第18.5話 僕の話を聞いてください

 ぼっちな主人公というのが、一部の層に需要があるらしい。

 その名の通り、ぼっちを主人公にした作品である。

 例えばジャンルが学園ラブコメの場合は、学校でぼっちの主人公が、ひょんなことから異性にモテモテになるというような内容のものが多い。

 僕も学校ではぼっちだ。こういうシチュエーションに憧れたりもする。

 当然、そういうのはフィクションの話で、現実では到底起こりえない。

 ……そう、思っていたんだけどな。


 僕――黒崎くろさき洋介ようすけ――は、この学校におけるぼっち主人公と言える男を、見つけてしまった。


 念のため言っておくが、僕のことではない。

 そいつは、僕と同じクラスの男子だった。彼の名は、影谷かげたに隼太はやた

 影谷は僕が見た限り、特に変わったところのない、クラスに一人はいそうな普通のぼっちという感じだった。

 だから僕は、僕と同じぼっちである彼に、少なからず親近感を抱いていた。

 だから、何かのきっかけで彼と仲良くできたらいいな、なんて考えていた矢先。

 事件は起こった。

 それは、先週の火曜日にまで遡る。


 放課後。僕がいつものように、「ああ、今日も影谷君に話しかける機会がなかったな」なんてことを考えながら、帰り支度をしていた時だった。


『影谷君! 今日は一緒に帰ろうよ!』


 とある女子の声が聞こえてきて、僕は声のする方を振り向いた。

 するとそこには、僕が想像もしていなかった光景が浮かんでいた。

 クラスで密かに人気の高い女子、太陽たいよう愛美あいみさんが、影谷君に話しかけていたのだ。

 僕は自分の目を疑った。

 ぼっちの男子が、美少女に一緒に帰ろうと誘われる。おいおい、なんだよそのラノベでしか見たことがないような展開は!

 しかしそれは、現実だった。

 しかも、二人は妙に親しげだ。今まで、そんな素振りは一度も見せていなかったのに。

 僕はその瞬間、裏切られた気分になった。

 わかってる。これが、モテない男の醜い嫉妬だってことくらい。

 それでも、僕は影谷が許せなかった。

 ぼっち同士、仲間だと思っていたのに。

 それは違った。彼は、ぼっちなんかじゃなかった。

 異性にモテモテの、ラノベ主人公だったのだ。

 だから、


『チッ。このラノベ主人公め。死んじまえ』


 気づいた時には、そんな言葉が、僕の口から飛び出していた。

 その時は、影谷の耳には届いていないだろうと思っていたけど、どうやら彼には僕の言葉が聞こえていたらしい。

 その日、僕は悟った。

 同じぼっちでも、二種類のぼっちがいるんだってことを。

 影谷は、ラブコメの神様に選ばれたぼっちで。僕は、どこにでもいる、ただのモブでしかなかった。


「俺は、お前と仲良くなりたいと、思ってる」


 そんなモブでしかない僕に、影谷はそう言った。

 僕と、友達になりたい? ああ、はいはい。そういうことね。女だけじゃなくて男にも優しい俺かっけえええええええええってことだろ?

 好感度稼ぎなんだろ?

 ……そんなわけないことくらいわかってるけど、そうでも思わないと、自分が惨めで死んでしまいたくなる。

 でもこれは、いい機会だ。

 モブの僕に、影谷というラノベ主人公が話しかけてきた。

 それはつまり、僕にも彼の物語に参加する権利が与えられたということだ。

 モブだと思っていた僕に、初めてスポットライトが当たった。

 きっと僕は、影谷隼太という主人公の株を上げるための、踏み台でしかないのだろう。

 これっきり、僕にスポットライトが当たることなんてないのだろう。

 それでも。例えお情けでも、僕が日の目を見るときが来たんだ。

 だから。まことに僭越ながら。

 僕というモブ男の人生を、聞いてください……。


 ◇◇◇


 今から約十六年前。僕、黒崎洋介は誕生した。

 僕の誕生と引き換えに、母親は死んだ。

 だから僕は、写真でしか母の顔を知らない。

 僕は、男手一つで育てられた。父親には、今でも感謝しかない。

 僕は、昔から人見知りの激しい子供だった。

 保育園では、友達と遊ぶより、恐竜の図鑑を読んだり、パズルで遊ぶことのほうが好きだった。他には、絵を描いて褒められている男の子を見て、絵を描いて遊んでいたりもした。

