第19話 俺と友達になれ

 黒崎くろさきは俺に語った。

 高校生になるまでのことを。

 初めは俺と仲良くなりたいと思っていたことを。

 だけど、俺がラノベ主人公だと悟った途端、俺のことを大嫌いになったことを。

 せめて、たった一人でいいから友達が欲しいと願っていたことを。

 そして、そう願っていた時に、一番仲良くなりたくない俺に話しかけられたことを。


 彼はひとしきり語り終えると、俺に憎悪の目を向けた。

 どうやら、ここ一週間で俺に対する印象がガラリと変わってしまったらしい。

 だけど、君は一つ勘違いをしている。


「なあ、黒崎」

「……なんだよ?」


 俺は、彼の目をしっかりと見据える。


「お前が俺のことを嫌いなのはわかった。だけど一つだけ、訂正させてほしい」


 そこで俺は一度言葉を区切り、大きく息を吸った。


「俺は、太陽たいよう愛美あいみと付き合っていない」

「は? そんなの、信じられるか」


 黒崎は即答した。信じられないのも無理はないだろう。


「実は、とある事情があって、今は恋人のフリをしているだけなんだ。これは本当なんだ。信じてほしい」


 俺がそう言うと、黒崎は真偽を確かめるように俺の目を見つめる。俺は誠意を示すために、彼の目を見つめ返す。


「……はあ。ま、百歩譲って、その件については信じてあげてもいい。でも、一週間前からお前が太陽さんにやたらと絡まれてるのはどう説明するのさ? まさか、今日から付き合うっていう伏線で、アレも演技だったとか?」


 彼のその口調から、そうであってほしいという切実な想いが読み取れた。


「……いや、先週から太陽がやたらと俺に絡んでくる件に関しては、俺もよくわかってない。あいつが急に絡んできたんだ」


 それを聞いた黒崎は、絶望したような表情を浮かべた。


「……そうかよ。じゃあ、やっぱり、お前がラノベ主人公であることに変わりはないな」

「……お前は、ラノベ主人公を恨んでいるのか?」

「僕が気に食わないのは、僕とお前の間には大した差を感じないのに、太陽さんがお前のことを好きだってことだ」


 好きという単語が出てきて、俺は少し戸惑う。


「まだ、太陽が俺のことを好きとは決まってないだろ……」

「ふん。そういうところがラノベ主人公っぽいよ。ホントに。アレはどう考えても影谷が好きだろ。お前は、そうやっていつまでも鈍感でいるつもりか?」

「いや、でも……」

「でも、じゃねえ! 太陽さんがお前に何を思って話しかけたのかは知らないけど、あんなにも露骨な好き好きアピールされて、勘付かないほうがおかしいんだよ!」

「………………」

「ホント、羨ましいよ。自分が何もしなくても、あっちが勝手に言い寄ってくるんだから。僕みたいなやつは、自分から行動起こさないと、誰も構ってなんてくれないのにさぁ!」

「……俺が、いるだろ?」


 ダメもとで、俺はそう言ってみた。

 俺は伝えたかった。君は、一人じゃないと。

 君には、俺がいると。


「……そうだよ。なんで影谷なんだ! よりにもよって、僕に唯一構ってくれたのが、どうして影谷なんだ……」

「……やっぱり、俺とは仲良くなれないか?」


 俺は悲しげにそう言った。

 どこで、間違えてしまったのだろう。

 きっと俺たちは、いい友達になれたんじゃないかと、心のどこかで思う。

 例えば、俺に過去のトラウマが全くなくて、太陽にも言い寄られない。

 そんな世界があったなら、俺たちはきっと、いい友達になれたんじゃないかと思う。

 ……いや、それも違うか。

 もしも、俺に過去のトラウマがなかったら、俺はそもそも望んでぼっちになんてなっていなかっただろう。

 だとしたら、太陽が言い寄ってこなかったら、俺たちは仲良くなれたのだろうか?

 太陽が、俺に言い寄ってこない世界。

 それを想像したとき、わずかに寂しさを感じてしまったのは、どうしてなのだろう。

 俺は、人を信じてみようと思えるようになってきているということなんだろうか?

 太陽と出会って、俺の価値観は変わり始めてきているということなのだろうか?

