第33話 俺がお前を救う

 長々と自分の過去を語り終えた俺は、改めて太陽たいようの顔を見る。

 太陽は、穏やかな笑みを浮かべていた。


「やっぱり、私の勘は間違ってなかったね」


 彼女の第一声は、それだった。


「……お前の、勘?」


 言葉の意味がよくわからなかったので、俺は太陽に聞き返す。


「うん。隼太はやた君が1人でいるのは、何か訳がありそうっていう勘」

「……ああ、そういうことか」


 言われて、俺は納得する。

 確かに、俺が1人でいることには理由があった。

 でも今は、黒崎くろさきという友達も作り、少しずつ、過去のトラウマを乗り越えていこうと努力している。


「……それから」


 彼女は唐突に頬を赤らめ、


「覚えててくれたんだな……って思ったり」

「覚えてた? 何を?」


 またしても、俺は彼女に問う。


「その……ね。隼太君は気づいてないかもしれないけど……」


 彼女はそう前置きし、少し言いにくそうにしながら、


「隼太君が救った、トラックにかれそうになってた女の子って、実は……私だったり……」

「……………………は!?」


 俺は驚愕の声を上げる。

 あの時助けた女の子が……太陽?

 むむ……。確かにそう言われてみれば、面影があるようなないような……。いや、やっぱないな。


「え……。マジで?」

「マジで。だから、改めてお礼を言わせて。あの時、助けてくれてありがとう。君のおかげで、今の私がいるの」

「ま、マジかよ……」


 あの時の少女が太陽と同一人物だとは、到底思えない。

 やはり太陽は高校に入って、見た目を含めた何もかもを、かなりがらっと変えたということなんだろう。


「ああ……そういうことか」


 太陽から衝撃の真実を告げられた俺は、昨日の朝のことを思い出し、1人納得する。

 昨日、雨の中ずぶ濡れになっていた太陽に、俺は言われたのだ。


『……私のこと、覚えてないかな?』と。


 あの時は、太陽の言っていることの意味がわからなかった。

 だが、今の太陽の話で、全てが繋がった。

 俺は太陽と、過去に会っていたのだ。

 だから太陽は、俺にあんなことをいたのだ。

 そして、もう1つ、わかったかもしれないことがある。

 俺には常々、疑問に思っていたことがある。


 どうして太陽は、俺に好意を抱いているのか、という疑問だ。


 はっきり言って俺は、今まで彼女を散々拒絶してきた。

 それ故に、彼女に惚れられる理由が、イマイチわからなかったのだ。

 だけど、もしも。

 彼女にとって俺が、命の恩人なんだとしたら?

