第20話 俺は想いを受け取れない

 姫川ひめかわ真莉愛まりあを探しているうちに、昼休みは終わった。

 結局、彼女の誤解を解くことはできなかった。


 そして、放課後。


隼太はやた君、一緒に帰ろっ!」


 太陽たいようから恋人としてそう誘われた俺は、彼女の恋人として首肯する。


「そうだな、一緒に帰るか」


 今日に関しては、彼女にきたいこともあるしな。

 太陽と共に、帰り道を黙々と歩く。

 なんだか、先ほどから太陽が妙にそわそわしているんだが……こ、これってやっぱり、アレだよな?

 太陽がこんなにもそわそわとしていて落ち着きがない理由……。思い当たる節は、一つしかない。


 姫川さんが太陽に、今日の昼休みの出来事を報告した!


 ……ってことだよな、多分。

 それで、俺のことを誤解した太陽は、恋人として一緒に帰ってはいるものの、俺と何を話せばいいかわからないと。それで、太陽はやけにそわそわとしていて、今のような沈黙が続いていると。

 これは、早々に誤解を解かないとまずそうだな。

 俺は隣を歩く太陽に声をかける。


「あのさ……」

「あのさ……」


 すると、太陽と俺の声が被った。


「あ、えと、なにかな? 隼太君!」

「いや、愛美あいみこそなんだよ? 先に言っていいぞ?」

「いやいや、隼太君からっ! どうぞ!」


 俺は太陽に先を促されたので、一度大きく咳払いをして、続ける。


「じゃあ、俺から……。その、やっぱり愛美は、姫川さんから、あのこと聞いた?」


 明確な言葉は使わず、それとなくぼかして太陽に伝える。


「……姫川さん? ……なんのこと?」


 太陽は困惑した表情を浮かべる。

 この反応は……もしかして、太陽は姫川さんから何も聞かされていないのか?

 そうだとしたら、こちらとしては非常にありがたいのだが……。


「え……。もしかして、姫川さんからは何も聞いてない?」


 俺が確認するようにそう言うと、


「うん……。何も聞いてないけど……。え、なに? なんかあったの? もしかして、浮気……?」


 彼女は辛そうな顔をしながら、そう言った。

 偽の恋人とはいえ、浮気をされるのは悲しいのかもしれない。

 いや、浮気なんてしてないけどね?


「バカ……。浮気なんてするかよ。ま、何も聞いてないなら別にいいんだ。これで俺の話は終わりだ」

「ホントに? 何もしてないの? 絶対、隠し事とかはなしだよ?」


 俺にそう話す太陽は、ものすごく不安そうな顔をしていた。

 どうして彼女は、そこまで不安そうにしているのだろうか。


「……ごめん。私、重いかな?」


 重いも何も、俺たちは本当の恋人じゃないだろ。

 そういうツッコミは、野暮なんだろうか。

 もしかしてこれは、太陽なりの恋人の演技なのか? ……なんか、そんな気がしてきた。


「別に、重いなんて思ってねえよ。そりゃ、浮気を匂わすような発言されたら、不安になるのもわかるしな。俺のほうこそ、変なこと言ってすまん。ホントに、大したことじゃないから」

「……そう。よかった」


 彼女はホッと胸を撫で下ろす。


「……それで、お前の話はなんだよ?」


 俺の話は終わり、次は太陽の番だ。


「うん。……そうだね」


 彼女は胸に手を当て、覚悟を決めたような顔をする。

 それを見て、俺も息をむ。


「……とりあえず、公園のベンチに座ろっか」


 今朝、俺と太陽が出会った公園を指さしながら、彼女は言った。

 いつの間にか、こんなところまで歩いてきていたらしい。

 俺は無言で頷いて、公園に入っていく彼女の後を追う。

 彼女が腰掛けたベンチに、俺も腰掛ける。


「……それで、話ってのは?」


 改めて、俺は切り出す。

 隣に座る彼女はおぼつかない様子で、髪の毛先を手でくるくるといじっている。


「うん。ちゃんと、言うから。待ってね」


 彼女は大きく深呼吸する。

 それほどまでに、重要な何かを言うつもりなのだろうか。


「……よし。あのね、。私──」


 その言葉に俺は違和感を覚えるが、今は言及しないほうがいいだろう。

 俺は太陽の目をしっかりと見据え、彼女の言葉を真摯に受け止める覚悟を整える。

 さあ、どんな言葉でもかかってこい!


「私は、君のことが好きなの!」


 頬を赤く染めながら、彼女は言った。

 その言葉が、偽の恋人としての言葉ではないことは、すぐに理解できた。

 そうか。これが──。


 ──誰かに告白されるということなのか。


 生まれて初めての経験だった。

 誰かに告白をされるのは、初めてだった。

 だからこそ俺はドキドキしたし、恥ずかしさから彼女と目をそらしてしまった。


、もしよかったら私と、正式にお付き合いしてくれませんか?」


 彼女からの、切実な願い。

 俺にも、こんな経験がある。

 それ故に、彼女の気持ちは痛いほど理解できる。

 好きな人に自分を受け入れてもらえるかどうかは、この世の全てと言ってもいいほどに重要だ。

 俺は、どうする?


「俺は──」


 太陽のことは、嫌いじゃない。


『ごめんね、隼太君』


 だけど、あの時のことを思い出してしまった。

 俺が、他人を信じることができなくなった原因。

 過去のトラウマ。

 それを乗り越えることができない限り、俺は誰かと付き合うことはできないんだと思う。

 これは、俺のわがままだ。

 まだ、違う。

 俺はまだ、誰かと誠実なお付き合いなんてできない。

 友達だって、やっと今日できたんだ。

 だから、俺は──


「ごめん、今はと付き合うことはできない」


 俺が、過去を乗り越えられるまでは。

 だけど。


「だけど、いつかは、ちゃんと言うから」


 その時にまだ、君が俺のことを好きでいてくれたなら。

 きっと、その時は──。


「いつかはちゃんと言うって、どういうこと?」


 今にも泣き出しそうな顔をしながら、太陽は言った。


「それは、まだ言えない。でも、近いうちにきっと、言うから……」

「それって、まだ脈はあるってこと? 私は、影谷君に話しかけてもいいってこと?」

「……まあ、そうとも言えるかも」


 これって、俺が彼女をキープしてるみたいで、逆に不誠実な気がしてならない。

 だが、今はそこには目を瞑ろう。


「はは。私にとっては、結構一世一代の告白だったんだけどな……。そっかぁ……。フラレちゃったかぁ……」


 彼女の目から、一筋の涙が流れる。


「……すまん」


 俺には、そう伝えることしかできなかった。


「……もう、ホントに。キープなんて最低だよ。でも、まだ可能性があるなら、良かった」


 彼女は涙を拭って、俺を見る。


「絶対に、私に惚れさせてみせるから! これからも覚悟してよね!」


 その彼女の表情を見て、俺は思う。

 君は強いな。俺には、もったいない女だよ。

 俺もいい加減、過去を乗り越えるくらいはやってみせないと。

 大丈夫さ。俺ならやれる。

 ほんの少しでいい。ちょっとずつでいいから。

 人を信じることを、始めてみようと思う。

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