第27話 俺の過去①

 俺が今から語る過去は、面白みもない、ありふれたものなのかもしれない。

 太陽たいようのようないじめを受けたわけでもなければ、黒崎くろさきのような暗い家庭事情があるわけでもない。

 それでも俺にとっては、忘れることのできない過去だ。

 俺が人を信じられなくなったきっかけ。

 それを語るには、時を中学1年の頃まで遡らなければならない。


 ◇◇◇


 中一の夏休みが明けた初日。

 また、いつもの日常が戻ってくる。

 俺が学校に着くと、とある男が俺に話しかけてくる。


「うっす! 彼女はできたか?」

「……開口一番それかよ」


 昇降口で靴を替えながら、俺は応える。

 俺に話しかけてきたメガネで知的な男は、当時の俺の親友──新庄しんしょう優希ゆうき──だ。

 かなり真面目そうな風貌だが、見た目に反して、彼は結構チャラい。とはいえ彼が頭脳明晰であることは、彼と長年つるんでいる俺にとって、揺るぎない事実だ。

 頭は良い。だが、性格にやや難ありといったところか。

 俺が優希を呆れた顔で見つめていると、


「夏といえば開放的になる季節! 女の子の水着! 浴衣姿! そんな姿をした女の子を躊躇ためらうことなく堪能するには、彼女を作るのが1番いい! 何より、学生の青春といえば恋愛! 青春の全てが詰まった夏休みに、彼女を作らなくて何をしろというのか!」

「……勉強だろ」


 何やら優希が訳の分からないことを熱弁していたが、例え彼女がいなくても、夏休みを楽しむことはできる。


「馬鹿野郎! 夏休みに真面目に勉強するやつなんていねえよ!」


 俺は優希の言葉を聞き流しつつ、教室へ向かって歩き出す。


「……優希。お前宿題はやったんだろうな?」

「当然。宿題なんて夏休み初日に全部終わらせたよ」

「……そういうのはちゃんとやるんだな?」

「ホントはやりたくないけど、やらないと面倒なことになるからな。で、彼女はできたのか?」


 話をそらすことに失敗した俺は、額に手をあてうなだれる。


「なんでその話にこだわる? もっと他にあるだろ……」

「俺は心配なんだよ! いつまでたっても彼女ができないお前がな!」

「俺たちまだ中一だぞ? そんなあせることはねえだろ。……それに、彼女がいないってのは、お前も一緒だろ」


 その後も優希と適当に会話をしながら、俺は朝を過ごした。

 いつもと変わらない日常。

 そんな日常に、変化が訪れる。

 朝礼が始まると、うちの担任が口を開いた。


「夏休み中、うちのクラスは何事もなかったようで一安心です。ええー、連絡事項を言う前に、突然ですが、皆さんに転校生を紹介します」


 先生がそう言った途端、教室がざわついた。


「それじゃあ、入って」


 先生が廊下にいる生徒にそう呼びかけると、その生徒はドアをガラリと開けて、教室につかつかと歩いて入ってくる。

 教卓の隣に立つと、その生徒は笑顔で自己紹介を始める。


「初めまして! 華咲はなさき美優みゆです!」


 彼女のその笑顔に、俺は魅せられた。

 要するに、一目惚れだった。

 俺は今まで、長い髪の女の子が好きだった。しかし彼女のヘアスタイルは、ショートボブだった。

 だけど、彼女の笑顔の前では、そんなことはどうでもよくなってしまった。

 これが俺の、初恋だった。


 その日の放課後。


「帰るか~、隼太はやた

「そうだな」


 優希と俺が帰ろうとしていると、


「あっ! ちょっと待ってー!」


 後ろから、女生徒の声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこには華咲さんがいた。


「もぉ~。ひどいよぉ~、優希! 久しぶりの再開なんだから、声くらいかけてくれてもいいじゃん!」


 華咲さんのその言葉に俺は目を丸くして、優希と華咲さんを交互に見る。


「え……、優希。お前、華咲さんと知り合いなの?」


 俺がそうくと、


「そうなんだよ! えっと……影谷かげたに隼太はやた君だっけ? これからよろしくね!」


 優希の代わりに、華咲さんが俺の質問に答える。


「あ、うん。よろしく、華咲さん」

「私のことは美優でいいよ! 私も君のこと、隼太って呼ぶから!」

「わかった。……美優」

「うん! よろしく!」


 と、軽く美優と挨拶を交わした後、俺は改めて優希のことを見る。


「……で、優希さん? どういうことか説明してもらえるよな?」


 俺がそう訊くと、優希は困ったような笑みを浮かべる。


「いやぁ~。なんつーか、確かに美優とは知り合いだけど、別に隼太に言うほどのことでもないと思って」


 苦笑いをする優希に、美優が突っかかる。


「せっかくまた会えたんだから、せめて私に挨拶くらいしてよ!?」

「いや、普通にめんどくさかった。っていうか、挨拶しようにも、お前はクラスの女子と話してたから、話しかけるタイミングなかったんだよ」


 優希の言葉を聞いた美優は、頬を膨らませてプンプンしている。どうやら彼女は、声をかけてくれなかった優希にお怒りの様子だった。かわいいかよ。


「と・に・か・く! 今日は私に挨拶しにこなかった罰として、一緒に下校してもらいます!」


 優希に指さしながら、美優がそう言った。


「しょうがねぇなぁ。ま、久々の再開で、積もる話もあるだろうしな。いいぜ」


 優希がそう言うのを聞いて、美優は満足げな笑みを浮かべる。

 それから彼女は、くるりと俺の方に体を向けて、


「隼太も! クラスメートで今日私に声かけてくれなかったの、あなた達2人だけなんだからっ!」


 確かに今日は、クラスのみんなが美優の周りに集まって色々と質問攻めしていた。

 俺も本当は彼女と話したかったけど、話しかける勇気がでなかった。

 だから俺にとって、美優と一緒に下校できるのは願ったり叶ったりだった。

 ……優希のおまけって感じは否めないが。


「ちょうど3人とも、途中までは帰り道同じっぽいしな。そんじゃ、3人で仲良く帰るとしますかね」


 優希が欠伸あくび混じりにそう言って、俺たち3人は共に歩き出した。


 今思い返せば、きっとこの日が大きな分岐点だった。

 この日、もしも美優と一緒に下校しなかったら……。

 もしものことなんて考えても仕方ないけど、考えずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る