第18話 俺は君と仲良くなりたい
腕時計をチラと見ると、昼休みはまだ十分以上の時間がある。
もう一人もいけそうだな。
俺は、一人で読書に熱中しているとある男に声をかける。
そいつが、俺が諸々の事情を話しておきたいもう一人の相手だ。
「なあ、ちょっといいか?」
元々コミュニケーション能力が人並み程度にある俺は、意外とすんなり話しかけることに成功する。
「………………」
どうやら読書に集中しているようだ。返事はない。
俺はもう一度、その男の肩を軽く叩きながら、声をかける。
「すまん、ちょっといいか?」
「……あぁん?」
俺の存在には気づいてくれたようだが、かなり不機嫌な様子だ。
「なにお前? 僕になんか用?」
「えと、実は、お前に少し話があってさ……」
そういえば俺、こいつの名前も知らないんだよな……。
俺が話しかけた相手。それは、俺と
俺はずっと、こいつのことが気になっていた。俺が太陽と話すようになる前から、こいつのことは気になっていた。
理由は単純。
こいつが、俺と同じぼっちだったからだ。
そう。こいつは、いつも教室の片隅で本を読んでいる。いわゆるぼっちだ。
「僕に話? お前が?」
「ああ。少し時間あるか?」
「チッ。てめえは女子とイチャイチャしてろよ……」
「………………」
「……まあ、いいよ。なるべく手短にな」
「ありがとう。じゃあ、場所を変えよう」
「は? ここじゃダメなのかよ?」
「あまり他人に聞かれたくないんだ。面倒だが頼む」
「チッ。早く行くぞ」
そして彼は、俺を置いてさっさと歩き出してしまう。
俺はそれに慌ててついて行く。
そして、先程月宮とも話した
「で、話ってのは?」
本題を切り出す前に、俺は知りたいことがあった。
「なあ、お前。名前は?」
彼の名前は、出席簿なんかを調べればすぐにわかることではあったが、俺は彼に直接名前を聞きたかったのだ。
「……あ? ……チッ。そうかよ。そりゃそうだよな。ラノベ主人公様は、モブの名前なんて知るわけないよな?」
隠そうともせず、彼は俺に対して悪態を吐く。
「人に名前を聞くなら、自分から名乗ったらどうだ? それとも、自分がクラスのみんなから存在を認識されているとでも思ってるのか?」
「……いや、悪かった。俺の名前は
「……チッ。認めたくはないが、知ってたよ。お前の名前は」
「……それで、君の名前は?」
「
黒崎洋介か……。俺はこの名前を、一生忘れないだろう。
「まず、
「あ? もったいぶらずに、さっさと本題に入れよ」
「まあ、待てよ。焦るな」
「こっちは貴重な読書時間を削ってお前に付き合ってるんだ。早くしろ」
「……善処する。それで、まず訊きたいんだが、黒崎。お前は俺が嫌いか?」
「……大っ嫌いだよ! てめえみたいなやつは!」
はっきりと黒崎はそう言った。まともに話したこともないのに、ここまで嫌われるとは……。正直、かなり凹む。
「その……、俺の、どこが嫌いなんだ?」
「それを聞いてどうする?」
「実はな……。俺は、お前と仲良くなりたいと、思ってる」
それは、本心から出た言葉だった。
俺は、誰も信じない。それは、誰かを信じても、どうせ裏切られると思っているからだ。
だけど、こいつは違った。
矛盾していると思うかもしれないが、こいつは、なんというか、不思議と他人という感じがしないのだ。
言葉を交わしたわけではないのに、黒崎となら、仲良くなれる気がしたんだ。
それは、太陽が俺に対して抱いた感情と、似ているものがあるのかもしれない。
こいつになら、裏切られてもいいかもしれない。そもそもこいつなら、俺のことを裏切りはしないのではないか?
