第26話 俺はその顔が見たくない

 昼休みが終わり、5時間目の授業中。

 俺はろくに先生の話も聞かず、今日1日を思い返していた。

 思えば、今日の太陽たいようはずっとどこか変だった。

 普段の太陽であれば、昼休み以外の時間は基本的にあおたち4人と共に行動している。

 しかし、今日は違った。


 今日の太陽は、ずっと俺と一緒に行動していたのだ。


 どこかで、おかしいとは思っていた。

 だけど、その可能性を考えないようにしていた。

 太陽は、昼休み以外の時間も俺と過ごすことで、徹底的に恋人アピールをするつもりなのだと、そう考えていた。

 だが、そうじゃなかった。

 これは、あくまで俺の推測だ。

 しかし、悲しいことに、恐らくこの推測は当たっている。


 ──太陽たいよう愛美あいみは、友達からハブかれている。


 やっぱり、俺が聞いたことは本当だったんだ。

 先週の木曜日、放課後に帰宅した俺は、学校に教科書を忘れていたことに気づいた。

 仕方なく教科書を取りに学校へ戻ると、太陽の友達である碧たち4人が教室で雑談しているのを目撃した。

 俺が彼女らから隠れてその会話を聞いていると、彼女らはこう話していたのだ。


『……もしも仮に、愛美が影谷かげたに君と付き合うことになったら、どうする?』

『……どうするってそりゃあ、ねえ?』

『ああ……、やっぱ……。……だよね?』

『うん、そうだよね?』


『『『『ハブく……』』』』


 彼女らのあの会話は、やはり本当だった。

 俺と太陽が付き合うことになったから、あいつらは意図的に、太陽をハブき始めたのだ。

 そして太陽自身が、そのことを察している。

 だからあいつは、今日俺と昼飯を食えないことにひどく悲観していた。

 なぜなら、俺と飯が食えないなら、1人で食べるしかないから。

 しかし偶然にも、姫川ひめかわさんと昼飯を食えることになった。

 だから、彼女は言ったのだ。


『助かった』と。


 俺は太陽に対して、憤りを感じていた。

 どうして……。どうして……!


 彼女は俺に、何も相談してこないんだ?


 仮にも彼氏である俺に。

 あいつは俺のことが、好きなんじゃなかったのか?

 俺のことが好きなら、俺を頼れよ。

 助けて欲しいって泣きついてこいよ。

 どうして俺に、何も言わない?

 俺に遠慮でもしているのか? 俺に弱みを見せたくないのか?

 なに強がってんだよ……あいつは。

 俺はもやもやとした気持ちを抱えながら、授業を受けるのだった。


 ◇◇◇


 放課後、俺は太陽に声をかける。


「帰るぞ、愛美」


 俺がそう言うと、彼女は驚いたように目をまるくした。


「……え?」


 太陽は困惑の声を上げる。


「……? なんだよ? 早く帰るぞ」


 俺はもう一度そう言うのだが、彼女は困惑した表情を崩さない。


「う、うん。そうだね。か、帰ろうか」

「なんだよお前。なんでそんな変な顔してんの?」


 いつまでも困惑した様子でいる彼女に、俺は問いかける。


「いや、その、なんていうか……さ」

「なんだよ?」

「誘ってくれるんだなぁ……みたいな?」

「は? なに言ってんだ? 昨日も一緒に帰っただろうが」

「……それはそうなんだけどね? ……ほら、隼太はやた君から誘ってくれたのって、初めてじゃない?」


 彼女の言葉に、俺は納得する。

 確かに、俺から誘ったのは初めてかもしれない。

 今日は別のことで頭がいっぱいで、そういうことは特に気にしていなかった。

 太陽は頬を赤く染めていた。


「その、正直……。すっごい嬉しかった……」

「……そ、そうか」


 太陽が心底嬉しそうに言うので、俺も少し照れてしまった。

 この程度のことで彼女が喜んでくれるなら、俺はどれだけだって彼女を誘おう。

 きっと今の彼女にとって、俺という存在は、数少ない心休まる相手だと思うから。

 どうやら俺は、君が悲しんでいる姿があまり好きじゃないみたいだ。

 太陽には、ずっと明るく笑っていてほしい。


「ほら、早く帰るぞ」

「うん、早く帰ろっ! 愛しの隼太君♡」


 そう言って彼女は、俺の腕に自分の両手を絡めてくる。

 愛しの隼太君……か。きっとその言葉に嘘はないのだろうなと、俺は思うのだった。


 雑談しながら下校していると、昨日俺が告白された公園のあたりまで来ていた。

 このあたりかな……。俺はそう思い、彼女に切り出した。


「なあ……


 恋人としてではなく、俺は言う。


「俺に何か、隠していることはないか?」


 できることなら、彼女の口から相談してほしい。だから俺は、彼女を試すような口調で言った。

 俺の言葉を聞いた彼女は、途端に狼狽うろたえた様子を見せる。


「……なんのこと、かな?」


 しらばっくれるつもりか? そうはさせない。


「俺は、できればお前の方から相談してほしい」

「………………」

「……それとも、俺のことが信用できないか?」


 俺は少しだけ、悲しげな表情をする。

 今まで散々、君のことを突き放してきた俺の事なんて、信用できないか?

 彼女は首をぶんぶんと横に振った。


「隼太君のことを信用していないわけじゃない。……でも」

「……でも、なんだよ?」


 彼女の瞳がうるうるとしている。目に涙をためていることがわかった。


「私、泣いちゃうかもしれない……」


 俺に泣いている姿を見られたくないのだろうか?


「……そんな顔するなよ」


 彼女が悲しい顔をしているのは、見たくないんだ。


「なあ、太陽」


 俺は彼女の肩に手を置いて、語りかける。


「俺さ、つい1週間前までは、家族以外の他人なんて全然信用していなかったんだ」


 彼女は俺の顔を見る。彼女は今、何を思っているのだろうか?


「だけど最近は、信じてみてもいいかなって、思い始めてる。まだ半信半疑だけどな。けど、少しでもそう思えるようになったのは、多分、お前のおかげなんだ」

「……そんな、私は何もしてないよ?」

「そんなことないだろ? お前は、俺がどれだけ突き放しても、しつこくつきまとってきたよな?」

「……それは、君が好きだからだよ?」

「俺が好きだったとしても、普通は、相手に嫌われてるとわかったら諦めるだろ? ……だけど、お前は諦めなかった。だから、俺の方が先に折れて、お前が近くにいることを許した」

「嫌々って感じだったけどね?」

「それでも、俺は今、意思が揺らぎ始めている。人のことを信じられなかった俺が、信じてみてもいいかなって、思えてる」


 俺は彼女の目を見据える。


「そう思えるきっかけをくれたのは、太陽愛美。お前なんだぜ? ……だから」


 俺はそこで1度息を吸い、続ける。


「お前に、そんな悲しい顔はさせたくない」


 俺がそう言うと、太陽は「じゃあ……」と、わずかな笑みをたたえながら、


「君の過去を、聞かせてよ」


 俺にそう要求してきたのだ。


「私だけ君に過去を知られているなんて、少し不公平じゃない? それに、恋人のフリをする上でも、君の過去は知っておいたほうがいいだろうし」


 太陽は俺の目をしっかりと見据えて、言い放つ。


「──君が、どうして人を信じられなくなったのか。その過去を、私に教えてよ」


 頼まれてしまったなら仕方ない。

 自分語りをさせて頂くことにしよう。

 俺の過去には似合わないきれいな青空の下で、俺は語り始める。

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