第13.5話 私は君に思いを馳せる

 自室に入ると、私は一度大きく深呼吸をした。


「はぁ~。緊張した~」


 私は代えの制服をクローゼットの中から探しつつ、一人物思いにふける。

 とりあえず、影谷かげたに君と仲直りできて本当に良かった。

 先週の金曜日、私は影谷君から絶交の申し出を受けた。

 彼が私に、『俺に金輪際近づくな』と言って来た時には、私は世界の終わりのような感覚を覚えた。

 影谷君に嫌われてしまった。やり過ぎてしまったと、そう思った。

 まあ、実際はそうじゃなかったわけだけど、それでも当時は、私の心は絶望感でいっぱいになった。

 彼と話し終えた後、私は家に帰って一人で泣いた。

 金曜日の夜は、ずっと泣いていた。

 もう、彼と学校で関わることはできなくなるかもしれない。

 こんなことになるなら、あんなにもグイグイと責めるんじゃなかった。もっとゆっくり、時間をかけて彼との距離を縮めていけばよかった。

 そんな思いを土日の間もずるずると引きずって、せっかくの休日もまともに休めなかった。

 どうしても彼との関係を終わらせたくなかった私は、月曜日の朝に公園で彼を待ち伏せして、もう一度話をしてみようと思い至った。

 彼がどこに住んでいるのかはわからないけど、あの公園を通ることは、前に一緒に帰った時に知っていた。

 だから私は、彼を待ち伏せするために、今朝はいつもより早くに家を出て、公園で彼を待っていた。

 私は彼と話したい一心で、今朝の天気予報なんて全く気にしていなかった。

 それが災いしたのか、タイミング悪く土砂降りの雨が降った。

 神様を恨んだ。どうして、今日に限って大雨なんて降るのか。

 最初のうちはそう思っていたが、雨に濡らされているうちに、なんだか、全てがどうでもよくなってしまった。

 だから私は、いっそのこと、風邪をひいてしまうくらいに雨に当たって、全てを水に流そうと考えた。

 影谷君のことも、何もかも。

 だけど、それは叶わなかった。雨に当たっても、影谷君のことを考えるのはやめられなかった。

 ……影谷君は、あの時のことを覚えているのだろうか。

 あの日もこんな雨の日だった。

 私が君に惚れるきっかけとなったあの日。

 昔のことを思い出しながら、空を見上げていたその時。

 あの時みたいに、君は私の前に現れた。


『……なにやってんだよ、こんなところで』


 もう……。せっかく忘れようって思っていたのに、そんなことされたら、ますます好きになっちゃうよ。

 彼が私に傘を差しだしてくれたその瞬間、私は決めた。

 彼に嫌われてしまってもいい。だから、


 ――彼に今日、告白しよう。


「決めた、はずだったんだけどなあ……」


 私はクローゼットから代えの制服を見つけ出し、新しい下着も用意して、それに着替えながら、思わずつぶやいた。

 そう。私は今日、彼に告白すると決めた。

 だけど、告白すると決めた途端、妙にそわそわして落ち着かなくなって、彼とのせっかくの相合傘も、思う存分楽しむことができなかった。

 しかも、なんだか今日の影谷君ってば、変に優しかったし……。

 私は、相合傘していた時の彼のことを思い出す。


『寒いだろ。とりあえず、家まではそれ着とけ』


 もう! なんなの!? なんで急に私の肩にブレザーを被せてくれたの!?

 そんなの惚れ直すに決まってるでしょ!?

 う~。かっこいい。かっこよかった。今思い出すだけでもドキドキする……。

 影谷君の匂いがするブレザーが……私の体を……包んでる。いや、包んでいた……。


「ふふっ、ふふふふ」


 変な笑いが漏れてしまった。

 影谷君を待たせてるし、早く着替えて学校に行かなきゃいけないのに……。

 私は急いでいることも忘れ、影谷君のことばかり考えていた。

 結局、私は現在、彼に告白できていない。

 家に着いてからも、慣れない誘惑をしてみたり、告白をしようと試みたりしたけれど、恥ずかしさからネタに走ってしまい、告白はできずじまい。

 告白すると決めたのはいいけど、今日中に告白なんてできる気がしない。


「はあ………………」


 私は大きなため息をいた。

 まあ、告白はできてないけど、彼と無事仲直りできたのは良かった。

 今はそれだけで満足、かな……。

 いや、でも、ちょっと待って!?

 仲直りはできたけど、私、さっき、とんでもない言葉を……。


『私と、エッチしよっ♡』


 私は先ほど、影谷君に向かって言った言葉を思い出す。

 う、うわあああああああああああああああああああああ!! やってしまったあああああああああああああああああああ!!

 好きの気持ちが溢れすぎて、思わずらしくないことを口走ってしまった……。

 なんなの!? 私って一体なんなの!? 欲求不満な痴女かなんかなの!? バカなの死ぬの!? 

 ああ……。影谷君に絶対引かれた。嫌われてたらどうしよう……。

 もう、今から彼にどんな顔をして会えばいいの?


「はあ………………」


 私はもう一度大きなため息を吐いた。

 と、とにかく! 仲直りはできたんだし、あんまりさっきのことについて深く考えるのはやめよう。

 なんか、彼に胸を押し付けたりとか、谷間をアピールして見せたりとか、だいぶ異常な行動をしていた気はするけど、それも全部忘れよう!

 よ、よーし。今日も一日頑張るぞい!

 着替えを終えた私は、軽く身だしなみのチェックをした後、忘れずに鞄を持って部屋を出た。

 私は階段を降り、一階の玄関へと向かう。

 玄関では、愛しの影谷かげたに隼太はやた君が、つまらなそうな顔をして待っていた。


「ごめん、待った?」

「うん、結構待った。早く行くぞ」

「もう! そこは全然待ってないよとか、俺も今来たとこって言う場面でしょ! デートの定番をわかってないなあ」

「いや、デートじゃねえし。今来たとこってセリフも明らかにおかしいだろ」

「もう、つれないなあ」

「無駄話してないで、早く行くぞ。傘忘れんなよ? もう入れてやらねえからな」

「え~? 私はもう一回相合傘してもいいんだけど?」

「二度とやらねえから。ほら、早く!」

「は~い」


 私は傘立てから、自分が愛用しているピンク色の傘を手に取る。


「それじゃあ、行こっか! 影谷君!」


 私はとびっきりの笑顔を彼に向けて、明るい声でそう言った。

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