第12話 俺は選択肢を間違える

 月曜日の朝。

 四月も今週で終わり、もうすぐゴールデンウィークがやってくる。

 ゴールデンウィークなんて言っても、学生は部活や勉強なんかで忙しく、休みという感覚は薄い。いや、嬉しいけどね? ゴールデンウィーク最高!!

 さて、余談は程々にして、とりあえず今日はいつも通り学校に行かなければならない。

 ということで、俺は現在登校中。どうして月曜日ってこんなに学校に行くのが億劫なんだろうか。

 空を見上げれば、ドス黒く染まった雲に日差しが遮られ、どこか不穏な雰囲気を感じさせる。

 今日の天気予報では曇りという予報が出ていたし、雨が降ることはないと思うのだが……。

 そんなことを考えながら曇り空を眺めていると、俺の顔にポツリと水滴が落ちてきた。

 ああ……。こりゃあ今から雨降りそうだな。傘持ってきて良かったぁ……。

 一粒水滴が伝うと、そこからは早かった。みるみるうちに道路が濡れていき、あっという間に本降りになった。

 俺は持ってきていた傘をさす。

 雨音を聴きながら、学校へと向かう。


『ごめんね、隼太はやた君』


 また嫌な記憶が頭をぎる。

 どうしていつまで経っても、この記憶は消えてくれないんだ。

 どうして俺は、いつまで経っても前に進めないんだ。

 そんなことを考えながら、とぼとぼと歩いていると、


「………………!」


 通り道の公園に、人影を見つける。

 ──太陽たいよう愛美あいみ

 彼女は一人、雨の中、傘もささずに公園の真ん中あたりでたたずんでいた。

 あいつ、こんなところで何してるんだ?

 俺は公園内に入り、彼女の方へと近づいていく。

 彼女はずっと心ここに非ずといった様子で、俺のことには気づいていない。

 見れば、彼女の髪の毛や制服はずぶ濡れになっていて、下着が透けて見えていた。

 もうあいつとは関わらないと思っていたが、ここで見捨てるのは違う気がするな。

 今の状況を太陽の友達に見られているわけでもないし、ここは仕方ない。

 俺は無言で傘を彼女に差し出す。

 俺は傘を一本しか持っていないので、彼女が濡れないように傘を差すと俺は濡れてしまうが、それも今は仕方ない。


「……なにやってんだよ、こんなところで」


 俺は太陽に話しかける。

 彼女はゆっくりとこちらを向いて、弱々しい笑顔を見せる。


影谷かげたに君……」


 彼女は俺を見ても、特に驚いた様子も見せずに、続ける。


「ほらね。やっぱり君は来てくれた」

「……なんの話だよ。いいから、とりあえず雨の当たらないところに行くぞ。ここじゃ風邪ひくだろ」

「……うん、そうだね」


 彼女の声は、小動物のように震えていた。


「それに、早くしないと遅刻する」


 俺がそう言うと、


「……ねえ、今日は学校、さぼらない?」


 俺に拒絶されるのが怖いのか、おびえるように彼女は言った。


「さぼるかはわからないが、とにかく、早く移動するぞ」


 俺は答えを濁して、早くこの場から離れることを提案した。


「移動するって、どこへ?」

「……そうだな」


 俺は辺りを見回すが、良さげな場所は見当たらない。


「ねえ……、それじゃあさ……」


 彼女はうつむいて、少しだけ頬を染めながら、上目遣いで、


「私の家、来ない?」

「……は?」


 俺は困惑の声を漏らす。


「ここから近いの。緊急事態だし、いいでしょ?」

「……まあ、いいか。それじゃあ、早く行くぞ」


 ここから近いなら、こんなところに立っていないで、早く家に帰って傘を取ってくれば良かったのに。そう伝えるのはなんだか野暮な気がしたので、やめておくことにした。

 俺と太陽は一本の傘を二人で分け合いながら歩き、彼女の家に向かう。

 なるべく彼女には雨が当たらないようにふるまった。

 久しぶりに、他人に気を使ったような気がした。

 彼女の方をチラリと見ると、肩がブルブルと震えていた。

 ああ、そうか。下着が透けて見えるくらい制服がすぶ濡れなんだ。そりゃ、寒いに決まってるよな。

 俺は着ているブレザーを脱ぎ、彼女の肩に優しく被せた。


「えっ……。影谷……君?」


 彼女は説明を求めるように俺を見た。


「寒いだろ。とりあえず、家まではそれ着とけ」

「でも……影谷君は?」

「俺はお前ほど濡れてないから、問題ない」

「……ありがとう」


 彼女は顔を真っ赤にしながらそう言った。

 この反応は……照れているのか? それとも、熱でもあるのか?

 どちらにせよ、なるべく早く家に行ったほうが良さそうだ。

 しばらくの間、俺たちは無言で歩いた。

 太陽から時おり視線を感じる。

 視線が気になって太陽の方を見ると、彼女と目が合う。

 目が合うと、太陽はすぐに視線をそらした。


「どうかしたか?」


 俺がくと、


「えっと……。その、なんか、影谷君、今日は優しいなーって思って……」


 濡れた髪を指先でいじりながら、太陽は言った。


「そうか?」

「……うん、ブレザーかけてくれたし。それに、前は相合傘とかしてくれなかったのに、今日は、してくれたし……」


 俺に視線を向けたりそらしたり、若干挙動不審になりながら、彼女は話した。


「前とは状況が違うだろ。この相合傘は、やむを得ずしてるに過ぎない」

「わかってるけど……。でも、やっぱり嬉しいっていうか……。ほら、さりげなく、私が濡れないように気を使ってくれてるし。影谷君の肩には雨が当たってるのに」


 どうやら、俺が気を使っていることに気づかれていたらしい。こういう時、相手に気づかれないように優しくできる人ってすごいよな。


「いいんだよ、俺のことは……」


 素直に褒められるのがなんだか照れくさくて、上手く言葉を返せなかった。


「ねえ、影谷君……」

「……なんだ?」


 彼女は頬を赤くして、俺の目を見据える。

 俺も彼女の目を見つめ返す。


「……私のこと、覚えてないかな?」


 俺は、その言葉の意味がわからなかった。


「それは、どういう意味だ?」


 それから彼女は、悲痛に満ちた顔をした。

 俺は、言葉選びを間違えたのかもしれない。これがギャルゲーなら、俺は誤った選択肢を選んでしまったのかもしれない。


「ごめん……。なんでも、ない」


 かすれて消えてしまいそうな彼女の声は、俺に罪悪感をつのらせた。

 雨が止む気配はない。

 腕時計を見れば、時刻は八時を過ぎていた。後三十分もすれば朝礼が始まる。今日は遅刻を覚悟しておこう。

 俺は太陽が何を言いたかったのか訊き返すこともできずに、静かに傘を握りしめるだけだった。

 

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