 それなら確かに、俺が彼女に惚れられるのも納得はできる……気がする。

「命の恩人だから惚れる」なんていうのは、少し安易な気もしないではないが……。まあ、そういう人がいたとしても、別に不思議ではないことも事実だ。

 と、そこまで1人で色々と納得したところで、俺は話題を変える。


「それで、俺の過去は話したぜ? 次はお前の番だ」


 俺は彼女の顔を見る。


「お前が悲しい顔をする理由を、教えてくれよ」


 俺がそう言うと、彼女は少し困ったような笑みを浮かべる。


「……ははは。これは話すしかなさそうだね。……うん。話すよ。私に、何があったのか」


 そして太陽は、覚悟を決めた顔をする。

 俺は固唾を飲んで、彼女の言葉を待つ。


「……なんか私、ハブかれちゃってるみたい」

「………………」


 ああ、やはりそうかと、俺は思った。

 俺の勘違いなんかじゃなかった。

 だって明らかに、今日の彼女の様子はおかしかったのだから。

 普段の太陽なら、昼休み以外の時間はあおたちと過ごしていたのに、今日はずっと俺と一緒にいた。

 それだけじゃない。

 彼女は今日、俺と昼休みを共に過ごせないことを、妙に嫌がっていた。

 それはおそらく恋人のフリなんかではなく、彼女の本心だろう。

 なにより、俺の頭から焼き付いて離れないあの言葉。


『助かった』という、太陽のあの言葉。


 あの時の彼女の安心したような表情。気が緩み、思わず見せてしまったようなあの表情。

 あの時から、なんとなく察しはついていたのだ。

 太陽がまた、ハブかれているんじゃないかって……。


「――それってさ」


 俺は彼女に罪悪感を抱きながら、


「やっぱ、俺と太陽が付き合ったせいなのかな?」


 確認するように、俺は問う。

 俺たちにとっては恋人のフリでも、周りの人からすれば、俺たちは付き合っているのだ。


「あはは、そうかもね……」


 困ったような笑みを再度浮かべて、太陽は俺の言葉を肯定した。


「だったらさ! もしも本当に、俺とお前が付き合ったせいで、お前が嫌な想いをしてるっていうならさ……」


 それはある意味、当然の決断。

 たった二日の、とても短い期間だったけど、


「俺たち、別れようか」

『私たち、別れようか』


 ……え?

 その言葉を自分で発したにも関わらず、俺は驚いた。

 何故なら、俺が太陽にそう告げた瞬間、どうしてなのだろう……。


 華咲はなさき美優みゆと今の俺が、重なってしまったのだ。


 どうして、俺を裏切った憎き女の顔を、思い出してしまったのだろう。

 俺の言葉とあいつの言葉は、全く意味が違うのに。

 俺の言葉は善意で、あいつの言葉は悪意だ。

 同じ言葉でも、意味は全く違う。


「……それじゃあ、意味ないよ」


 太陽は悲痛な表情を浮かべて言った。


「それじゃあ、もしも私が別の誰かと付き合うことになった時、また同じことが起きちゃうよ! そんなの、なんの解決にもなってないよ!」


 言われて、俺は気づいた。

 ……そうだった。それじゃあ、なんの意味もないじゃないか。

 そもそも俺と太陽が恋人のフリをしている真の目的は、その根本的な問題を解決させるためだったはずだ。

 太陽が誰かと恋人になっても、誰も妬まず、むしろみんながそれを祝福してくれる。

 そういう状況が、彼女の理想のはずだ。

 自分の大切なものを犠牲にしなければ成り立たない幸せなんて、彼女はきっと求めてない。


「……そうだったな。俺が間違ってたよ」


 俺は彼女に謝罪する。


「恋人のフリをやめるのはなしだ。そんなもので手に入る一時的な幸せなんて意味がない。俺が明日、お前のダチを説教してやる」


 俺がそう言うと、彼女は不安に満ちた顔をする。


「説教って……。それでなんとかなるの? もっと状況が悪くならない?」


 そう言う彼女に、俺は笑顔を見せる。


「大丈夫だって。俺に任せろ。お前はただ、俺に助けらることを感謝するだけでいい。お礼は……そうだな……」


 考える素振りを見せながらも、本当は、言いたい言葉は既に決まっていた。


「太陽のとびきりの笑顔で手を打とう」


 あらかじめ用意していた言葉を、俺は告げる。

 それを聞いた彼女は、まだ少し、不安な様子を残しながらも、


「なにそれ。本当に大丈夫なの? ……でも、まあ」


 彼女は一度、青く晴れ渡った空を見上げる。そして、


「なんとかなる気がしてきたよ。……根拠はないけどね」


 そう言って、笑って見せた。

 それは、彼女の今日一番の笑顔だ。


「……だろ? なんとかなるって。任せろ」


 だから俺も、彼女に笑顔を返す。

 根拠も何もない。別に良い解決策が思いついたわけでもない。

 でも、なんとかなる。そう思えた。

 だって俺には、ラノベ主人公補正があるからな。とある友人のお墨付きだ。

 だから救ってやるよ、太陽たいよう愛美あいみ

 昔お前の命を助けた時みたいに、華麗に、カッコよく、主人公っぽく。

 お前に、返しきれない借りを作ってやる。

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