 こいつら、親に申し訳ないとかそういう気持ちはないのか……。

 俺が訝しげな目で2人を見ていると、


「そりゃ、隼太にはわからないでしょうね!」


 舞衣が俺に指をさして、何やら言ってくる。


「ろくに友達もいなくて、遊びに行く予定も、お金がかかる趣味もない隼太には、私たち2人の気持ちはわからないでしょうね!」

「おい、さりげなくひどいこと言うな」

「事実でしょ!」

「そうだけど! はっきり言われると傷つくんだよ!」

「よよよ。そんなお兄ちゃんに気を使って、せっかく私がミッションに誘ってあげたというのに……。こんなのひどいよ! そうは思わない? 正徳お兄ちゃん!」


 舞衣が泣き真似をしながら語りかけてくる。それに対して正徳は、


「ああ、そうだとも。全部隼太が悪い。舞衣は何も悪くない。俺がパチンコで金を使い果たしたのも隼太が悪い」

「いや俺関係ねえし。ってか、あんたパチンコやってたのかよ。悪いこと言わねえからやめとけ」

「わーん! 妹よ! また隼太が俺をいじめてくるよぉ! 俺、長男なのに!」

「こら隼太! 正徳をいじめないで! 正徳からパチンコを取ったら何が残るって言うの!? 正徳がパチンコやめたら、ただのうんこ製造機になっちゃうじゃない!」

「そうだ、そうだ! 俺がうんこ製造機になってもいいのか!」

「……舞衣の方が俺よりひどいこと言ってないか?」


 うんこ製造機って。俺はそこまで言ってねえぞ。


「とにかく、隼太もこのミッションやるの!」

「やるって……。具体的にどうやって?」

「フフ。俺が見本を見せよう。兄としてなっ!」


 正徳がそう言って立ち上がった。

 どうでもいいけど、あんた今の所兄貴感ゼロだからね? ただのパチンカスだからね?


 ◇◇◇


 というわけで、俺たちはリビングに移動し、まずは正徳がミッションを遂行する。


「……親父。ちょっと話があるんだ」

「なんだ……」


 深刻な表情で、正徳は父さんに話しかける。俺と舞衣はそれを、少し遠くから見守っている。


「……頼む! パチンコで絶対勝ってくるから、今すぐお金を貸してくれ!」


 正徳はそう叫びながら、勢い良く頭を地面につけてひれ伏す。

 まさかの全力土下座!? 我が兄ながら情けねぇ……。つーか、お金を貸して欲しい理由がクズ過ぎる。


「正徳……、本気で言っているのか?」

「ああ、本気だ! この通り!」

「このバカ息子め! 大人しくバイトしろ!」


 で、ですよねぇ……。

 正徳は肩を落としながら俺たちの元まで来ると、笑顔でサムズアップした。


「思いっきり失敗してんじゃねえか!」

「……チッ。うちの兄貴マジ使えねぇ……」


 俺が正徳にツッコむ横で、舞衣が舌打ちしていた。ヤダこの子怖い。闇が深いな。


「次は私が行く! 正徳は裸で家の周り100周!」


 ミッションに失敗した罰が重い!


「妹の頼みなら仕方ねぇ。やりますかっ!」

「いや行かなくていいから」


 俺は正徳の裾を引っ張り、外に行こうとする正徳を止めた。裸で走ったら捕まるだろ、マジで。

 そうこうしているうちに、舞衣は父さんの前まで行っていた。

 父さんは舞衣のことを疑うような目で見る。

 そりゃそうだわな。さっき正徳からあんなことを言われた後じゃ、警戒もするよな。


「ねぇ、お父さん」

「……なんだ?」


 父さんは舞衣に冷たい眼差しを向ける。

 すると、舞衣は、


「お父さん、実はねぇ……今舞衣、お金に困っててぇ……♡」


 舞衣は座っている父さんの膝にまたがり、猫なで声でぶりっ子していた。

 実の親に何やってんだ、あいつ……。


「お金だと……?」


 父さんは疑いの姿勢を崩さない。まだ警戒しているようだ。


「……うん、そうなの♡ なんかぁ、友達とぉ、ライブ行く約束しててぇ……。でもぉ……、お金足りなくてぇ……。このままじゃ、友達に嫌われちゃうっぽくてぇ……。マジでぇ、ヤバくてぇ……。だからぁ……、お母さんに内緒でぇ、お金貸して欲しいの♡ 貰えなかったら、舞衣泣いちゃう……。ぴえん」