 実際、太陽と恋人のフリをするなんてことがなければ、俺と黒崎は、こうやって会話することもなかっただろう。

 俺は、黒崎を見る。

 君は、俺と仲良くなってはくれないのだろうか。


「……なれねえよ。お前と、仲良くなんて」

「俺が、ラノベ主人公だからか?」

「……! そうだ! てめえが! てめえがラノベ主人公なんかじゃなかったら、僕は……。僕は……影谷と……」


 ――影谷と、仲良くなりたかった。

 俺は、彼がそう言おうとしているように感じた。

 きっと今、黒崎の心は矛盾している。

 友達が欲しい。俺と仲良くなりたい。だけど、俺がラノベ主人公であるばっかりに、俺を拒絶している。

 俺もだ。俺も、君と同じだったんだよ。つい、一週間前までは。

 黒崎と、仲良くなりたい。だけど、俺は人を信じない。だって、裏切られるのが怖いから。

 君と仲良くなりたい。そう思っているのに、仲良くなれない理由がある。

 俺も、君も、心が矛盾している。


「……黒崎」

「……なんだよ?」


 君が俺を睨むその目つきは、やっぱり憎悪に満ち溢れている。でも、その瞳の奥に宿る君の本当の気持ちは、俺に対する憎悪なのか? 否。そうじゃない。俺も、君も、お互いを求めてる。

 俺には、わかる。これは絶対に、自意識過剰でも、勘違いでもない。

 俺は、黒崎くろさき洋介ようすけを抱き締めた。


「は!? 急になんだよ、てめえ! 気持ち悪いぞ!」


 あまりにも唐突な俺の奇行に、黒崎は動揺する。


「だまされたと思って聞いてくれ。黒崎」

「……気持ち悪い! 話は聞いてやるから、とりあえず離れろよ!」

「いや、こうじゃなきゃダメだ!」

「……は? 意味わかんねえよ!」


 俺にも、はっきりとはわからない。だけど、こうじゃなきゃダメだって、俺の心が訴えかけてくるんだ。


「黒崎。俺とお前の利害は、一致している」

「……なんの、話だよ?」

「俺たちはお互いに、どこかでずっと、寂しさを抱えていたんだ」

「……てめえには、太陽がいるだろ。うぜえんだよ。ラノベ主人公。そうやって、お前は読者からの好感度を稼ぐんだろ?」

「なあ。例えばこれが物語だったとして、俺とお前の抱擁を見たいやつなんていると思うか?」

「さあ、な……。ごく一部には需要があるんじゃね? それと、今のこの状況は、お前が一方的に俺を抱き締めてるだけで、抱擁じゃねえ」

「……それはともかく、俺なら、ごく一部の需要に応えるために、こんなことはしねえよ」

「……うるせえ。どうせ、男にも女にも優しい俺かっけえええええええって思ってるんだろ」

「俺が優しくするのは、優しくしたいと思ったやつだけだ」

「……なにを、ふざけたことを」

「いいから、聞け。俺たちは、ずっと寂しかったんだ。お前はずっと一人ぼっちで。俺も、誰も信じれないことに寂しさを抱えていた。もちろん、寂しさの度合いはお前のほうが上なのかもしれないけどな」

「……それで?」

「だから俺たちは、信じあえる友達が欲しかった。だけど、俺もお前も、友達を作れなかった」

「………………」

「俺には、お前が歩んできた人生の辛さがわからない。だけど……、俺にもわかることが、一つだけある」

「……くだらねえ。言ってみろよ」


 そして俺は、黒崎を抱く力を強くした。


「俺も、お前も、十数年間生きてきたってことだ」

「……バカかよ。当たり前のこと言ってんじゃねえよ」

「なあ、これって当たり前か? お前には、死にたいって思う日はないのか?」

「そんなの、ほぼ毎日だ……。毎日のように、そう思ってる」

「俺だってそうだ。それでも、俺たちは今も生きている」

「……結局、何が言いたいんだよ?」

「きっと、俺たちがこれまで経験してきた寂しさや辛さは、共感できるはずだ。今まで生きてきて、そして俺たちは出会った。お互いが仲良くなりたいって思ってた。……それなのに、たった一つの理由で、俺たちは仲良くなることを諦めるのか? それで、いいのか?」