そういう、根拠のない直感みたいなものを感じるのだ。
太陽にも、月宮にも感じなかった、不思議な感覚。
「は? 僕と仲良くなりたいだあ? お断りだね! てめえみたいなラノベ主人公と、仲良くなんてなれるか! 僕は、君みたいなやつが嫌いだ! 君みたいな人は、ラノベ主人公らしく、ハーレム作って女の子とイチャイチャしてればいいんだよ!」
こいつは何故か、俺のことをラノベ主人公呼ばわりしてくる。俺のどこに、ラノベ主人公っぽさを感じているのだろうか?
「黒崎は、俺のどこらへんがラノベ主人公っぽいと思うんだ?」
「……へえ。自覚なしかよ。はいはい。そういうわけね? そういう鈍感なとこも、ますますラノベ主人公っぽいよ」
「……いいから、教えてくれないか?」
「自分で考えたらどう?」
「わからないから、お前に訊いてるんだ」
「つーか、知ってどうすんの? どうでもよくない? そんなこと」
「どうでもよくない」
俺は、陰口を聞くのが嫌いだ。
『うわ、影谷って最低じゃん』
かつての記憶が、よみがえるから。
昔、クラスメートが陰口を言っているのが聞こえてきて、ひどく傷ついたことがある。
その時の傷は、いまだに消えてくれない。
人の耳っていうのは不便なもので、自分に対する悪口は、どれだけ周りがうるさくてもはっきりと聞こえてくる。
そして、それを聞く度、心は少しずつ削られていく。
「俺はな、誰かから悪口を言われるのが嫌なんだ」
「……は? そんなの、誰だってそうだろ? お前だけだと思うなよ?」
「ならなんでお前は、平気で人の悪口を言えるんだよ?」
「は? なんのこと?」
「聞こえてるんだよ。お前が、俺に対して悪態を吐いているのが!」
「………………」
「お前が、『ラノベ主人公め死んじまえ』って言ってるのが、いっつも聞こえてくるんだよ! 俺はそれが嫌なんだ。だから、お前が俺のどこが気に入らないのか訊いて、直せるとこは直していこうって、思ってるんだよ……」
もう、傷つくのは嫌なんだ……。
人は傷つくことで成長していくと、誰かが言っていた。傷つくことから逃げるのは、どうやらあまり良くないことらしい。
だけど俺は、傷つきたくないんだ。
『ごめんね、隼太君』
その過去はきっと、他人からしてみれば、大したことない過去で。
そんな小さな過去にずっと囚われている俺は、きっと弱い人間だ。
過去を引きずって、他人を避けて、逃げてきた。
『おはよう! 影谷君!』
そんな俺に、わずかな希望の光が
太陽愛美が、近づいてきた。
それでも、俺は、彼女を信じることができなくて。
過去のトラウマを消し去ることも、乗り越えることもできずにいる。
もしも、黒崎と仲良くなることができれば、俺も少し成長できるのではないか。過去のトラウマを、多少なりとも克服できるんじゃないか。
そういうことを勝手に期待している自分が、どこかにいた。
こいつになら裏切られてもいい。
そう思えた君と仲良くなれれば、俺も少しは成長できるんじゃないかと思った。
だから、君と仲良くなってみたいと思った。
人を信じることのできない俺が、君と仲良くなってみたいと思った。
それがどうして、
「君は、僕と仲良くなりたくて、僕に悪口を言われるのが嫌で……。それで、僕が何故君を良く思っていないのか聞きたいと。それで、僕が君に対して良く思っていないところを改善した上で、僕と仲良くなりたいと……?」
黒崎が自分の頭の中を整理するように、俺の言いたいことをまとめてくれる。
「ああ、そうだ」
俺はそれに対して首肯する。
「いや、意味わかんねえって。なんで君が僕と仲良くなりたいんだよ? お前は、太陽愛美と仲良くやってればいいだろ!」
「……そういえば、あいつと俺が絡み始めてからだったよな?」
「……何が?」
「黒崎が、俺に対して悪態を吐くようになったの」
「………………」
「どうして、なんだ?」
しばしの沈黙が流れる。
「そうだよ……。僕は、君のことが気に食わなかったんだ」
「それは、どうして……?」
「すっげえダサい理由だけどな」
そして黒崎は、今まで自分自身の中に溜め込んでいたものを吐き出すように、ゆっくりと語り始めた。
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