「……………………」


 喋り方キモっ!? なんだあの喋り方は! どう考えても逆効果だろ!

 父さんは険しい顔をしている……。やはりこれもダメか?


「……いくらだ」

「5000円くらい貰えると嬉しいな♪」

「……母さんには内緒だぞ。持ってけ」

「わーい! ありがとうお父さん! 大好きぃ! ギュー!!」


 お、親父ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?

 何やってんだあの人!? 渡しちゃったよ! 5000円渡しちゃったよ!!

 舞衣は勝ち誇ったような笑顔でこちらへ来ると、


「マジ余裕。親父チョロすぎっ!」

「おぉ! よくやった妹よ! では、さっそく山分けを……」

「はぁ!? これは私が貰ったお金なんですけど!? なんで正徳にあげなきゃいけないわけ!?」

「おぉ……。舞衣ちゃんこわい……」

「舞衣……。お前いつもこんなことやってんの?」


 俺がこめかみを押さえながら尋ねると、


「さすがにいつもはやってない。たまに」

「……やってんのかよ。兄ちゃん失望したぞ……」

「勝手にすれば?」


 舞衣さんってこんなキャラでしたっけ? もっと心優しい妹だと思ってたよ……。


「最後、隼太の番だね。ま、精々頑張れば?」

「………………」

「隼太、頑張れよ!」


 俺は無言のまま、父さんに近づいて行く。


「今度は隼太か……。何の用だ?」


 俺は父さんの前に立つと、父さんの目を見据える。

 そして、


「これ、受け取ってくれ」


 俺は自分の財布から5000円を取り出し、父さんに差し出した。

 幸い俺は、お小遣いをかなり貯めている。

 恩返しというのも変な話だが、良い機会だ。感謝の意味を込めて、俺は父さんに5000円を返すことにした。


「受け取れるか、たわけ」

「いや、でも……」

「お前が1番アホだな、隼太」

「……アホ?」


 あの2人よりも俺がアホというのは、中々心外だった。


「いいか、隼太。お前はおそらく、兄妹のなかで1番の真面目だ。だがな、1つ大きな勘違いをしている。いい機会だ、よく聞け」


 父さんは俺の目をしっかりと見つめて、真剣な表情で切り出した。


「お前はまだ子供だ。親に守られる側なんだ。だから、貰えるお金は大人しく貰っておけばいい」

「……いや、でも」

「恩返しがしたいというのなら、貰ったお金で、自分の好きなことをしろ。人生を楽しめ。そして、親には元気な姿を見せてくれればそれでいい。それだけで、充分なんだよ。お金を借りることに申し訳なさを覚えるのは、大人になってからでいい」

「……………………」

「ワシが舞衣の下手な芝居に騙されたとでも思ったか? バカめ、親をナメるな。友達と楽しく日々を過ごしてくれるなら、5000円なんて安いもんだよ」

「……父さん」


 俺はその言葉を聞いて、静かに5000円を財布にしまった。

 今度、愛美あいみ黒崎くろさきを遊びにでも誘ってみようか。


「親父ぃ! それなら俺にも、パチンコ代を!」

「やるかアホ! 貴様はバイトしろ!」

「ですよねぇ!」


 正徳はあっさり追い返されていた。


「……どうだ、隼太。最近学校は楽しいか?」


 父さんは俺にそういた。


「ああ、楽しいよ。父さん……」

「そうか。それは良かった」


 俺は父さんに、穏やかな笑みを見せるのだった。

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