 俺がそこまで言うと、黒崎は俺から無理やり離れた。


「……なに言ってるのかわかんねえんだよ! 結局、僕はモブで、お前はラノベ主人公で。だから、僕たちは仲良くなんてなれないんだよ!」

「俺は、お前と仲良くなりたい!!」


 何度でも、俺はそう叫ぶ。黒崎に、想いをぶつける。


「じゃあ、お前が! お前が……僕を救ってくれんの?」

「黒崎がそうして欲しいっていうなら、俺はお前を、救ってやるよ」

「嘘だ! 見返りのない優しさなんて、あるわけないんだ! お前は結局、自分の好感度上げに、僕を利用しているだけなんだ!」


 どうして黒崎は、こんなふうになってしまったのだろう。

 どうして黒崎は、見返りのない優しさがないと決めつけるのだろう。

 思い出してほしい。君も、かつては……。


「じゃあ、お前の父親は、君を育てた見返りを欲しがったのか!? お前を育ててくれたじいさんたちは、どうして一人になったお前を引き取ったんだ!?」

「それ、は……」

「きっと、お前が思っているほど、人間は悪いやつばかりじゃない。優しい人も、たくさんいるよ」


 じゃあ、どうして俺は、いまだに他人を信じることができないのか。

 結局俺が言っていることは、ただのきれいごとなのか?

 俺の心は、矛盾している。


『うわ、影谷って最低じゃん』


 確かに、嫌なやつだっている。だけど……。

 それと同じくらい優しい人も、きっといるはずで……。

 俺が人を信じれないのは、俺が……まだ弱いからだ。

 だから、例え、俺が人を信じられなくても。

 黒崎洋介。君には、もっと、人を信じてほしい。


「優しい人が、たくさんいるって……? なんだよ、それ。そんなの、ただのきれいごとだろ。証明できんのかよ?」


 黒崎は俺に問う。


「ああ。これから、証明してやるよ。だから――」


 俺はもう一度、彼のことを抱き締める。そして、


「だまされたと思って、俺と、友達になれ」


 そう伝えた。

 俺も、人を信じられるようになりたい。

 裏切られるのは、こわいけど。

 俺も、もっと、頑張るから。


「……はあ。そうかよ。やっぱり君は、ラノベ主人公だ……。君は、そうやっていつも、ヒーロー気取りなんだろ? それで僕を、救ったつもりかよ」


 彼の目尻から、涙がこぼれていたことを、俺は見逃さなかった。


「それで、俺と友達になるのか? ならないのか?」

「……影谷みたいなやつに言いくるめられるのは気に食わないけど……。しょうがないな。僕が、君を論破する材料を見つけるまでは、君と友達になってやるよ」

「……ああ。てめえが俺を論破できる日がくるのが、今から楽しみだ」


 この日。

 俺と黒崎に、高校生になって初めて、友達ができた。

 誰かに裏切られるのは嫌だけど。

 まあ、こういうのも、悪くない。

 太陽と出会ってからの俺は、どこかおかしい。

 だんだんと、他人を受け入れられるようになってしまっている。

 俺は、人を信じられるようになってきている……ということなんだろうか?

 俺が、そんなふうに感慨に浸っていると。

 パシャ。

 どこかから、カメラのシャッター音のようなものが聞こえた。


「……なんだ?」


 俺は黒崎から離れ、辺りを見回す。

 すると、


「これは……。私、影谷さんの浮気現場を目撃してしまいました……」


 そんなふうにつぶやいている、金髪ロングで碧眼の美少女が、そこにはいた。

 見れば、彼女はスマホで俺たちの姿をパシャパシャと撮っていた。


「あいつは……」

「あれは……クラスメートの姫川ひめかわ真莉愛まりあさんだな。外国人とのハーフで有名だから、名前くらいならわかる」


 そういえば、クラスメートに金髪のやつが一人だけいたな……。こいつ、ハーフだったのか。


「ま、まさか……、影谷さんに、そっちのがあっただなんて……。これは、太陽さんに報告しなくては……!」


 彼女はそう言い残して、どこかへ走って行ってしまった。

 俺と黒崎は、互いに顔を見合わせる。


「なあ、これって……まずい状況では?」


 俺が黒崎にそう問いかけると、


「……まずい、と思う」

「だよな? 姫川さん、俺たちのこと、絶対誤解したよな?」


 俺と黒崎は、みるみる顔を青ざめていく。


「これ、すっげえヤバい! マジヤバいって! おい、黒崎! 今すぐ姫川さんを追うぞ!」

「……わかってる! そもそもな! 影谷が僕のことを急に抱き締めたりするから……!」

「ああ、もう! 文句は後で聞く! 時間がない! 早く姫川さんを追うぞ!」


 俺はそう言って、全速力で走りだす。


「ちょっ!? 待てっ! 僕は走るのが遅いんだ!!」


 どうして……。どうしてこうなった!?

 姫川さんは、絶対に勘違いしている。

 そう。あの反応は……。彼女は俺たちを、同性愛者と勘違いしている!!

 絶対に、太陽に報告なんかさせねえ‼

 俺は必死で、姫川さんを追いかけた。

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