 保育園児の頃も、僕は友達がいなかった。

 当時、父親の作ってくれるカレーがとてもおいしかったことは、今でも深く記憶に刻まれていた。

 小学生になってすぐのことだった。

 父親が、過労で死んだ。

 それから僕は、隣に住んでいる老夫婦に引き取られ、その家で育った。

 お隣さんとはいえ、元は赤の他人。僕はいまだに、老夫婦に対して遠慮が抜けないでいる。

 両親が死んで塞ぎ込んでいた僕は、小学生の頃もずっと友達がいなかった。

 もちろん、中学生の頃も。

 僕を引き取ってくれたじいさんとばあさんは、友達がいなさそうな僕を見て心配していたが、それを咎めることはなかった。

 じいさん達のご厚意で、僕は高校に行けることになった。

 高校でも変わらず、ぼっちのままだった。

 家族の話をする高校生たちが、僕は羨ましかった。

 昨日は姉と買い物に行ったとか、テストで悪い点をとったら親に怒られただとか。

 そういう些細な出来事すらも、僕には羨ましく感じた。

 僕にはもう、そういうことはできないから。

 高校一年も終わりに近づいたある日。

 僕は、図書室で借りたとあるラノベを読みふけっていた。

 そのラノベの内容は、両親を亡くし、投げやりに日々を過ごしていた主人公が、高校で多くの友達を作り、恋愛だとかスポーツだとかで青春の日々を送るという物語だった。

 そのラノベの主人公は、僕と同じぼっちで、高校二年までは友達もおらず、「青春なんてくだらない」という考えで生きていた。

 それが、一人のヒロインとの出会いをきっかけにたくさんの友達を作り、「青春も意外と悪くない」と考えを改めるというストーリー構成だった。

 僕はいつの間にか、その主人公にとても感情移入して本を読んでいた。

 それから僕は、こう思うようになった。


 ――僕もこんな青春を送ってみたい、と。


 だからまずは、高校二年になったら友達を作ろうと、そう考えていた。

 しかし、現実はそう上手くはいかず。

 友達をまともに作ったことのない僕には、誰かに話しかけることすら難しかった。

 ああ、やっぱり友達を作るのなんて無理なのかな……?

 そう思っていた時だ。

 クラスメートに、僕以外にもぼっちのやつがいることを知った。

 影谷隼太。彼も僕と同じぼっちだった。

 僕と同類だ、と思った。彼になら、話しかけることができるかもしれない。そう思い、彼に話しかけるチャンスをうかがっていた。

 だけど、話しかける勇気がでずに、気づいたら、高校二年に進級して一週間が経っていた。

 だけど、まだ一週間だ。時間ならいくらでもある。

 影谷君だって、友達が欲しいって思っているに違いない。

 僕が、彼に話しかけるんだ。そして、友達になるんだ。


 だけど、彼は僕と同類じゃなかった。


 そう。彼は、ラノベ主人公だった。僕と同じ、モブなんかじゃなかった。

 美少女に言い寄られるぼっちが、僕と同類なわけがない。

 僕は、神を恨んだ。その次に、影谷を恨んだ。

 どうして、お前なんだ?

 どうして、僕じゃなくて、お前なんだ?

 条件は同じだったはずだ。

 僕も、影谷も、どこにでもいるぼっちだったはずだ。

 それなのに、影谷は美少女に言い寄られて、僕は誰からも相手にされない。

 彼と僕の差はなんだ?

 考えれば考えるほど、僕は影谷のことが嫌いになっていった。

 それが例え、敗者の醜い嫉妬でしかないとわかっていても。


 僕は、影谷隼太が嫌いだ。


 そして、今日。

 週明けの、月曜日。


『私たち、付き合うことになりましたー』


 …………………………は?

 太陽愛美と、影谷隼太が付き合い始めたらしい。

 は? なんで? 今朝は二人とも遅刻してきたなと思ったいたら、なにその展開。聞いてない。

 つまりこういうことか?

 僕の知らない間に、影谷は太陽さんを攻略してしまったってことか?

 それで、二人で仲良く登校?


 ――ふっっっっっっざけんな‼


 なんで僕じゃないんだ!? どうして、影谷なんだ!?

 っつーか、影谷も大概だ! 太陽さんに話しかけられる度に、「やれやれ俺は本当は一人でいたいんだけどな」みたいな態度とっておきながら、付き合うってなんだよ!? しかも、まだ太陽さんとまともに話すようになって一週間くらいだろ!?

 意味わかんねえ! 意味わかんねえ!

 てめえみたいなやつが得して、僕みたいなモブはただただそれを眺めることしかできないなんて……。ラブコメの神様は、不平等だ……。

 せめて、せめて……。

 たった一人でいい。

 受け身でいるのがダメだというのなら、ちゃんとその性格も直すから。他にも何かダメなところがあるのなら、それも全部直すように努力するから……。


 僕にも、友達を……。普通の青春を、ください……。


 そう、願っていたんだ。

 そんな時だったんだ。


「俺は、お前と仲良くなりたいと、思ってる」


 なんで、てめえが……。よりにもよって、僕が一番友達になりたくない、影谷隼太が……。


 僕みたいなモブと仲良くなりたがっているんだ……。

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